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第11話「メイドと迎える朝」

 空気が汚泥のように重たい。

 頭がかち割れそうなほどに痛い。

 胸が引き裂かれたかのように苦しい。

 いっそのこと、そうなってしまえばいい。

 いや、引き裂かれろよ、世界。


 こんな無価値な世界は滅びたらいい。


 ベリウス・ロストスリーが死んだ。

 忌々しい勇者に殺された。


 嘘だと思った。あのベリウスが、七魔皇の一人にも選ばれた最強の魔族である、ベリウス・ロストスリーが勇者如きに殺されるなど、ありえないことだと思った。


 だが、自分の腕の中で冷たくなった彼は紛れもなく本物だった。

 自分の主人を見間違えるはずがない。爪先程度に切られた髪も、ほんの僅かの切り傷も、服の汚れも、今日は少し寝不足なんだなあとか、仏頂面だけど機嫌がいいときだなあとか、彼のことはほんの小さな変化でも見流さないのだ。


 メイドだから。


「ベリウス様……ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様ベリウス様」


 言葉は深淵に飲み込まれるように、虚しく消えていく。

 応えてくれる者はいない。答えて欲しかった者はもういない。

 ベリウスが自分の全てだった。それ以外に生きる意味などなかった。


 ならば、そうだ。そうだというならば――生き返らせてしまえばいいではないか。


 それが自分の役目で、自分にしかできないことで、主人を死なせて自分だけのうのうと生き永らえた痴れ者ができる、唯一の罪滅ぼしじゃないのか。


「そうですそうに違いありませんわたしはベリウス様のメイドでございますベリウス様だけのメイドでございますそうかそれがそれだけがわくしめにできる正しいこと」


 この世界は未知の力と法則に溢れている。

 死人を復活させる方法だって何かあるはずなのだ。


 そのためなら、どんな犠牲も厭わない。

 誰を裏切り、誰を殺し、己の全てを捧げて、視界に映る全てを踏みにじって、例えば、世界が滅びたとしても、ベリウス・ロストスリーを取り戻そう。


 そして、ベリウスを苦しめた人族は全て滅ぼしてしまうのがいいだろう。


 ベリウスの復活だ! 人族を滅ぼせ! 滅ぼせ! 復活! 滅ぼせ! 復活! 滅ぼせ! 滅ぼせ! 滅べ! 滅んで、全てなくなってしまえ! こんな世界、偽物なんだから!


    ◇


 深海から水面に引き上げられるような浮力を感じて、目が覚める。

 夢を見ていた気がする。何か重大な夢を。


 汗ばんだ体。

 息が荒い。

 服をぱたぱたとして空気を送り込む。

 どこぞの貴族が暮らすような豪華な部屋を見渡して、大きく深呼吸をした。


「……あまり、時間はないな」


 ベリウスは、この世界に来てからのことを改めて思い返す。

 路地裏の女性から原作ゲームと同じようなクエストが受けられたことや、聖天祭の準備が進んでいることから、この世界でも原作と同じようなストーリーが展開されていることは疑いようがない。


