第7話 非日常と困惑
翌日登校すると、校門の前で待ち伏せをされていた。僕を隠し撮りした写真がネットにアップされてしまい、モデルとして知名度を上げつつある美春との相乗効果もあって、トレンドに入るほどバズったからだ。
そのお陰で登校して来るや否や、マスコミやスカウトや僕のファンと称する大人達によって取り囲まれて揉みくちゃにされた。直ぐに先生達が出て来て、僕を守りながら校内に入れてくれた。授業中も窓から校門を見ると、まだ多くの人達が残っていた。
「瑞稀、瑞稀も芸能人になっちゃうの?」
「ううん。人前に出るなんて僕には無理だよ」
休憩時間にクラスメイトから尋ねられたけど、僕は芸能人になる気は全く無かった。和彦をマネージャーに奪られて、復讐してやりたい気持ちになった事もあったけど、僕自身が女子になってしまうと、そんな事はどうでも良くなった。どうして和彦に執着していたのか?と、今は不思議な気持ちですらいる。
帰る時に先生から「保護者の方に迎えに来る様に言ってあるから、それまで教室で待っていなさい」と言われた。暫くすると、お母さんが車で迎えに来てくれた。
「お母さん。僕、学校休んだ方が良いのかな?」
「どうして、そんな事を言うの?」
「だって、友達や先生に迷惑かけるでしょう?お母さんだって忙しいのに、これじゃ毎日送り迎えする事になるよ?」
「…馬鹿ね。貴女は学校に行って、勉強する事だけを考えていたら良いのよ。後の事は、大人が考える事よ」
「うん…」
自宅の前も、凄い人だかりが出来ていた。家の電話も鳴りっ放しで、電話を取ると近所からのクレームで、「この人だかりをどうにかしろ!」と、僕達のせいでは無いのに文句を言われた。これでは自宅を出て、買い物に行く事も出来ない。
「僕達、飢え死にしちゃうね」
「馬鹿な子ね」
お母さんにギュウって抱き締められると、少しだけ不安な気持ちが癒された。
7月だから、19時台でもまだ外は明るい。中々引かない野次馬に、近所の人も剛を煮やしたのか通報によって警察が来ると、先ず僕達の事情聴取をして状況を把握してから応援を呼び、交通整理をして野次馬達を帰らせた。
「ストーカーなどの被害を受けられましたら、被害届を直ぐに出して下さい」
警察はそう言って帰り、お母さんはずっと頭を下げていた。それから22時まで開いているショッピングモールに行って菓子折りを買い、ご近所さん達に謝って回っていた。
現金なもので、お詫びの粗品を持って謝罪すると、「あらまぁ、こんな事をしてもらって悪いわね」と悪びれもせずに言い、僕がムッとしているとお母さんが小突いたので、仕方なく「ご迷惑をお掛け致しました」と頭を下げた。
ご近所を謝罪して回り終わると、21時を過ぎていた。お父さんはまだ仕事から帰って来てなかった。
「…もうこんな時間。お腹が空いたでしょう?ごめんね。今からだと大した物は作れないから、パスタでも良いかしら?」
「お母さん。僕、悔しいよ。だって僕達が悪い訳じゃないのに…」
僕は我慢出来ずに、悔し涙を流した。お母さんも、僕の背中を抱いて泣いていた。
22時前にお父さんが帰って来たのでお母さんが、さっきまでの出来事を相談していた。そこへ電話がかかって来た。知らない番号だったので無視していると、何度も同じ番号からかかって来たので、お母さんが出た。
「何時だと思っているんですか!…私も娘も、どんな思いをしたと思っているんですか…」
お母さんは始めは激しく、そして段々と柔らかくなり、最後は頷いて話しを聞いていた。それから、お父さんと電話を代わった。
「はい、はい、はい。お話しは分かりました。家族と相談したいので、返事は後日でも構いませんでしょうか?」
お父さんは電話の主に、丁寧に受け応えをしていた。電話が切れると、お母さんと僕を交えて家族会議になった。
電話の内容を要約すると、電話の主は芸能プロダクションからで、どこの事務所にも入らなければ今後もこの様な事が続く、周りを黙らせたいのであれば、どこかの事務所に入るしかないと言う事。
それから誠心誠意、お嬢さんを必ず立派な芸能人として育てて見せますと力説され、誠意を感じて前向きに検討したいと言って電話を切ったと言う流れだ。
「瑞稀の意思を尊重したい。瑞稀はどうしたい?」
「僕?僕は…」
「芸能プロダクションは、スィート・ダイヤモンドと言う事務所だそうだ。お父さんは詳しくは無いが、瑞稀と同じクラスの子が入っているらしいね?友達と一緒なら、楽しくやれるんじゃないかな?」
「かず…美春が?」
僕は少し黙って考えた。
(和彦…うん、もう大丈夫…和彦の事を考えても胸が痛く無い。きっと、また友達に戻れるよね…?)
