第10話「可愛いメイドのティアナディア」
「ふっふっふ、貴方様のメイド、ティアナディアがきましたよ!」
しばらくすると、得意げな表情のティアナディアが戻ってきた。
彼女が押すワゴンには、いくつものドーム状のカバーが乗せられており、中からはスパイシーな香りが漂ってくる。
「ディナータイムといきましょう。腕によりを懸けて作りました」
「ティアが……?」
「もちでございます。料理はメイドの基本ですから」
「こんな高級宿で客が料理をできるものなのだな……」
もちろん、ティアナディアの手料理は飛び上がるほど嬉しいのだが。
「ふつうはできないでしょうね」
「……ティア?」
「そこはウルトラメイドパワーでございます。ご主人様への愛でございます。ご主人様が口にするものは可能な限りわたしが用意したい。そんないじらいメイド心なのです。どやどや」
ブイサインをするティアナディア。
こうして早口で何か捲し立てるときは、後ろめたさがあるときなのだ。
「具体的に何をしたか聞いてもいいだろうか」
「キッチン担当の者を脅して食材と調理器具を少々お借りしました。正直料理の腕は負けていないと思います。メイドに誇りに懸けて負けられないのです」
「…………」
その光景が鮮明に目に浮かんで居たたまれなくなる。
だが、ティアナディアの気持ちは嬉しい。
困ることと言えば、ティアナディアの奇行で多少目を付けられたか、目立ってしまったことくらいだろう。
「……次からはそういうことをしないように。でも、ありがとう。大事に頂くとしよう」
「ご、ご主人様……!」
ティアナディアは両手を合わせて瞳を潤ませる。
仕方がない。ティアナディアに対して何かを強く言い含めるというのは、ベリウスにとってすごく難しいことだったのだ。
「ふんふ~ん、ご主人様は世界一~。滅ぼせっ、世界ぃ。支配だっ! 人族も、魔族も皆殺し~♪」
ティアナディアは不穏なオリジナルソングを刻みながら、慣れた手付きで食事の用意を整える。
香辛料で豪快に味付けした肉料理が鉄板でぐつぐつと踊る。色とりどりの野菜に、ふんわりと湯気が立ち昇るスープ。高級店のコース料理に見紛うほどのメニューの数々に思わず唾を呑んだ。
「さあさあご主人様、あーんでございますよ! あ~ん!」
するりと隣に入り込み、一口サイズのステーキを差し出してきた。
「いや、別に自分で食べられる。あまり気を遣うな」
「ご主人様が一人で食べられないと思ってあ~んをしているわけではございません。あ~んはメイドの必修科目。必須技能。必殺技なのです。これは言わばわたしの存在意義に関わる事柄なのです」
「そんなに重たいのか……あ~んは」
「はいでございます。あと、わたしがそうしたいので」
「そうしたいのか……」
「何かこうご主人様を餌付けすることで満たされるものがあるのでございますよ」
ティアナディアはあくまで真剣な表情で告げる。
それならば仕方がないか……そう思い、されるがままに差し出された物を食べる。
「ふふ、可愛いご主人様。きゅんきゅんでございます」
とティアナディアは満足そうだ。
こうして、元気な彼女を見ていると、それだけで心が満たされる。
原作では、ベリウスが早々に死亡し、それに伴ってティアナディアも闇落ちしてしまうため、明るく笑顔を浮かべる彼女の姿はなかなか見られなかった。スピンオフ作品や、彼らの過去に触れるエピソードもなくはなかったが、数は少ない。
■■が固有で見つけた、ティアナディアの個別ルートでもそれは同じだった。
ベリウスが死んだ後のティアナディアは見ていられなかった。
プレイヤーが冒険を進める中で、彼女は度々姿を現した。
会うたびに顔色は悪くなっていて、人族への憎悪を増し、己を追い込んでいるのがよくわかった。
ベリウス様のいない世界に意味はない。わたしも、貴様らも全員死ねばいいのに――いつだか、ティアナディアが言ったセリフが耳に残っている。その言葉こそが彼女の全てで、あの時の本心だったのだろうと思う。
ティアナディアを救いたい。
わかっている、これは正義感でも、美しい気持ちでもなんでもなくて、ただの自分勝手だと。そんな資格がないこともわかっている。
それでも、救いたい。
原作知識を備えた自分だからこそ、それができるのだとしたら、どんな手を尽くしても救わなければならないと思う。
Xデーまで、あと九日。




