第13話「ケモ耳奴隷少女との出会い2」
捩じ切られた頭蓋が足元まで転がってきて、事態を把握していない虚ろな目がシグレを写した。
「ひっ」
思わず悲鳴が漏れ懸け、それを掻き消すように濃密な魔力の帳が降りた。
「はあ……面倒くさい。でも、これも仕事だからぁ。ねえ?」
顔にツギハギのある、足元まで付きそうなほどに長い紫色の髪と成人男性を優に超す高身長が特徴的な女性が現れた。
女性――いや、もっと適切な表現をするならば、魔族の女か。
彼女は何故か認識疎外の魔法を使わないまま現れ、鷲鼻の男を殺した。
辺りが水を打ったように静まり返り、数瞬後、堰を切ったように悲鳴が爆発した。
「魔族だ! 魔族が出たぞ!」
「おい、騎士はどこだ! 早く来てくれ!」
「押さないで、子供がいるから」
「おい、逃げろ! こっちに来るな!」
悲鳴は次々に伝播し、人々は我先にと場を離れていった。
「おい、ジボラン! 何をしている!」
残された奴隷商の男は信じられないと頭を抱え、地団太を踏んだ。
「何ってぇ、契約したでしょう? わたしいが、あなたの邪魔をするヤツをぶっ殺す。代わりに、普人種の奴隷をくれる」
「アレは一応客だったんだ。それに許可なく顔出すなと言ってあるだろ!」
「うーん、わたしい難しいことわかんないのよねえ」
「……っ、お前はわざとやっているのか」
「邪魔だったんじゃないの? わたしいは魔力を得るための人族を効率よく集められる。あなたは商売の邪魔者を消せる。うぃんうぃんって話だったでしょお?」
奴隷商の男は用心棒として、屍人種の魔族――ジボランと契約をしていた。
その内容は、ジボランが口にした通りだが、どう見ても奴隷商の男は彼女を制御できていなかった。
客だった男は殺され、魔族が出たことで辺りは混乱の渦に呑まれた。
「……ぁ、認識疎外忘れてた」
ジボランはやっと気づいたようで、改めて魔法を使うがもう遅かった。魔族だと認識されてしまった後では、なんの意味もないのだ。
「――ッ、不良品掴まされて、リスクを侵して契約した魔族はこんなだし、どうして何もかも上手くいかないんだ! どうする? これから、どうすればいいんだよ!」
奴隷商の男は表情を歪ませてひどく焦っていた。
当たり前だが魔族と契約していたのが表沙汰になればただでは済まないし、エルタニン王国では普人種の奴隷は違法である。
やがて、三人の騎士団の警備隊が押っ取り刀で駆け付けるが、魔族の相手になるわけもなかった。
ジボランに西洋剣を向けて斬りかかるが、当のジボランは面倒臭そうに首を傾げて、騎士の腕を掴む。
すると、粘土でも相手にするかのように腕がぐしゃりと潰れ、騎士の絶叫が響く。
そのまま騎士を掴み、素手で頭蓋骨を割る。
他の二人は恐怖で足が竦んでしまい、抵抗する間もなく握り殺された。
おそらく、騎士たちのレベルが十五かそこらで、ジボランはその二倍はある。
「……ッ、あぁああクソ、なんだよ、なんなんだよおおお」
騎士たちがやられていく様子を呆然と見つめていた奴隷商の男は、ついに耐えられないと声を上げた。
「せっかく売っぱらったと思ったのに本当にゴミだなお前は! 勿体ないなんて思わず殺しておけばよかった! すぐに殺すんだったクソッたれ!」
立ち上がり、シグレを殴る、蹴り飛ばす。
その場に蹲り、丸くなったシグレを何度も、何度も、何度も踏みにじる。
事の発端であるジボランに当たらないのは、単に魔族が恐ろしいからだろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。もう、何もかも、どうでもよかった。
「ごめんなさい……役立たずで、何もできなくてごめんなさい」
「謝って済むわけねえだろ! カスが! お前のせいだ、全部お前のッ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、もう許してください。ごめんなさい、ごめんなさい」
「お前なんか受け取るんじゃなかった! もう死ねよ、頼むから死んでくれよ! どうせ、誰もお前なんていらないんだからよォ!」
奴隷商の男は怒鳴りながら、シグレを強く蹴り続ける。
村が滅ぼされてからは、ずっと暗闇の中にいるようだった。
誰からも必要とされない。奴隷としてすら不良品と烙印を押される。
自分は無力で、無価値で、もしかしたら、生まれてきたのが間違っていたのかもしれない。結局、神様もシグレの前に姿を現さなかった。
この境遇も必然で、初めからゴミのように扱われるべき人間だったのだ。
だから、そうだというのなら、この男の言うように死んでしまうのが――。
「いいや、お前が必要だ。俺のものになれ、妖狐種の少女よ」
知らない声がした。
と共に、シグレへの滂沱のような暴力が止んだ。
不思議に思って顔を上げると、ローブを被った金髪の男が奴隷商の男の肩を掴んで動きを静止させていた。
「なんだテメエは! 邪魔すんじゃねえ!」
興奮状態の奴隷商の男が怒鳴り手を払おうとするが、物凄い力が掛かっているのかそれも叶わない。
「こんなところで出会えるとは僥倖だった」
金髪の男は強く肩を掴んだまま、下命するように淡々と言葉を続ける。
その目は、真っ直ぐとシグレを見ていた。
宝石のように澄んでいて、しかし、深淵のような底知れなさを秘めた綺麗な瞳だった。
「お前は素晴らしい才能の持ち主だ。俺はコイツが欲しい。いくらで売ってくれる?」
シグレには金髪の男が何を言っているのか、よくわからなかった。
ただ、確信した。そうか、そういうことか。
シグレは今日このために辛い日々を耐え、生きてきたのだ。
「……ああ、ああ。あなたがシグレの神様なのですね」




