第一31章『鉄を繋ぎ、空を制す』
原田 開先が一歩、前へと踏み出した。
その一挙一動から滲み出る、幹部という立場にふさわしい凄み。
肩に担がれたパイプレンチが、鉄骨に触れてカンと小気味よい音を立てた。
管田 吉彦が静かに告げる。
管田 吉彦「では、最初の戦闘は――原田専務にお願いしましょう」
原田 開先「……では、行かせてもらいます」
肩越しに鋭く睨まれ、足鳶 組也は拳を握り直す。
息を整え、静かに、しかし確かに気合を込めて前へと出る。
原田 開先「君が“修行を終えた”鳶か。少々その腕を確かめさせてもらおうか」
足鳶 組也「……はい。お手柔らかにお願いします」
開始の合図もないまま――
原田の足が地を蹴る。
重さと速さを両立させた踏み込み、そのままパイプレンチが一閃する!
原田 開先「昇龍打撃」
下から掬い上げるような突き上げ。
レンチの弧が、風鳴を裂いて組也の顎下を狙う!
足鳶 組也「っ……!」
組也は咄嗟に身を反らし、ギリギリで回避。
しかし、風圧だけでも首筋に走る激痛。
原田は止まらない。
突き上げから流れるように肩へ回転し――
原田 開先「火炎研削盤」
具現化したグラインダーが轟音を上げ、火花を撒き散らす。
厚刃が回転し、刃の先から赤熱のスパークが飛び散る!
組也は一歩踏みしめ、回避行動へ。
足鳶 組也(高熱の軌道、あれに触れれば……服ごと焼かれるッ!)
刃はかすめるだけで鉄を溶かす温度。
逃げる足元にもグラインダーの火花が降り注ぐ。
壁を蹴って後方に跳び、仮設の足場へ着地するも――
原田 開先「逃げれば、追うまでだよ」
一歩先の足場へ着地した瞬間、原田のレンチが追いすがる。
まるで間合いの概念が存在しないかのように、組也との距離を一気に詰める。
原田 開先「昇龍打撃・転」
回転しながら踏み込むレンチの一撃。
振動と風圧が空間を削り、足場がきしみを上げる。
足鳶 組也「く……!」
受けきれない。組也は足場からさらに跳躍し、今度は上階の梁へと飛び移る。
その背中に、原田が確実に迫ってくる。
足鳶 組也(速い……!動きに一切の淀みがない……)
一瞬、振り返った視線がぶれる。
己の修行を信じたい気持ちと、敵の圧倒的な実力が、心に亀裂を生む。
原田 開先「まだ終わらないよ……次はこれだ」
原田が片膝をついた状態で装備を切り替える。
グラインダーの刃が厚刃から薄刃へ付け替えられ、その回転音が重たく低く響き出す。
原田 開先「切断研削盤」
火炎のような煌めきは落ち着く。
だがその代わり、音も衝撃も鋭さを増す。
回転する刃が、まっすぐ組也を狙う。
足鳶 組也(“火”が少なくなった?……違う、あれは……斬撃に特化した仕様か!)
次の瞬間――
組也が着地した足場のパイプごと、刃が斬り裂いた。
真っ二つに断ち割られ、組也は再び宙を舞う!
足鳶 組也「……っ!」
身を捻り、ギリギリで反対側の足場にしがみつく。
腕が悲鳴を上げ、掌が裂けるような痛みに耐えながら。
原田 開先「……実に、面白い動きだ。逃げることにおいては一級品だね」
余裕の声。
傷ひとつなく立つ原田に対し、組也の呼吸は既に荒い。
足鳶 組也(ダメだ……これじゃ、攻めるどころか、逃げてばかりじゃないか……)
その表情に、焦りと、そして“迷い”が浮かびはじめていた――。
轟音――火花――そして、金属を裂く鋭音。
原田 開先は、まるで暴風の如く足鳶 組也を追い立てていた。
床を跳ね、足場をすり抜ける。瞬間ごとの判断でなんとか間合いを維持し続ける組也。しかし――
原田 開先「どうしました?先ほどの気迫は……もう尽きましたか?」
切断砥石が空気をも裂きながらジリジリと詰め寄ってくる。爆ぜた火花は頬を焼き、逃げるたびに命が薄れていくような感覚が全身を支配していた。
足鳶 組也「……(避けるしかない……俺の今の力じゃ、真正面からは……)」
強烈な斬撃を紙一重で交わしながら、組也の胸中にはある“影”が忍び寄っていた。
(なぜ……逃げている?)
(修行したはずだ……死ぬほど、喰らいついた……)
(それでも……原田の攻撃を前に、足が勝手に逃げている――)
過去の自分の姿が頭をよぎる。
鳶の名を背負いながら、高所から一歩踏み出すことすら恐れていた日。
仲間に笑われ、舌打ちされ、誰にも見られない場所で悔し涙を流した夜。
そして、あの二人――米森 鳶高と原 重鳶――の背中を見て決めた。
(逃げないって、誓ったんじゃなかったのか……!)
