第30話 瑞稀、渡中(中国に渡る)する
いわゆる売れっ子の僕達は、毎日睡眠時間を削ってドラマやバラエティー、雑誌のグラビアなどを精力的にこなし、遂に収入は月給1000万円を超えた。
その裏で社長から僕達への性暴力は続いており、地方への仕事でも無い限りは毎晩の様に社長の相手をさせられていた。しかし、そんな地獄の日々から抜け出せる日がやって来た。
「ごめんね2人とも」
僕は中国ドラマの撮影で、およそ半年ほど日本を離れる事になった。日本と中国はその気になれば毎日往復可能だけど、主に横店電視城で泊まり込みで撮影する為、日帰りでの帰国は厳しかった。社長の相手を2人だけにさせているのは、僕だけ逃げ出したみたいで心苦しく感じた。
「2人には申し訳ないけど、少しの間だけ地獄から解放される…」
「地獄って?」
「あ、いえ何でも無いです」
扈マネージャーは、怪訝そうな目で僕を見た。彼女には、僕達が社長から性奴隷にされている事は相談していない。誰かに言えば、動画を流出させると脅されているからだ。
横店電視城は、浙江省東陽市にある超巨大な映画の撮影村だ。日本で言う所の時代劇村だが、スケールの桁が違う。ハリウッドにちなんでチャイナウッドとも称される横店電視城は、総面積330ヘクタール、建築面積はおよそ49万6千平方メートルもある。
「你好(こんにちは)。我是从日本来的 Mizuki(日本から来たMizukiです)。 请多关照(宜しくお願いします)」
ちなみにこの「请多关照」は、ファーストコンタクトの場合だけに使う「宜しくお願いします」で、撮影の度に毎回使う場合はまた違う表現を使う。
何せ日本人は、やたら滅多に「宜しくお願いします」を使いたがるけど、中国人は「宜しくお願いします」と言う文化が無く、それ自体に「宜しくお願いします」の意味が含まれている場合がある。
例えば、「謝謝」に「有難う御座います。宜しくお願いします」と言う意味が含まれていたりする。だから「謝謝」と言うだけで、「宜しくお願いします」と言った事にもなるのだ。
「えっ!?嘘!沈甜さん?」
扈マネージャーが見せてくれた中国ドラマの主人公だった女優さんで、透明感のある色白美人で物腰も穏やか、気さくで優しそうな人だ。全部Meiboのファンサイトで見たイメージだけど。
「すっごい美人。大ファンです!宜しくお願いします」
僕は興奮して、思わず日本語で挨拶してしまったら、「こんにちは。宜しくね」とカタコトの日本語で答えてくれた。
「日本語が分かるんですね?」
「少しだけ」
そう言って笑った顔が綺麗で、思わず見惚れてしまった。
「ヤバいな。もう楽しい」
台本は渡されていたけど簡体字で読めないし、出演者に気を配る余裕も無くて自分の台詞を覚えるのがやっとだった。
「あの人は誰?」
「高翔よ」
この人は中性的な顔立ちで、もしかすると女性よりも美しいかも知れないと思えるほど端正な顔の優男だった。
「すっごいカッコイイ…日本人にはいないタイプのイケメンよ」
「良かったわね。彼とはキスシーンがあるわよ」
その瞬間、自分でも顔が真っ赤になってる事が理解出来た。周囲にも聴こえるのでは?と思えるほど動悸が早くなり、頭がクラクラして来た。
僕は沈甜さんが演じる女主人公の生き別れの妹と言う設定で、幼い頃に倭寇に攫われた為に日本語とカタコトの中国語しか話せない役柄で、倭寇から逃げ出して追われる所を偶然に姉(女主人公)と高翔さんが演じる男主人公に助けられると言う設定だ。
男主人公と姉は両想いでありながら心の内を伝えられず、中国らしいもどかしい恋愛模様が続く。最初は兄の様に思っていた男主人公に、次第に惹かれていく妹(僕)。
そして遂に姉から最愛の人を奪ってしまうと言う嫌な妹役を演じ、紆余曲折を経て最終的に僕は男主人公を庇って受けた傷が元で命を落とす。
姉に、大切な人を奪って申し訳無かったと告げ、2人の寄りが戻るのを見届けて絶命する。ここで僕は、クランクアップ(僕の撮影終了)する流れだ。
全48集(話)のうち、僕は第6集(話)から第46集(話)まで登場する予定だ。作品のほぼ全編に携わるので、横店電視城内のホテルの一室を借り切って、実質的な撮影軟禁状態となった。
この日の撮影はまだ第4集(話)でクランクイン(僕の撮影開始)はまだ先なので、僕は皆んなに挨拶を済ませて撮影を見学させてもらった。恋心を寄せる2人がイチャイチャしているのだけど、お互いが恋心だと認めようとしないと言うシーンを撮っていた。
2人とも美男美女で、お似合いのカップルだ。この2人なら視聴率、と言うか再生回数も期待出来るだろう。
実は中国は世界で最もテレビ先進国であり、日本ではこの数年でようやくテレビでネット動画が見られる様になったが、中国では2010年には既にそれが普通であった。
動画再生回数とは、日本の民放などとは違って、国民が見たい物を自由に選んで見ると言う放映スタイルであり、その分競争は激化してよりよい作品が作られる様になる。
それは動画再生回数として視覚化され、よく見られている作品にはスポンサーが多く付いて、得られる広告収入が増加する。
日本には再生回数上位の作品だけが入って来る為、基本的にはどの作品を見ても面白い。
中国では現代劇だけでなく時代劇も若者に大人気であり、日本だって時代劇は「るろ◯に剣心」などに見られる様に、若い人気俳優が主演を演じれば、時代劇をもっと見る様になるだろうと筆者は思う。
大河ドラマで福山さんが演じた坂本龍馬は高視聴率だったし、昨今ではキング◯ムも大ヒットを記録したのは記憶に新しい。
つまり日本の時代劇と言えば、水戸のご隠居や南町奉行所の越前守などが直ぐに頭に思い描かれるが、主演を若い人気俳優が演じる様な時代劇作品でなければ若者は見ない。思えば大河ドラマの新撰組も人気作品だった。
ここにこそ、日本時代劇のビジネスチャンスが眠っている気がする。韓国ドラマの時代劇だって若者に人気なのに、日本だけ取り残されている。




