第17章『意地と落ち着き』
第二戦。
審判の合図すら、釘宮 元の耳には入っていなかった。
すでに構えていた。いや、最初から、構えという概念すら捨てていた。
開戦の瞬間――飛び出す。
釘宮 元
「――木造建方釘宮流ッ!」
その叫びと共に、右手に現れたのは、巨塊。
異常な重厚感と共に、上空へ振りかぶられたのは、鉄塊すら凌ぐ――百トンの掛矢。
釘宮 元
「落雷掛矢ッ!」
天地を割るような衝撃が走った。
振り下ろされた掛矢が、足場ごと原田の立ち位置を粉砕する。
だが――その一点には、すでに誰もいなかった。
砂煙の向こうから、仄かに低い声が返る。
原田 開先
「……なるほど。初手からその質量か。だが――見えてさえいれば、避けられる」
砕けた床の影から、ひらりと跳ねるように飛び出した原田 開先。
長身痩躯。両手は腰に。足音ひとつなく着地するその姿勢は、まさに分析者のそれだった。
釘宮 元
「なら、こっちはどうだッ!」
すでに次の構えに入っていた。
元の背後で、無数のノミが音もなく浮かび上がる。
釘宮 元
「木造建方釘宮流――暴風鑿雨《ぼうふう の みあめ》ッ!」
大気が唸った。
現場全体に風圧が走り、鋭利な刃の雨が、嵐のように原田へ襲いかかる。
観戦していた足鳶 組也
「……あれを、初動で二連発。あの方、本気で仕留めにいってる……」
釘宮 大工
「親父のあの動き……見たことねぇ速さだ」
だがその暴風の中、原田はただ一度、床を踏みしめただけだった。
次の瞬間、彼の体は風穴の中を縫うようにすり抜けていた。
原田 開先
「正確無比。威力も文句なし。だが――」
風が収まる。元がわずかに眉を寄せた。
原田 開先
「“右足を引いた時だけ、動きが半拍遅れる”……そこが、あなたの弱点です」
一瞬、空気が凍った。
釘宮 元
「……何だと?」
原田 開先
「あなたの古傷。右膝、半月板。
掛矢を振るう時、無意識に踏み込みを調整している。
繰り返し見ていれば、十分察しがつく」
その言葉と同時に、原田が床を蹴った。
飛び込む動きに、派手な演出はない。
だがその軌道は、“真正面から元の右足側”へ。
反応が、一瞬、遅れる。
釘宮 元
「チッ……!」
踏み込めない。振り切れない。
そこを正確に読み切った原田の拳が、元の腹部へ直撃する。
さらに、畳みかけるように次の攻撃。
原田 開先
「――昇龍打撃」
拳の動きが変わる。打撃ではない、“流し打ち”のような連打。
その一撃ごとに、元の体勢が崩れていく。
釘宮 元
「ぐっ……くそ……!」
それでも元は掛矢を構えようとする。
だがその腕を、原田が内側から切り上げ、膝で再び右足を狙った。
ガクン、とバランスが崩れる。
元の身体が、崩れるように膝をついた。
そして最後の一撃。
静かに構えた原田が、語気を落として言い放つ。
原田 開先
「これで、終わりです」
その拳が、元の胸部を正確に貫いた。
時間が止まったようだった。
元が、大きく息を吐く。
そのまま、ゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。
審判職人
「第二戦――原田 開先の勝利ッ!」
静寂のあと、どよめきが湧く。
だが元は、地面に倒れたまま、わずかに笑っていた。
釘宮 元
「……見事だったよ、“理詰めの戦い”ってのも……やっぱ、強ぇな……」
現場に、静かな尊敬の空気が流れていた。
誰もが、その敗北を“恥”ではなく“戦い”として受け止めていた。