第8話 初めてのお仕事
事務所のHPに、所属タレント一覧に僕の名前が載ると、両親は嬉しそうにしていた。
「パパの瑞稀が、芸能人になるなんてなぁ」
「あら?ママの瑞稀よ!」
「いやいや、パパの瑞稀だろう?」
「違うわよ、ママの瑞稀よ。私がお腹を痛めて、産んだんですもの」
本当にしょうもない事で、最近は両親の喧嘩が多くなった。明日は学校を休んで、雑誌のモデルとして撮影がある。僕はまだ新人なので、少し先輩の美春と一緒に撮影する事になった。
「はい!(笑顔を)振り撒いて、振り撒いてぇ~、はい、そのままぁ~」
独特な掛け声でシャッターを切りまくるこのおじさんは、有名なカメラマンらしいけど、僕は良く知らない。
先ずは美春がお手本とばかりに先に撮影し、次に僕が単独で撮影した。そして最後に2人での撮影となり、空のバスタブに入って2人で手を繋いだり、大量のシャボン玉が飛んでるのを、手で捕まえようとする写真などを撮影された。
「はい、長時間の撮影お疲れ様でしたぁ。瑞稀ちゃん、初めての撮影はどうだった?」
「あ、はい。楽しかったです。有難う御座いました」
「また宜しくねぇ」
「はい、また宜しくお願いします!」
何をするのも初めてで、僕は楽しく感じた。美春は楽しかったのかと聞こうとして、声を掛け様とするとプイッとそっぽを向かれた。
「馬鹿みたい。浮かれちゃって、チヤホヤされるのも最初のうちよ」
「待ってよ、美春!そんな言い方は無いじゃん。僕達は親友だったし…付き合ってたじゃん。僕も女子になったから別れたけど、また親友に戻れば良いじゃん」
「はぁ?親友?戻れる訳無いじゃない!この業界はね、仲良しこよしで生き残れる様な甘い世界じゃないの。あんたがこの業界に入って来た時から私達は、敵同士なのよ。良い?仕事以外で、私に話し掛けないでちょうだい!」
僕がポロポロと涙を流すと美春は、「チッ!泣けば良いと思って…イライラする」と捨て台詞を吐いた。
「祐くん、どうだった?私」
「可愛かったよ、最高だった」
祐くんと言うのは、美春のマネージャーで、年齢は26歳だ。美春は、僕に対した時とはまるで違う満面の笑みで、マネージャーに抱き付いた。もう嫉妬心とかは感じなかったけど、以前とは違う冷たい態度を取られる事に対して、憤りを感じた。
僕達は親友だったし、確かに愛し合っていた。僕が女子になったんなら、付き合えなくても親友には戻れるものだと思っていた。それなのにこれでは、一方的に憎まれているみたいだ。これなら僕は、美春の居る事務所なんかに入るんじゃなかったと後悔した。
「疲れたわね、帰りに何か甘いものでも食べる?」
一仕事を終えた僕に、お母さんが声を掛けた。
「うん」
近くの喫茶店に入ると、僕を知っている人達がキャーキャー騒いで集まって来たので、折角のスイーツを食べるのを諦めて喫茶店を出た。
「ごめんね。帰りにデザート買って帰ろうね?」
「お母さんは悪く無いんだから謝らないで。僕のせいなんだから…」
「瑞稀は悪く無いのよ。人気があるのは良い事だわ。見向きもされなくなった芸能人なんて、終わりでしょう?」
仕事場から直帰出来るし、芸能界=テレビのお仕事のイメージだったけど、それだけじゃないんだなと思った。今のところはまだ、アルバイト感覚だ。帰っていると、お母さんの携帯が鳴った。
「はい、もしもし青山ですが。はい、有難う御座います。はい!はい、畏まりました。失礼致します」
「誰からだったの?」
「社長さんからよ。今日のお仕事、先方から褒められてたって。また何かの時は、宜しくだってよ。良かったわね」
芸能界は繋がりが最も大切だ。次のお仕事に繋がるからだ。
「それでね…次のお仕事は、グラビアなんだって。水着も着て撮影するのよ。まだ10歳だし、際どい物は着せられないから安心してね。勿論、お母さんも監視しておくから。それでも嫌なら言ってね、断るから」
新人なんかが、この業界で仕事を選んでいるなんて知れたら、次は無いだろう。それでもお母さんは、僕の意思を尊重してくれている。嫌なら辞めても良いのよと。改めて、子供思いの良いお母さんだなと感動した。
「ぐすっ、お母さん大好き」
「うふふふ、急にどうしたのよ?」
お母さんと僕は、仲の良い方の親子だったと思うけど、芸能界に入って更に親子の絆が増したように思う。