僕は、美春がいる事務所なら、と言う事でOKを出した。お母さんは涙ぐんでいた。
「それなら、お母さんがマネージャーになるわ」
お父さんは少し驚いた表情をしたけど、直ぐに仕方が無いと言った。まだ10歳の娘だから心配なのだろう。僕も、あの手が早そうな美春のマネージャーがついたら嫌だと思った。
僕はまだ芸能界に入ってもいないのにニュースで取り沙汰され、芸能界入りのニュースまで流れた。それから数日後、マネジメント契約の為に、お母さんは僕を連れて事務所にやって来た。
「はい、これで今から瑞稀ちゃんは、同じ事務所の仲間です。これから宜しくね」
事務所の社長は、日サロ焼けした浅黒い顔でサングラスにスーツ姿の出立ちで、いかにもな格好をしていた。笑うと白い歯が、一層際立って白く見えた。それから社長は手をパンパンパンと叩くと、入室して来た者がいた。
「美春!?」
「…誰なの?」
美春は怪訝な表情をして、僕を睨んだ。
「僕だよ、和彦」
「…まさか、瑞稀なの?」
「うん、そうだよ。僕の誕生日が来て初めて会うから、女子になった僕の姿を見るのは初めてだよね」
美春はツカツカと歩み寄ると、パチーン!と思いっきり僕にビンタした。
「私は美春なの!芸能界では、HALよ。和彦って呼ぶなって言ったわよね!?今度また和彦って呼んだら承知しないわよ!」
美春は怒って出て行った。マネージャーは申し訳なさそうに社長と僕達にお辞儀をすると、慌てて美春の後を追いかけて行った。
「いや、何だか申し訳なかったね。君とHALがクラスメイトだって聞いたものだから、てっきり仲が良いのかと思ったよ」
社長は頭を掻きながら、愛想笑いをした。
「いえ、僕がいけなかったんです。彼女の事を和彦って呼んだから…。本当は、いつもは仲が良いんです。毎日の様に2人で遊んでいましたから…」
「その割には、悲しそうな顔をしているよ」
社長に言われると、涙がポロポロと溢れ落ちた。
「ごめんなさい。泣くつもりは無くて…」
抑え様としても抑えられないのが涙だ。僕は両手で顔を覆って、肩を震わせて泣いた。
「どうしたの、美春ちゃんと喧嘩でもしてたの?」
お母さんが背中を摩ってくれていると、落ち着いて来た。顔を洗いに行かされ、その後はメイクをされた。事務所の宣材写真に使用して、プロフィール欄に載せる為だ。
上手く笑う事が出来ずに笑顔の写真が撮れなくて、社長は逆にクール美人路線で行こうと言い、物哀しい哀愁の表情をした1枚が撮れ、カメラマンから絶賛された。
「時々、こう言う子が現れるんですよ。彼女は間違いなく、日本中を虜にする星の素質がある」
社長も「同感だ」と言って、カメラマンの肩を叩いた。