第28章『開示された花冠』
釘宮 大工は、現場1階の奥にひとり佇んでいた。
現場全体が仄暗い静寂に包まれる。
カン、カン……と、どこか遠くで金槌の音が反響するが、この空間だけは、取り残されたような時間が流れていた。
釘宮 大工「……クソッ、ダメか……!」
厚い丸太を切り落とした台の上。何度叩いても、玄能は花冠を出さなかった。
技の兆しもない。
釘宮 大工「あいつらはもう……自分の技を掴んでるってのによ……!」
組也はすでに次の戦いに備え、鉄太も独自の世界で新技を完成させたという。
なのに自分は――。
足元には割れた木材の破片が散らばっている。拳を握る。手のひらには、使い込みすぎて血のにじむまめ。
それでも、握る力を緩めなかった。
釘宮 大工「……チクショウ……!」
怒鳴るような声とともに、背後の壁を殴る。
だが、返ってくるのは木の軋む音だけだった。
やがて、大工はふと手を止め、深く息を吐いた。
釘宮 大工「……休憩だ。少し、頭冷やそう。」
仮設ベンチに腰を下ろし、玄能を太腿の上に置いた。手に馴染んだ重量が、ずしりと肉体にのしかかる。
その横に、祖父が残した巻物をそっと広げる。
父・元から預かり、読み込んだはずの祖父・釘宮 木の技の記録。
けれど、その中に“満開花冠”の技法は一切書かれていなかった。
釘宮 大工「……満開花冠。じいちゃんが最後に遺した技……ほんとに、俺が辿り着けるのかよ……」
呟きながら、大工は無意識に、玄能を巻物の中央に置いた。
その瞬間――
パアァァッ……。
巻物が、ぼんやりと淡く光り始めた。
釘宮 大工「な……っ!?」
目を見開いた。
手を伸ばして玄能を退かすと、古びた紙の上に、今まで見えなかった“文字”が、白墨のように浮かび上がっている。
慌てて巻物を広げ直す。浮かんだのは、精密な筆致で描かれた明朝の文字列――
『この巻物は、継承者が玄能をかざしたときにのみ、その全文が開かれる。』
『玄能百式には、全10の技が存在する。』
『それらは、継承者自身の“成長”によってのみ、順に“開放”される。』
『そして最後の一つ、10番目の技こそ――“満開花冠”である。』
釘宮 大工「……10個……全部で……?」
その場に息を呑む。
今まで、自分が何を使えているのか、ただ戦いの中で覚えただけだった。
だが、これは明確な“体系”だった。技には順序があり、意味があり、成長の証としての“開花”だった。
釘宮 大工「……そうか……爺ちゃん、全部仕組んでたんだな……」
祖父・木が、生前この巻物に細工を施していた。
湿気やカビで読めないのではなかった。継承者が玄能を置いた時にだけ、全文が浮かび上がるようになっていた――それは、“本物の継承者”にだけ読ませるための、たった一人のための仕掛け。
釘宮 大工「満開花冠……それが最終技ってわけか。なら……」
大工は巻物を静かに閉じ、玄能を再び手に取った。
汗で滑る掌に、硬い柄の質感が食い込む。
釘宮 大工「まずは……5つ目の玄能百式ーー鉋星を会得する為に、自分自身が成長するしかねぇ!」
さっきまでの苛立ちは消え、やる気に満ち溢れた。
その後は、脇に置いた大ぶりの木材を、鉋でひたすら削る。
これは修行だ。
玄能百式という力に頼らず、ただ純粋に“木と対話する”。
その音、感触、木目の硬さ――その全てを、五感で受け止めていた。
釘宮 大工(……今まで、技ばっかり追ってた……。乱れ桜も、刻印花弁も、流れ雲も……全部、“使えるかどうか”ばかりに目を向けてた)
鋭い音が響く。
年季の入った鉋で、削るというよりも、新たな道を刻むように…
釘宮 大工(俺が“職人”である以上、技なんかよりまず大事なもんがあるだろ……)
指先を擦る。
掌に残るのは、薄く削れた木の屑。香り立つ白木の匂い。
釘宮 大工(道具は、“魂”で使う。木は、“心”で刻む。――それが、釘宮のやり方だ)
背筋を伸ばす。
鉋を置き、玄能を見つめ握る。
手に触れた瞬間、無意識に玄能を構えていた。
深く息を吸い、そして――
カツ――ッ。
たった一撃。
それだけで、木材に小さくひびが入った。まるで、“開く”ように。
釘宮 大工「……今のは……」
わずかな違和感と、確かな“感触”。
何かが、内部で“応えた”ような手応えがあった。
釘宮 大工(……違う。これまでの技じゃねぇ……)
瞬間、大工の脳裏に、巻物の文字が浮かぶ。
――「全10技」「本人の成長とともに解放される」
釘宮 大工(……もしかして、今感じたのは……5つ目の技、“鉋星”の気配……)
だが、技は出ない。名前も発動もしない。ただ――確かにそこに“ある”。
その“手前”に自分がいることが、今ならわかった。
釘宮 大工「……!」
思わず笑みが漏れた。
ようやく掴めそうな予感。
ようやく、自分の歩みが“本物”になったと感じた。
釘宮 大工「待ってろよ、管田……!」
現場に、ゆっくりと朝の光が差し始める。
白く澄んだ空気の中、釘宮 大工は黙って玄能を構えた。
まだ技は使えない。
でも、“確信”だけは、ここにある。