また火花が爆ぜる。
その衝撃で足場が崩れ、組也の足がわずかに滑った――。
原田 開先「無駄です。あなたのように“迷い”のある者に、私の一撃は止められません」
組也は、膝をついた。
砕けた鋼の破片が足元に転がる。
原田のグラインダーが迫る――。
だが――
足鳶 組也「……それでも、俺は鳶だ……!」
その瞬間。
組也の中に、風が吹いた。
(米森の言葉……“逃げるな、上を見ろ。鳶の世界は空にある”――)
(原の言葉……“重さを怖がるな。重さは命の重み。それを預かるのが鳶の役目だ”――)
(……逃げるな……上を向け。命を預かれ。俺は――)
足鳶 組也「俺は、守るために修行した……逃げるためじゃねぇ!!」
鋭く吠えた声と同時に、組也は膝を蹴り飛ばすように立ち上がる。
火炎研削盤が振り抜かれる寸前、彼は鉄骨の梁へ飛び乗った。
脚でバランスを取りながら、堂々と真正面を向いて叫ぶ。
足鳶 組也「原田さん……もう俺は、あなたから逃げません。こっからは正面から行かせてもらいます」
原田の顔に、僅かに笑みが浮かぶ。
原田 開先「……ようやく、“鳶の顔”になったじゃありませんか」
組也の背に、鉄骨の風が吹いた。
風に煽られるのではなく、自ら風を起こす者として。
その瞳にはもはや、迷いも不安もなかった。
足鳶 組也「いきます――これは、俺が“鳶”になると決めて、生まれ変わった証だ」
静かに手を開く。指の先に、鉄の気配が宿る。
組也(心の声)
(“空をつくる者”としての覚悟、米森さんから教わった鉄骨――)
(“命の重みを預かる者”としての覚悟、原さんから教わった重量――)
(それを、俺の足場で支える……!)
次の瞬間、組也の全身からオーラが爆ぜた。
足鳶 組也「これが……俺の新たな鳶の技だ――」
足鳶 組也「三連鳶!!」
その号令と共に、地鳴りのような“鉄の音”が鳴り響いた。
瞬時に地面を貫き、巨大な鉄骨が原田の四方を囲むように具現化されていく。
その鋼材は高く、太く、数秒で防壁のような鉄骨区画を形成した。
原田 開先「ほう……面白い。だが、まだ“囲んだ”だけです」
原田はすぐさま火炎研削盤を起動し、壁を削りにかかる。
火花が飛ぶ。だが、鉄骨の強度は並ではなく、切断には至らない。
その瞬間――。
足鳶 組也「まだ一段階目ですよ。次です――!」
再び掌を振りかざす。すると、鉄骨の内側に新たな構造物――足場材が組まれ始めた。
瞬時に左右に張り巡らされる足場パイプ。
原田の周囲は、もう完全に身動きの取れない“現場構造”と化していた。
原田 開先「っ……これは……!?」
動けば突起にぶつかり、砥石を回せば天井に火花が散る。
足鳶 組也「上しか、もう逃げ道はありません」
原田が眉を上げ、天井を見上げる。
そこには、何も――なかった。
そう、一瞬前までは。
だが次の瞬間。
「――ゴウン……ッ!!」
巨大な影が、天井から静かに“落下”してきた。
原田 開先「……上も塞いだか。なるほど、見事だ……!」
落下してくるのは、組也が修行で扱った100トン級の重量鉄材――
正確には、精密機械の吊り施工を模した具現重量物。
その質量、その速度、その正確さ――
もはや、回避不可能。
原田 開先「昇龍打撃……ッ!」
瞬間的に足場を蹴り、身体をひねり、振り抜く。
鋼を打ち砕く勢いでパイプレンチが振るわれるが――
「――ドゴォォォン!!」
天井を打ち抜くような轟音と衝撃。
土煙と鉄粉が舞う中、崩れた足場の中に――うずくまる原田の姿。
足鳶 組也「……やった、か……?」
組也は警戒を解かずに着地し、慎重に原田へ歩み寄る。
足場材が崩れ、鉄骨が一部歪んでいる。
その中心で――原田がゆっくりと、片膝をついた状態で顔を上げた。
原田 開先「……フッ、完敗ですね。まさか、ここまでとは」
その顔に、屈辱はなかった。
あったのは、職人としての――清々しい“敗北の笑み”。
原田 開先「まさしく、“空を駆ける者”の仕事……見事でしたよ。足鳶 組也さん」
組也は、膝をつき、深く頭を下げた。
足鳶 組也「ありがとうございました……原田さんの攻撃がなかったら、俺はここまで覚悟を固められなかったと思います」
観戦していた面々からも、どよめきと拍手が沸く。
釘宮 大工「あれは、真っ直ぐ空に挑む“職人”の背中だ……!」
次は、松本 流斗と上田 鉄太の戦い。
静かに、一歩踏み出す鉄太の瞳が、すでに炎を宿していた――。