帰りの車では、わざと遠回りをしたコンビニで、スイーツを買って来てくれた。お母さんがコンビニに行っている間、僕は帽子を深く被って、顔が見えない様に俯いていた。
自宅に着いて直ぐに、スイーツを食べ始めた。僕のは透明カップにスポンジ生地とプリンとショコラとホイップのクリームが乗っていて、パフェみたいにサクランボやミカンなどのフルーツが乗っていた。
「美味しい、これハマりそう」
それからは暫くは、週1、2回のペースでお仕事をしていた。美春の方が僕よりも知名度が高く、お仕事の量も多かった。
しかしそれが逆転する事になったのは、あの水着写真が載った雑誌が発売されたからだ。
『10歳でCカップ』と言う恥ずかしい見出しと共に、僕が表紙を飾っていた。本屋さんやコンビニでも、表紙を飾った雑誌がズラリと並んでいて、とても恥ずかしかったけど、これによって僕の知名度と人気は全国区となった。そしてMHKの教育番組の1コーナーで、レギュラー出演となったのだ。
そのコーナーでは、子供達(年長さんから小学校低学年)のリクエストで、与えられたお題の絵を1分で描くと言うものだった。僕の描く絵が独特で面白いらしくて、人気コーナーとなった。
テレビに出る様になると、月に3回くらいしか登校出来なくなり、お母さんは先生から「まだ義務教育ですよ?お忙しいのは分かりますが、週1、2回ならまだしも…」と怒られていた。お母さんはスケジュール調整をして、数時間でも登校出来る様に調整すると約束していた。
そんな矢先に、僕のドラマ出演が決まったのだ。社長は、芸能人は仕事が来るうちが花で、それも一瞬で咲いて一瞬で散る。機会を逃した者には、2度と機会は訪れない。と言うのが口癖だった。だから僕が注目されている間に、仕事を詰め込めるだけ詰め込まれた。
ドラマは当然子役で、ほのぼのとしたホームドラマだった。台詞を覚えるのも難しいのに、更に身体を動かして演技をしないといけない。
まだ新人の子供だから、台詞は1話中に1回だけとか、ただ泣く演技をしている所へ、女優さんが声を掛けるシーンだったりとかで、ちゃんと配慮がされていた。
「あの子役の子は誰?」
「めちゃくちゃ可愛い!」
MyTubeの検索ワード1位となり、「妹にしたいタレント1位」「娘にしたいタレント1位」「世界一可愛い小学生1位」などにも選ばれて、僕は一躍有名人となった。
「合コン?」
YNJと言う今売り出し中の人気グループで、13歳から16歳までの男性グループだ。僕よりも少しお兄さん達だが、小6の高学年でさえ随分とお兄さんに見えるのだ。中学生ともなれば、大人な印象だ。
そんなお兄さん達から見れば、僕なんてただの子供にしか見えないだろう。実際、まだ10歳の子供だし。それで本気で、カップルとか成立するのだろうか?
「えっと、僕は…遠慮します…」
「何言ってんの、Mizukiが本命なんだから、来てくれなきゃ始まらないじゃない!」
僕は事務所の先輩に、合コンに誘われたのだ。
「遊衣さん、僕はまだ子供なので、その…まだ男の人とお付き合いとかは…」
「何言ってんの?そんなオッパイぶら下げて。男なんて、それで1発KOよ」
遊衣さんは僕の2コ上の小6で、割と自由奔放に動くタイプだ。ちなみに既にHは経験済みだと言っていた。歴代彼氏が3人とセフレが5人、あとは枕営業を含めると経験人数は20人くらいだと言っていた。
「枕営業ってなんですか?」
「知らないの?本当に?」
「うん」
「…そっか。枕営業って言うのはね。業界のエライ人とHをして、お仕事をもらうって事なのよ」
「ええーっ!」
僕は驚いて悲鳴を上げた。そんな事までしないとお仕事がもらえないのかと思い、この業界を続けるのが一気に冷めて嫌になった。
「うちの事務所。実は枕ありきなのよねぇ。だから合コンのセッティングも、知ってて見て見ぬフリをしているのよ。処女のままだと枕をさせられないでしょう?むしろ積極的に男性と交流して経験を積んで、Hへの抵抗を無くして欲しいのよ」
「そんなの僕、絶対に行かない」
「あははは、冗談よ。冗談。ちょっと揶揄っただけよ。だって私達まだ小学生よ?お菓子食べてジュース飲んで、お話しするだけよ。つまらなかったら、途中で帰って良いから。ね?お願い、来てよ」
遊衣さんの強引な誘いで、仕方なく合コンに参加する事になった。