第7章『監獄支配』
現場に入り、小手屋左官店の区画。
そこは、もはや「現場」と呼べるようなものではなかった。
仮設足場で構成された巨大な檻。
その中には、泥だらけの作業着を着た職人たちが、地べたに座り込み、呻き声をあげていた。
周囲には足場技研の職人たちが目を光らせ、鞭のようにパイプを手にしていた。
金槌 掛矢「……なんだよ、これ……!」
釘宮 大工「……っ!」
大工は絶句した。
檻の中では、数名の職人が逆さ吊りにされ、足場材で殴打されている。
それを見ている他の職人たちは、目を逸らしながら震えていた。
檻の外――
従順になった者たちは、足場技研の職人の肩を揉み、食事を運び、地面を這いながら掃除をしていた。
塗男「……クソッたれが……。」
釘宮 大工「ここまでやるかよ……!」
その時、背後で拳を握りしめる音が響いた。
金槌 掛矢「ふざけんなッ……ふざけんなよ……!」
釘宮 大工「待て、掛矢! 今はまだ――!」
しかし、その言葉よりも早く、掛矢が踏み出した。
金槌 掛矢「うおおおおおおおッ!!」
――ドガァ!!
見張りの足場職人の顔面に拳がめり込む。
その男は吹き飛び、鉄骨に激突して気絶した。
釘宮 大工「バカッ……! 掛矢!!」
金槌 掛矢「す、すまねぇ……! でも……見てられなかったんだ……!」
その瞬間、現場の空気が変わった。
キン……キン……と足場材が揺れる音。
十数人の男たちが、四方から現れ、大工たちを取り囲む。
そして――
???「これは……大変だ。
まさか、突然こちらの職人に暴力をふるわれるとは。」
声は丁寧で、低く、滑らかだった。
現れた男は、完璧に整った髪型に、汚れひとつない黒の作業着。
姿勢は真っすぐ、口元には笑み。
だが、目だけは――底の見えない冷たさを湛えていた。
???「申し遅れました。
私は、足場技研 職長――足鳶 組也と申します。」
その余裕に満ちた立ち姿に、大工の眉がひそむ。
釘宮 大工「お前が……組也……!」
足鳶 組也「ええ。しかし、いきなり殴ってくるとは…
先に手を出されたのはこちら。
であれば、当然――対戦という形で、責任を取っていただくことになりますが、よろしいでしょうか?。」
言葉は丁寧だ。口角は微笑んでいる。
だがそこにあるのは、徹底的な支配者の圧だった。
金槌 掛矢「……すまねぇ……俺のせいで……」
釘宮 大工「気にすんな。
怒って拳を振るったお前は、間違っちゃいねぇよ。
ただ――この状況、もう“勝つしかねぇ”ってことだ。」
そのとき、ゆっくりと前に出る足音。
刷毛 塗男「なら――俺が、最初に出る。」
その声は静かだったが、奥底に闘志を燃やしていた。
刷毛 塗男「社長だった身としても、小手屋左官の仲間としても――
そして、今はお前ら釘宮工務店の若手二人を預かってる立場としても、
ここで黙ってるわけにはいかねぇ。」
塗男の目が、真っ直ぐに組也を捉える。
刷毛 塗男「俺が一番手だ。」
組也は、塗男を眺め、口元を緩めた。
足鳶 組也「おやおや……そんなに気を張らなくても…
お三方同時にいらして結構ですよ?
私はひとりで十分ですので。」
その言葉に、空気が凍りつく。
釘宮 大工「……は?」
塗男「……言ったな……」
審判「待て、それはルール違反だ。三対一は認められない。
ただし、三人と“順番に一対一”で戦う形式ならば許可する。」
足鳶 組也「審判がそういうのなら仕方ないですねぇ。
ルールは大切ですから。
では――物足りないとは思いますが、まずはあなたから。お願いします。塗男さん。」
組也は微笑みを崩さない。
塗男「殺してやるッ。」
審判「これより、足鳶 組也 vs 刷毛 塗男――第一戦、開始!!」