第3章『親分対決−鉄芯と塗膜−』
ガタン――。
ペーンキ三兄弟の案内で現れた塗装戦隊の幹部たちは、まるで現場そのものが人の形を成したような重圧を放っていた。
中央に立つ男。塗装の層で分厚くなった作業着を着こなし、一本の刷毛を杖のように突き立てている。
その名は――
株式会社 塗装戦隊 社長 刷毛 塗男
その両脇には、
常に防塵マスクを顔から外さない、寡黙な専務・刷毛 塗藤、
無言で配色表を手にした鋭い目つきの部長・刷毛 塗三郎。
株式会社塗装戦隊の、トップを務める三兄弟だ。
刷毛 塗男「……“有限会社 釘宮工務店”。」
釘宮 元「ああ。お前らの区画と、俺らの区画を賭けて、正式に勝負を申し込む。」
刷毛 塗男「ふん。よかろう。だが、貴様が我々に勝てると思っているのか?」
釘宮 元「思ってなきゃ、戦わねぇよ。」
刷毛 塗男「では、まずは私と貴様でやろう。力無き者が長を名乗るのは、この国では無礼だ。」
ふっと笑う親父。その目は鋭く、かつ静かだった。
釘宮 元「上等だ。塗装戦隊のお手並み、見せてみな。」
金網に囲まれた、かつての資材置き場。
いまでは、ここが一対一のタイマン会場となっている。
鉄の床を踏みしめながら、親父と塗男が向き合う。
刷毛 塗男「では――始めようか。」
次の瞬間、塗男が腰のポーチから小瓶を取り出し、パチンと開けた。
キィィィン――!
何かが空間を捻じ曲げるような音が響き、鼻をつく刺すような臭気が辺りに広がる。
釘宮 大工「な、なんだこの匂いは……?」
元「……まずい、“有機溶剤錯乱”だ……!」
親父が一歩よろめいた。
揮発した有機溶剤が脳を刺激し、バランス感覚と思考力を狂わせてくる。
視界がゆがみ、敵味方の位置すら曖昧になる――。
刷毛 塗男「この匂いは、職人なら誰もが一度は嗅いだことがあるだろう?
だが……それを敵に向けて使ったことはあるかね?」
釘宮 元「っ……ちっ……!」
親父は何とか態勢を維持しようとするが、目の焦点がぶれている。
その隙を逃さず、塗男が次の技を発動する。
刷毛 塗男「“塗装養生”――展開ッ!」
腰から引き出した透明なビニールが空中で急速に広がり、四方を囲む“透明な壁”を形成した。
釘宮 大工「やべぇッ……! 閉じ込められた……!」
刷毛 塗男「君はもう、ここから出られない。」
そして、塗男の手には銀色のスプレーガン。
その背後には、塗料が詰め込まれた調色装置。
刷毛 塗男「“塗料調合”――開始。」
次々と調合されていくペンキ。
青は分厚く塗られ反応を遅らせる、赤は肌にキツイ塗料で皮膚への刺激ダメージ、紫は吐き気を催すほどの刺激臭。
それらが、順にガンに充填され、マスカーの中にいる親父へと撃ち込まれる。
ズバンッ! シュウッ! バシュッ!
塗料が破裂し、マスカー内部で親父を包む。
釘宮 大工「親父……ッ!」
だが――その中から、親父の叫びが聞こえた。
釘宮 元「このままじゃ……終われねぇ……!
“釘撃銃”!」
ブゥン――!
腰のコンプレッサーが駆動し、親父が取り出したのは釘やビスを撃つ時に使う、ネイルガン。
親父はその銃口を、自分の足元に向けた。
釘宮 元「“自己打ち”だ……!」
ドンッ!
撃った釘が自らの足に突き刺さる。
だが、その痛みによって錯乱が、解けた。
釘宮 元「っ……ハァ、ハァ……ここからだな……!」
刷毛 塗男「ッ!まさか……!」
釘宮 元
「“釘撃銃乱射”ッ!!」
親父のネイルガンが、空中に無数の釘を撃ちぬいた。
ズダダダダッ!
飛び交う釘がマスカーの透明な壁を打ち破り、四方に突き刺さる。
その一発一発が、職人の精度と意志を宿していた。
釘宮 大工「やった……抜け出した!」
そして、親父が構える。
釘宮 元「これで、終いだ……!」
刷毛 塗男「フンっ。来い、釘宮元ッ!!」
――二人の動きが重なる。
釘宮 元「“釘撃銃連射”!」
刷毛 塗男「“塗料調合”――全開放!」
――釘と塗料が交差する。
青、赤、黄色、銀、黒――彩られた弾幕の中で、火花が弾け、空気が爆ぜる。
そして――
――ドンッ! ボンッ!!
爆音と共に煙が現場を覆い尽くす。
数秒後――煙が晴れた。
そこに、塗男が倒れていた。
額に釘が突き刺さり、意識を失っている。
その傍らに、血を流しながら立ち尽くす――親父・釘宮元。
釘宮 元「……よし。まずは、一勝だ。」
振り返り、背後の仲間たちに目配せする。
釘宮 元「次は……鑿、お前の番だ。」
棟上 鑿「任せとけよ、棟梁。」
有限会社 釘宮工務店。
まずは最初の一本を撃ち込んだ。