表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/35

第32章『迷宮鉄筋 改』

「始めッ!」


審判のその一言を皮切りに、空気が振動した。


――いや、そう“感じた”のは周囲の職人たちだけだった。


上田うえだ 鉄太てったは、誰よりも早く動いていた。

構えもなし、気合もなし。まるで“息を吸う”ように、自然と――それでいて異様な存在感と共に。


上田うえだ 鉄太てった迷宮鉄筋アイロンラビリンス ネオ


呟くような口調だったが、その言葉は刹那、空間の法則を塗り替える。


瞬間。


「ッ……!?」


松本まつもと 流斗るとの視界が一度、真っ白に染まった。


***


ギィィィ……ギィィィィ……


鉄が軋む音が、どこか遠くから鳴り響いていた。


空間がねじれる。


現実にあったはずの鉄骨の壁も、足場も、空も――全てが、ゆっくりと、だが確実に“別のもの”へと変質していく。


その中で、上田と松本は同時に膝を折り、ぐらりと意識を手放した。


――そう、“現実”の彼らは。


だが、その瞬間から“別の現実”が始まった。


***


視界に入ったのは、交差する鉄筋。


縦、横、斜め、螺旋、曲線、不可思議な曲がり――

あらゆる方向に無数の鉄筋が広がり、組み上げられた空間が果てなく続いている。


一歩踏み出すたびに、足元の鉄が“ギチ”と音を立てる。


松本まつもと 流斗ると「……な、なにこれ……っ……ここは……?」


明らかに、現実ではない。


足音が響く。呼吸音が重い。


なのに、すべてが“生々しい”。


松本は振り返る。だが、来た道など存在しない。

鉄筋の迷路は、背後すらねじれた構造で消えていた。


まるで、自分の存在そのものが“閉じ込められた”。


松本まつもと 流斗ると「ククッ……ハハハ……! なんだこれ……ッ! おもしれぇじゃねぇかッ!!」


眼を爛々と輝かせ、歓喜を上げる。


その前方、やがて鉄の柱の影から、ひとりの男がゆっくりと歩み出る。


上田うえだ 鉄太てった「……歓迎するぜ。“俺の世界”へな」


松本の歓喜が、わずかに翳る。


松本まつもと 流斗ると「なにが……どうなってんだよ、これ……。仮想現実か? まさか、お前……」


上田は無言で頷いた。

その瞳は鋼のように鈍く、しかし確かに“現実”を映していた。


***


現実世界――。


松本と上田は、両者ともに膝をつき、意識を失っていた。

しかし、身体には戦闘の痕跡は見られない。


……ただ静かに、冷たく倒れている。


「……上田……さん……?」


釘宮くぎみや 大工だいくが声を漏らすも、返事はない。


空間に、奇妙な沈黙が広がる。


管田かんだ 吉彦よしひこは腕を組み、まるで“何か”を察していたかのように静観していた。


***


仮想世界の中で、二人の“意識”は向き合う。


上田うえだ 鉄太てった「ここは、俺の技で創った世界……」


松本まつもと 流斗ると「技……? 仮想世界ごと創るなんざ、どうかしてやがる……!」


上田はその言葉に、わずかに笑みを浮かべた。


上田うえだ 鉄太てった「これは、修行の果てに手にした新技……“迷宮鉄筋アイロンラビリンス ネオ”」


上田うえだ 鉄太てった「前の技と大きく違う点は2つだ。1つは……この世界の中で与えたダメージは、現実の体にも“反映される”」


松本の目が、微かに揺れる。


上田うえだ 鉄太てった「ここで殴られれば、現実の身体に殴られた痛みがいく。逆も然りだ」


松本まつもと 流斗ると「……ほぉ、面白ぇな。つまり――ここでの戦いは、現実の戦いと“直結”してるってわけだ」


上田うえだ 鉄太てった「もうひとつの違いは……ここで、俺は“ちゃんと戦える”。」


一瞬、風が吹いた。


いや、“風のような”鉄筋の揺れが、上田の背後を覆う。


その背後から、無数の鉄骨の矢が突き出すように生えた。


上田うえだ 鉄太てった「この世界では、鉄筋が“意志”を持つ。俺の意志に応じて、道を創り、罠を張り、武器を生み出す」


上田の手の平が、ぐるりと円を描く。


次の瞬間、周囲の空間が“変形”するように、迷路の構造そのものが書き換えられた。


松本まつもと 流斗ると「……ッ、てめぇ……!」


その言葉と共に、松本が一気に駆け出した。


だが、その足音は鉄に飲み込まれる。


カンッ――カンカンカン――!!


