第15章『到達と継承』
2階へと続く非常階段を上りきったその先。
釘宮 元、釘宮 大工、足鳶 組也の三人は、無言のまま足場の床を踏みしめた。
整然と組まれた鋼材と足場。
張りつめた空気は、まるで目に見えるほど濃密で、彼らの足取りを重くさせた。
中央に待ち構えていたのは、三人の男。
管田 吉彦。
そして、その左右に並ぶ原田 開先、松本 流斗。
三人とも沈黙を保ったまま、まるで空気ごとこちらを制しているかのようだった。
足鳶 組也が一歩前へ出る。
視線はまっすぐに管田を捉え、落ち着いた声で口を開いた。
足鳶 組也
「……お久しぶりですね」
短く、だが芯のある言葉だった。
一方の管田もわずかに目を細めながら、静かに歩を進めて応じる。
管田 吉彦
「またお会いできて、嬉しいですよ」
にこりともしない声。だが、そこには確かな余裕があった。
そして彼は、ふと少しだけ視線をずらし、口元に僅かな笑みを浮かべた。
管田 吉彦
「しかし驚きですね。2階から1階へ逃げたと思えば、まさか神格者の方を連れてまた戻ってこられるとは」
その言葉に、場の空気がすっと変わる。
大工がひとつ鼻を鳴らし、腕を組んだまま呟くように問いかけた。
釘宮 大工
「その、“神格者”ってのは……詳しく言うと何なんだよ。
俺ぁまだよく知らねぇからさ」
まっすぐな言い方だった。飾りも、気負いもない。
だがそれが、かえって管田の興味を引いたようだった。
管田はゆっくりと右手を胸の前で組み直し、静かに言葉を紡いだ。
管田 吉彦
「では説明して差し上げましょう。
そもそも、“神格者”というのは、職人の力、ガテン力を大きく超えた、神域に達した技を会得した者のことを呼びます。
そして、神格者になるには、三つの方法があります」
言い終えると、彼はすっと人差し指を立てた。
管田 吉彦
「一つは、私と同じ、“到達型”。
一日三十時間、配管に従事するという矛盾。
この矛盾を、ひたすら配管作業や配管の勉強の密度を高めることで補い続ける。
それを、毎日欠かさず三十五年。
歪んだ努力を真っ直ぐ行い続け……
私はいつしか、“日に三十時間配管に従事する職人”になったのです。
気付いた時には、ガテン力では到底為し得ない、圧倒的な技たちを会得することができました」
語るその表情に、誇張も誇りもない。
ただ淡々と、自分が歩いてきた道を話しているだけだった。
管田は中指を立て、指を二本にする。
管田 吉彦
「二つめは、あなたと同じ、“継承型”ですよ、釘宮 大工さん。
父や祖父など、血縁関係にある職人から受け継いだガテン力は、
当時はただのガテン力でも、継承される過程で時間をかけ昇華され、神格化することがあるのですよ」
大工が僅かに眉をひそめる。
管田は構わず、三本目の指を立てて続けた。
管田 吉彦
「そして三つ目。
“憑依型”です。物に魂が宿るというのは、よく聞く話でしょう?
長年大事に使われてきた道具自体が神格化し、
その道具を使用した職人へ憑依し、一時的に神格化する――というものです」
ふう、と一度呼吸を整え、目を細めながら語る管田の口調は、どこまでも静かだった。
管田 吉彦
「かくいう私も未だ、自分以外の神格者とは顔を合わせるのも初めてでして……
なので、神と対峙した経験もなくてですね……
良かったら、釘宮 大工さん。
私と、戦いませんか?」
その誘いに、大工は一瞬目を細めたが、返答より早く別の男が前へ出た。
足鳶 組也が、肩を軽くすくめながら口を開いた。
足鳶 組也
「お相手が決まったなら、ちょうど良かった。
私もあのハゲとずっと目が合っていたもので」
すぐに元が鼻で笑う。口角がわずかに上がっている。
釘宮 元
「俺ぁ、あの原田っつう奴だな」
三人の気配が、ゆっくりと戦闘前のそれに変わっていく。
空気が僅かに、湿度と重さを増していた。
足鳶 組也
「では、第一戦は私が」
釘宮 元
「第二戦は俺がいこう」
そして最後に、大工がまっすぐに管田を見据えた。
その眼差しにはもう、疑いも迷いもなかった。
釘宮 大工
「よし。なら三戦目――大将戦で、決めようぜ」
その言葉に、管田はゆるやかに頷き返した。
管田 吉彦
「えぇ。楽しみに待っていますよ」