第4話 すっぽかされた僕
5月10日になり、遂に今日は運動会だ。僕と和彦は白組で一緒だ。保護者は1人しか参加出来ない上に、出店もサンドイッチやお弁当を売っているお店と、飲料水を販売するお店の2店舗だけだ。
僕が入学した最初の運動会は、この手の出店が10店舗はあり、両親や兄弟姉妹や親戚が集まって、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。もうあの頃の賑わいを感じる事が出来ないのかと思うと寂しい。
「美春ー!美春ー!」
和彦のお母さんがフォークダンスの時、しきりに呼び掛けていた。背後から「あの可愛い子はどこの子かしら?」と言う声が聞こえ、和彦のお母さんは「あれは私の娘なんですのよ」と、嬉しそうに答えていた。
そりゃ嬉しいんだろうなと思う。息子が娘になった最初の大イベントだからね。でも和彦はお母さんの声が聞こえると、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
僕の時間は和彦と共にあった。近くでないと気付かれ無いだろうけど和彦は、薄くメイクをしていて綺麗だった。幸せな時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。
フォークダンスが終わると、次の次の種目がもう徒競走だ。その次はお昼休憩で、午後最初の競技は玉入れだ。
徒競走になり、先ずは女子から先に走る。6人1組で走り、和彦は最後から2番目に走る。僕は和彦と目が合うと、手を振って「頑張れ!」とエールを送った。
和彦は男子だった時は、学年でも5本指に入るほど足が速かったのだけど、6人中4位と不本意な順位で終わった。
「はぁ、はぁ、はぁ…何これ…、もうHPが0だよ」
和彦はRPGに例えて、もう体力が残って無いと言った。やはり男子の時とは、身体の勝手が違うのだろう。僕は、「あんなに足が速かったのに!」と、自分の事のように悔しがった。
さて、今度は僕の番だ。
「瑞稀!頑張ってー!」
愛しい彼女からの声援を受けて、頑張らない訳にはいかない。何の取り柄も無い僕だが足だけは早く、学年で1番足が速いのはこの僕だ。
パァーン!
スタートの合図が鳴らされると、同時に最高のスタートを切った僕は、そのまま2位以下を大きく引き離して1着でゴールした。
「はぁ、はぁ、はぁ!美春ー!獲ったどー!!」
某テレビ番組の名台詞を丸パクリで絶叫すると、「ヒューヒュー、お熱いねぇ」と皆んなから冷やかされた。
お弁当は僕の希望で、美春のお母さんと、僕のお母さんも一緒になって食べた。僕達は、それぞれの家に遊びに行った事があるから、「相変わらず仲が良いわね」と思われている。実は僕達が、付き合っている事を知ったらどう思うのだろうか?
「和彦が女の子になっても、仲良くしてくれて有難うね」
和彦のお母さんは、感謝して言った。僕のお母さんは、それに対して答えた。
「いえいえ、ウチの子も直ぐに女の子になりますから、これまで通り仲良くしてね」
お母さん達は笑い合い、僕は愛想笑いをして、和彦は笑わずに黙っていた。僕が女の子になったら、別れる事になるのだろうか?そんなのは嫌だ。
何でなんだ?女の子同士でも付き合えば良いじゃないか。僕は、女子になっても和彦を好きでいられる自信があるし、男子を好きになるなんて有り得ないと思っている。
午後からの競技は早く感じ、あっという間に終わった。保護者は子供が帰るまで待っていて、一緒に下校した。
和彦達と一緒に帰りたかったけど、お父さんが車で迎えに来ていたので、お別れの挨拶をした。
「バイバイ!また明日、例の場所でね」
明日は運動会の振替休日なので、例の場所、つまり秘密基地で会う約束をしたのだ。
「痛っ」
家に帰って来ると、僕は全身筋肉痛で身体が悲鳴を上げた。
「よくお風呂でマッサージをしなさいよ!」
「はーい、分かった」
お母さんに言われて湯船に浸かり、太腿や脹脛を良く揉み、それから両腕の二の腕を揉んだ。
翌朝、全身の筋肉が強張って痛みを感じた。それでも頑張って支度をした。和彦と秘密基地でデートをするからだ。今日こそは、ドーテーを捨てるぞと息巻いた。
大人達は僕達の年齢だと、そんな事は知らないだろうと見下しているけど、友達のお兄さんと無修正動画を観賞した事があるので、Hのやり方くらいは知っている。
それに学年では、少なくともHの経験者は2人いる。僕が3番目になって見せる。和彦も動画を一緒に観賞した仲だから、お願いすればヤらせてくれるに違いない。
いつもの駄菓子屋でお菓子とジュースを買うと、秘密基地へと急いだ。早く来ないかなとソワソワして、漫画本を読んだりゲームをしても時間が長く感じた。だけど、いつまで経っても和彦は来なかった。
「まさか和彦まで清隆みたいに、急に居なくなったりしないよな?」
僕は不安になって、居てもたっても居られなくなった。だけどここを離れたら、万が一にも行き違いになったらどうしよう、そう思うと大人しく待つほか無かった。
結局、17時を過ぎても和彦は来なかった。約束をすっぽかされたのは初めてだ。もう僕の事を好きじゃ無くなったんだと思うと、悲しくなって泣き出した。
それからは、どうやって帰ったのか覚えていない。晩ご飯も喉を通らず、布団に包まって泣いた。お母さんは、僕が和彦と喧嘩をしたのだろうと思っていた。
次の日、学校に行っても和彦は来なかった。だから清隆の時と同じ様に、突然引越してしまったんだと思って、学校でも泣いていた。優しいクラスメイトは僕を慰めてくれて有り難かったけど、和彦に会えないのでは何を励まされても、この悲しみが消える事は無い。
「えーっと、和彦…じゃなかった美春さんは、本日はお休みです」
「せ、先生!なんで和彦は、美春は休みなんですか!?」
僕は居ても立っても居られずに、手を上げて席を立って先生に質問をした。
「運動会の後、美春さんは芸能界のスカウトを受けて、事務所に入るそうです。今日は芸能事務所に行って、手続きをされているそうです」
先生が言うか言わないかのうちに、教室では「キャー」と女子は悲鳴を上げ、男子達は「あれだけ可愛ければ、スカウトされるのも納得だ」と言い合い、クラスメイトから芸能人が出る事に皆んな興奮していた。
だけど僕は、和彦が遥か遠くに行ってしまった様な気がして、寂しくてまた泣いた。