鉄の響きと共に、上田の姿が一瞬で“後方”へと移動していた。


松本まつもと 流斗ると「チッ……移動……ッ! この空間、完全にアイツの思い通りか……!」


上田うえだ 鉄太てった「……この中での支配者は、俺だけだ」


そして、鉄筋が鳴く。


ギィィ――ギチ――ギチィィィィ……


その音と共に、空間が歪み――迷路の壁が伸びる。


松本の通路が封鎖される。回避しようとするが、逃げ道が変形し、足場がなくなる。


――完全に、捕まえられている。


松本まつもと 流斗ると「くっ……チクショウ……!」


叫びと共に腕を振るい、衝撃波のような気の奔流を鉄骨に叩きつける。

だが、それすらも吸収されるように消えていく。


上田うえだ 鉄太てった「ここじゃ、力任せは通じねぇ。お前が“その程度”の男なら、ここで終わる」


迷宮鉄筋アイロンラビリンス ネオ――

それは、仮想世界を創る技ではない。


“世界を、鉄筋で縛る”技だ。


――そして。


現実世界の2階通路。


ギィィ……という重たい鉄の扉が開かれる音。


そこに現れたのは、緑山みどりやま 葉太ようた水上みずかみ しずく


緑山みどりやま 葉太ようた「遅れてすみません!今到着しました!」


凍りついたような空気の中、ただ静かに、緑山の声が響いた。



松本まつもと 流斗るとは、無数に交差する鉄筋の迷路を見渡しながら、静かに笑っていた。

その目は、目新しい光景に心を躍らせている。


目の前には、いましがた自分をこの異空間に引き込んだ張本人――上田が、淡々と佇んでいる。


上田うえだ 鉄太てった「ここじゃ、逃げ場はねえ。やるしかねぇぞ」


松本まつもと「やる気は十分だ。ただ……」


松本は鋭く目を細めた。


松本まつもと「この世界……俺の直感が警鐘を鳴らしてる。“普通”じゃねぇってな」


返事の代わりに、上田は迷宮の壁を蹴って駆け出した。

動き出した瞬間、鉄筋の迷路がわずかに組み替わる。重力があるのかすら分からない曖昧な空間の中で、彼の動きは異常なほどに滑らかだった。


その様子に、松本の目が鋭く光る。


松本まつもと「……なら、俺も見せてやるよ。“こちら側”の力をな!」


腰元から、松本はティグ溶接のトーチを取り出す。

タングステンの先端から青白い火花が漏れ――次の瞬間、激しい閃光が放たれた。


上田うえだ 鉄太てった「ッ!」


光。まばゆい、白に近い蒼。

仮想世界でも忠実に再現された溶接の閃光は、網膜を貫いてくる。


その直後――


松本まつもと溶接熱砲ヒートメラ・ティグッ!!」


熱線が放たれた。鋭く、直線的な圧倒的破壊の一撃。

とんでもない熱量が、上田のいた空間を焼き払った。


が――命中していない。


松本まつもと「……どこ行きやがった……」


返事の代わりに、足場の上から足音。

上田はすでに高所へと跳躍しており、迷宮の構造に完全に適応していた。


その表情は落ち着いている。迷いは一切ない。

この空間のルールを“理解している”どころか、“設計している”者の表情だ。


松本まつもと「チッ、構造を読み切られてる……!」


さらに追撃のフラッシュティグを放つが、迷宮が変化し、攻撃の通路そのものが遮断される。


松本まつもと「くそっ……!」


攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど、自分の中でわずかなズレが生まれていく。

それは、迷宮というフィールドが自分にとって“異物”であることを突き付けてくる。


――ガッ!


