第8章『鋼鉄の守護壁』
審判の手が振り下ろされた。
審判「――第一戦、開始!!」
開始の合図と同時に、塗男が踏み込んだ。
刷毛 塗男「“有機溶剤錯乱”!!」
腰の小瓶を空中で破裂させ、揮発した溶剤が風に乗って組也の視界を包む。
刷毛 塗男「“塗装養生”展開!」
手首のスナップで透明のシートが空中に走り、鋭角に折れ曲がりながら敵を囲む。
刷毛 塗男「“塗料調合”――全配合ッ!」
背後で塗料を混ぜる音が重なり、瞬時に五色のスプレーが構えられる。
刷毛 塗男「“転がし塗装”!!」
地響きを立てながら、巨大ローラーが鉄骨の床を削って転がる。
刷毛 塗男「“養生区画”!」
逃げ場を削り、床を封じる。
刷毛 塗男「“塗料爆破”!!」
塗料が爆発し、一斉に火花が走る――!
そのすべてが、一呼吸のうちに叩き込まれた。
爆煙が咆哮を上げて巻き上がる。
塗男は肩で息をしながら、足元の力が抜けそうになるのを必死に堪えた。
刷毛 塗男「……やったか……?」
誰もが息を呑んだ。
その時だった――。
煙の中から、ゆっくりと一歩、影が現れた。
足鳶 組也「……終わりましたか?」
その声は穏やかで、かすかに微笑んでいた。
視界が晴れていく。
そこには――傷ひとつない、完璧な足場材の“壁”が立っていた。
釘宮 大工「な……あれは……?」
足鳶 組也「“足場材の守護”。
床養生にも使う滑り止め素材でして。衝撃吸収と防御力においては一級品ですよ。」
足元から天井まで届くかのような鉄壁。
塗男のすべての攻撃は、その“壁”に届くことすらなかった。
刷毛 塗男「チッ……だったら、もう一発――!」
塗男が再び技を叫ぼうとした、その瞬間だった。
足鳶 組也「では、こちらも……一撃だけ失礼いたします。」
組也が右手を振る。
足鳶 組也「“長尺支柱の槍”――」
空中に現れた、光る一本の足場支柱。
3.6m級の鋼鉄の柱が、唸りを上げて飛ぶ。
――ザクッ!!
刷毛 塗男「うぐッ……!」
その支柱は、塗男の左脚を真正面から貫いた。
地面に倒れ込み、口から鮮血を吐く。
審判が駆け寄る。
審判「ストップッ!! 刷毛 塗男、戦闘不能!!」
足場技研の仲間たちの叫び声が上がる。
組也は微笑を絶やさない。
足鳶 組也「ふぅ……。
さて、あなた方三名のうちで、いちばん経験豊富に見えた彼が倒れてしまいましたが……」
組也は丁寧に首を傾げる。
足鳶 組也「――まだ、続けますか?」
場は静まり返る。
血に染まった床。
倒れた塗男を見て、大工は不安を抱えていた。
そのとき――
金槌 掛矢「……やるしかねぇだろ。」
掛矢が一歩、前に出る。
釘宮 大工「……掛矢……」
金槌 掛矢「やる前から負けること考えてたら、もう職人じゃねぇ。
俺はあいつにやられるかもしれねぇ。でも――この現場の空気を、今すぐ変えてぇんだよ。」
掛矢は塗男の隣をすれ違いながら、ひとこと呟いた。
金槌 掛矢「……見ててくれ、あんたも社長だろ。」
組也はその姿を見て、また笑った。
足鳶 組也「ふふ……やはり、あなたが次ですか。
よろしくお願いいたしますね、掛矢さん。」
次なる戦いの幕が、静かに――だが確実に、上がった。