表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/35

第22章『鳶の覚悟』

現場を包む鉄の匂いと、朝の冷気がまだ残る静寂の中――

足鳶あしとび 組也くみやは、資材ヤードの脇にある一棟の詰所をじっと見つめていた。


詰所の入り口には、ふたつの社名が並んで掲げられている。


「有限会社 空鳶組そらとびぐみ

「株式会社 重原重量しげはらじゅうりょう


かつて“力”のみで他社をねじ伏せ、自分の区画を広げてきた頃――

このふたつの名は、耳にするたび胸を刺すような痛みを覚えるほどだった。

戦わず、奪わず、ただ“対話”だけで仲間を増やしていった職長たち。

己とはあまりにも対照的な存在。それが、米森よねもり 鳶高とびたかはら 重鳶しげとびだった。


足鳶あしとび 組也くみや「……失礼します。足場技研あしばぎけんの足鳶 組也と申します。お時間をいただけませんか」


声をかけると、詰所の奥から鋼材を打つような重い足音が響いてきた。


最初に姿を見せたのは、黒い作業着の男――米森よねもり 鳶高とびたか

整えられた髪と落ち着いた眼差し。その姿には、職人としての品格と静かな威厳があった。


続いて現れたのが、無言のまま横に並んだ男――はら 重鳶しげとび

身長190近い屈強な体つき。サングラス越しの視線は、確かな重みと正確さを備えていた。


米森よねもり 鳶高とびたか「……誰だか知らんが、うちに何の用だ……」


足鳶あしとび 組也くみや「……あなた方のことは、噂で何度も耳にしておりました。力ではなく“言葉”と“信念”で仲間を増やしたと……現場でそう囁かれていた、あなた方の在り方に――今、私は心から敬意を抱いております」


米森は何も言わず、ただ目を細めた。


足鳶あしとび 組也くみや「私は……これまで、己の強さを誇り、足場を“支配の道具”として使ってきました。

ですが……先日の戦いで、神格者である管田かんだ 吉彦よしひこ氏に完膚なきまでに叩き潰され、自分が“何も持っていなかった”ことを痛感しました」


言葉を選びながらも、組也の声には熱があった。


足鳶あしとび 組也くみや「あなた方になんの徳もないことは、重々承知しております。

それでも、どうか……どうか私を、“本物の鳶”に鍛え上げていただけないでしょうか」


はら 重鳶しげとびは少し視線を逸らし、短く鼻を鳴らした。


はら 重鳶しげとび「……断る」


米森よねもり 鳶高とびたか「俺もだ。要件は終わったみたいだな。帰れ」


静かだったが、その言葉には一切の情けもなかった。

組也は、一礼し、ゆっくりと下がると――詰所の前に膝をつき、地面に額をつけた。


足鳶あしとび 組也くみや「……でしたら、ここでお二人に認めていただけるまで、動きません」


米森と原は黙って詰所に戻った。扉が閉じられる音が、重く響く。


時刻は昼を過ぎ、雲行きが怪しくなっていく。

空が唸るような風を吹かせ、やがて――雨が降り出した。


最初は小雨だった。だが、それはすぐに本降りへと変わる。

風が足場を鳴らし、鋼板を叩く激しい音が現場に鳴り響いた。


米森よねもり 鳶高とびたか「……」


詰所の窓から外を見た米森は、依然として土下座したままの組也の姿を確認した。

濡れそぼった髪、泥に沈む手。だが、その背中は微動だにしない。


米森は無言で傘を取り、外へ出た。傘も差さず、そのまま組也の前へと歩いていく。


米森よねもり 鳶高とびたか「……その覚悟、見せかけじゃないようだな」


足鳶あしとび 組也くみや「……はい」


米森よねもり 鳶高とびたか「だが勘違いするなよ。お前を仲間として認める訳ではないからな。」


足鳶あしとび 組也くみや「……はい。たとえ今、仲間として認められずとも……私は、ここで“変わりたい”のです」


しばしの沈黙の後――米森は言った。


米森よねもり 鳶高とびたか「……鍛えてやる。死ぬ気でついて来い」


その言葉が、雷鳴よりも強く、組也の胸を打ち抜いた。


はら 重鳶しげとびは、何も言わず傘を手に外へ出ると、米森の隣に立った。


その無言の並びが、答えだった。


組也は、泥にまみれながら深く深く頭を下げる。


足鳶あしとび 組也くみや「……ありがとうございます……必ず、応えてみせます……!」


こうして――足鳶 組也の“本物の鳶としての修行”が、始まった。


それはかつて、区画を“支配”していた男が、初めて“学び”を得る旅だった。


そしてこの日、雨は――

ただの天候ではなく、“誓いをすすぐ雨”となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