上田の鉄筋が松本の横腹を貫いた。


松本まつもと「っが……ぁあああッ!!」


鋭く、脳天から響くような激痛が襲う。

確かに、肉体は何も傷ついていない。なのに――痛い。

痛みだけが、現実と同じ質量で突き刺さる。


松本まつもと「こ、の……クソが……ッ!」


怒りと混乱がないまぜになる。

痛みは本物だ。麻痺していない。感覚は騙せない。


松本まつもと「……やべえな、こりゃ……面白ぇどころじゃねえぞ……」


立ち上がろうとする。

しかし――呼吸が乱れている。身体の節々が重く、痛みが全身に残る。


この違和感。この焦り。

仮想世界で戦うはずが、まるで現実そのもののような“疲労”が身体を支配していく。


再び上田が姿を現す。


上田うえだ 鉄太てった「動きが鈍くなってるぞ」


松本まつもと「……わかってんだよ……!」


懸命に距離を取り、再び熱砲を放とうと構えるが――

先に動いたのは、鉄筋の迷宮だった。


上田が指先で何かを弾くように触れると、鉄筋が組み替わり、松本の進行ルートを遮断する。


上田うえだ 鉄太てった「この世界が“俺の意志”に従ってる。ここでは、俺が設計士だ」


その言葉に、松本は心底から苛立つ。


松本まつもと「チッ……この俺が……!」


だがその言葉とは裏腹に、呼吸はすでに限界に近づいていた。

汗が額から流れ落ち、手が震え始める。


それでも、撃とうとする。

しかし、構えた手が――鉄筋に弾かれた。


再び鉄筋が飛んでくる。


仮想のはずなのに、現実と変わらぬ痛みと苦しみが積み重なっていく。


松本まつもと「っぐ……っは……」


地に手をつき、肩で息をする。

歯を食いしばっても、意識が霞んでいく。


上田は構えを解いたまま、一歩近づいた。


上田うえだ 鉄太てった「……ここは、俺が支配してる。お前の戦い方は、この迷宮じゃ通用しねえ」


松本は、何も返せなかった。

初めての“敗北に近づく感覚”が、心の奥に広がっていく。


松本まつもと 流斗るとは、ふらふらと立ち上がった。

足元は定まらず、呼吸は荒く、もう視界すらまともに保てていない。

それでも、その男の目は、どこか諦めきれない色を宿していた。


上田の目が一瞬だけ細まる。だが、感情を露わにはしない。


上田うえだ 鉄太てった「……これで終わりだ」


ゆっくりと、上田が手を後ろに回す。

何も持っていないはずのその手から、音もなく“何か”が現れた。


それは、一見して工具のハッカーにも似た、しかし明らかに“ただの道具”ではない異質な存在。


上田うえだ 鉄太てった「“捻首鎌ギロチンハッカー”――」


その言葉と共に、上田の姿がかき消える。


次の瞬間には、松本の背後。

ハッカーの先端が、音もなくその首筋に絡みついていた。


松本まつもと「……なっ……!?」


ギチ……ギチチッ……


仮想世界の空気が歪む。

捻れるような金属音と共に、松本の首が不自然な角度で回されていく。


悲鳴は上がらない。

それよりも先に、精神が限界を迎えた。


ギャリィッッ!


空間が裂けるような衝撃。

松本の意識が、爆風のように吹き飛んだ。


──現実世界──


「――あああああああああああっッ!!」


2階に響き渡る悲鳴。

仰向けに倒れていた松本が、突然、弓なりに跳ね起きた。


その顔は恐怖と屈辱に満ちていた。

息は乱れ、目には涙すら滲んでいる。


ぺッ


「……ッ……チィ……!」


口から唾を吐き捨て、松本は地面を見つめたまま震えていた。

何も言わない。言葉が出てこない。

上田に対する怒りでもなければ、敗北への悔しさでもない。

**“恐怖”**だった。


再び敗北を喫したこともさることながら、

あの“痛み”が、仮想世界であっても決して嘘ではなかったという事実が、

松本 流斗という人間の内側に、根深く突き刺さっていた。


その姿を、上田は見下ろしていた。


仮想世界から意識を戻した直後。

彼は、朦朧とした意識の中でも、確かな勝利を確信していた。


そして――


上田うえだ 鉄太てった「勝った……!」


初めて、自分の技で誰かを制し、技術と覚悟で立ち向かい、勝利した。

その手応えは、胸の奥深くまで響いている。


上田は喜びを噛み締めながら、仲間たちの方へと振り返る。

だが、そこにあったのは――予想もしない光景だった。


「……え?」


足鳶あしとび 組也くみやが、血だらけで倒れていた。

その身体のあちこちに傷が走り、目は閉じられている。

緑山みどりやま 葉太ようたが、必死の形相で止血処置を施していた。


緑山みどりやま「組也!!おい、目を開けろって!」


視線をずらした先では――


釘宮大工くぎみや だいくが、水上みずかみ しずくの上に馬乗りになり、

鬼の形相で拳を振り下ろしていた。


「てめぇぇええええっっ!!!」


水上の顔はニヤついていた。

手は必死に防御を試みている。

その場の空気は、まるで誰かの怒号や悲鳴すらも吸収してしまうほど、重く、冷たいものだった。


上田うえだ「……な、何が起きてる……?」


呆然としながら、状況を理解しようとする。

だが、頭がついてこない。

このわずかな時間の間に、いったい何が起きたのか――


そして、上田は思わず叫んだ。


上田うえだ 鉄太てった「一体……どうなってんだよ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