 ならば、同じようにベリウスの破滅の未来も訪れるということだ。


 プレイヤー――つまりは、勇者の視点で、チュートリアルの物語を考えてみる。

 まずは、王都アルティバに幾本もの触手を携えた、蒼く巨大な魔獣が現れる。


 たしか、その魔獣は人工的に作られたもので、のちのサブストーリーに少し関わってくる。

 だが、その魔獣とまだ駆け出しの勇者が戦うことはなく、ただ、街は混乱の渦に呑まれていた。


 そんな中、追い打ちをかけるようにベリウスが現れたのだ。

 ベリウスと対峙したのは、人族最強の一人と謳われる、剣聖カンデラだった。

 カンデラは、天聖剣士ホーリーセイバーという固有職業ユニーククラスを持つ、普人種ヒューマンの女だ。

 強い正義感と卓越した戦闘力を備えた彼女は、ベリウスと激突――しかし、敵わず敗れてしまう。が、確実にベリウスを消耗させたようだった。


 その後、カンデラの意思を継ぐような形で勇者が登場し、ベリウスと対峙することになる。

 ゲーム開始すぐでレベルの低い勇者だったが、カンデラ戦での傷が癒えていなかったこともあってか、なんとかベリウスを打倒することが叶った。


 そのときの鍵となったのが、一定確率で全てのスキルの影響を受けずにダメージを与えることができる、勇者固有の魔纏オーラ天勇ブレイブ】である。


 これが発動すれば、ダメージを全て遮断するような強力な防御スキルも、ダメージ吸収のスキルも意味をなさない。対象は直接HPを削られることになる。


「そういえば、どうしてティアはいなかったんだ……?」


 どんな時でも、ベリウスの側に居ようとしそうなものだが……何か事情があったのだろうか。


「まあ、そういうこともあるか。それより、具体的な方針を決めねばな」


 選択肢はいくつかある。


 一つ目。Xデーよりも先に勇者を殺してしまう。

 戦力的には不可能ではないように思える。駆け出しの勇者がレベル八十八の魔族に適うはずがない。

 問題があるとすれば、Xデーまでに勇者が見つかるかどうかという点か。

 見つけることができなかった場合、ベリウスはそれまでの時間を無為に過ごすことになる。


 加えて、原作のストーリーを捻じ曲げようとした時に、どんな影響があるかわからない点も気になる。

 何もないかもしれないし、何かあるかもしれない。何かるならば、死を乗り越えた後でなければ困る。


 二つ目。遠くに逃げる。

 少々情けない案だが、王都から離れてしまえばカンデラとも勇者とも対峙せずに済む。死を回避することだけを考えれば、これが一番合理的だ。

 ただ、一つ目と同じく、原作のストーリーを捻じ曲げようとした場合の影響が気になる。


 これは最終手段に取っておくべきだろう。

 Xデーまでに手段を模索し、それでも確実に死を回避できる自信がなかった場合は、王都からの逃走を選択する。


 三つ目。ストーリーに沿いながら真正面から叩き潰す。

 現在持っている原作のストーリーや知識というアドバンテージを最大限活かすことができるし、原作のストーリーが捻じ曲げられる問題も、死を回避した後に襲ってくるなら仕方なしと割り切れる。


「二つ目の可能性も残しながら、最後まで抗う方法を模索するべきか……」


 そのためにも、戦力の強化は急務だ。

 スキルツリーをリセットし、スキル構成は組み直したが、まだ足りない。


「はぅぁ……ごしゅりんさまぁ……?」


 すると、足元の方からくぐもった声が響いた。

 布団がもぞもぞと動き、下半身に柔らかな感触が押し付けられる。

 急なことに驚き、反射的に布団を剥ぎ取ると、そこには眠たそうに目を擦る半裸のティアナディアの姿があった。


「な、何故服が……」

「はぇ? あぁ……そうでございますね、そういうこともありますねぇ」


 窓から僅かに差し込む朝陽に照らされ輝く銀髪と、陶器のような白い肌。

 芸術的なまでに均整の取れた西洋人形のような体が惜しみなく晒され、目のやり場に困った。


 つるりとしたお腹と、その上の膨らみに視線が吸い寄せられ、慌てて頭を振る。


「ご主人様が喜ばれるかと思いまして。どうですかぁ? 嬉しいですかぁ? ぽやぽや」

「寝ぼけているな……とりあえず、服を着るんだ。朝食にしよう」

「えぇ……もったいなくないですかぁ……? いいんですかぁ?」

「もったいなくない。ほら、風邪ひくから」


 もったいない。こんな暖かくて風邪なんて引くわけない。

 そう思いながらも毛布を被せてやる。


「いえいえいえ。いえいえいえいえ。わたしはメイドでございます。ご主人様の手を煩わせるなんて……なんて……ねむねむ」


 しばらくの間、彼女はぽやぽやとしており、その間に着替えを済ませてしまう。

 やっと意識が覚醒したのだろう、ティアナディアは「あの、あのあのあのでございますね……」と顔を赤くして、あわあわと手を戦慄かせる。


「わ、わたしはご主人様に大変な失礼を……」

「気にすることはない。これくらいで失礼も何もないだろう」

「いえいえ。いえいえいえ。で、でも、もちろんご主人様がお望みならいつでも準備はできているので、そのあたりは柔軟に対応していく所存です」


 言うと、ティアナディアはペコリと深くお辞儀をした。

 対応に困るな……と苦笑いをすると、その瞬間、窓の外から激しい怒号が響いてきた。


 上手く聞き取れないが、男二人が何やら揉めているようだった。

 揉めている、というよりは、片方が片方を一方的に叱りつけているような。


「……ちっ、ご主人様との優雅な朝を」


 気になって窓を開けて下を見ると、奴隷商と奴隷の少女、客と思わしき鷲鼻の男がいた。


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