第25話 戻った記憶と山根Pの死
迎えの運転手は扈マネージャーから、こっ酷く叱られて、萎れた茄子みたいになっていた。
「何だか可哀想ね。萎れた茄子みたいじゃん」
「プッ、言い得て妙よね」
僕が言うと、春美が笑った。人の容姿を笑い物にするなんて最低だと自分でも思いながら、他に形容し難い姿だった。
「瑞稀って、時々毒舌だよね」
「悪気が無いから憎めないんだけどね?」
春美がフォローしてくれたけど、僕は失礼な事を言ってしまって申し訳なさそうな顔をした。言葉が通じないので、運転手さんは僕達を見てニコニコしていた。それがまた罪悪感を感じて、心が痛んだ。
迎えに来た車は、ロールスロイス・リムジンで8人乗りだ。僕達は、それぞれにマネージャーが付いているから6人いるけど、座席の間隔も広くてゆったりと座れた。
中は高級感あるシートで、内装は…イメージするキャバクラみたいだ。僕のマネージャー以外は男性で、後部座席の真ん中が僕で、その右側に扈マネージャー、左側に佐伯マネージャー(春美のマネージャー)、その対面が春美で僕の対面に笹山マネージャー(美春の3人目のマネージャーで現彼氏)で、扈マネージャーの対面に美春が座っている。
だからキャバクラと言うよりも、ホストクラブにいるみたいでドキドキする。こんなに近くに男性がいるのなんて、どのくらい振りだろうか?
(どのくらい振りって、僕…男の人…)
脳裏に男性のシルエットが浮かんだ。僕はその男性に身体を触られ、キスをされて身体中を舐められているシーンが浮かんだ。僕は嫌がっている素振りは見せず、口淫さえしていた。
「あっ、うっ!な、何コレ…」
「どうした!?大丈夫、瑞稀ちゃん!」
隣りに座る佐伯マネージャーが僕を心配して肩を抱き、身体を抱きかかえる様な感じになった。
「キャア!止めて!触らないで!嫌アァァ」
その後の事は覚えていない。気を失った僕は、病院のベッドで目を覚ました。
「はぁ、はぁ、はぁ…僕、僕は…」
全て思い出した。山根P相手に枕営業をしていた全てを。挿入こそしなかったものの、それ以外の事はほぼ全て許した。
彼に身体を好きにされている間は、全て撮影されていた。山根Pの元には、僕の無修正動画が残っている。世間に出てしまったら、僕は破滅する。
「扈さん!扈さん!」
「Mizuki、良かった。大丈夫?どうしたの?」
「扈さん…僕、思い出しちゃった。山根Pとの事…。何であんな事、しちゃったんだろう?あんなの万が一にも出たら、僕…生きていられないよ…死にたい…」
扈マネージャーは優しく僕の肩を抱いて、耳元で尋ねた。
「まだ何かあるのね?私が力になるわ。全て話してごらんなさい。絶対に悪い様にはしないわ」
扈さんの目に、闇が灯るのを僕は見逃していた。
目覚めた僕を、美春達が心配そうに駆け寄って来たので、僕は記憶が戻った事を話した。
「菜月ちゃんに合わせる顔が無いよ…」
号泣する僕に、春美が声を掛けた。
「お兄ちゃんはね、瑞稀と別れた事をずっと後悔しているの。瑞稀が忘れられないって、毎日泣いているわ。…お兄ちゃんとヨリを戻せないかな?」
僕は、咽せ返る様にして泣いていたので、それに答える事は出来なかった。ヨリが戻せるなら戻したい。許してもらえるなら許して欲しい。
僕は、山根Pの事を好きでも何でも無く、平常心を保つ為に好きだと思い込んだだけなのだ。僕が好きなのは、僕が愛しているのは、菜月ちゃんだけだ。
僕が倒れなければ到着した今日、直ぐにでもリハの打ち合わせがあったのだけど、今日はゆっくりしても良いと言われた。
代わりに美春と春美は、マネージャーを連れて打ち合わせに向かった。
「是的(ええ)、請盡快安排(至急手配して)。然後我們會讓它看起來像是一場意外(それから事故に見せ掛けるのよ)」
扈マネージャーが何処かに電話していたけど、中国語で話していたので理解出来なかった。
後日、扈マネージャーから僕の無修正動画が入ったUSBメモリとSDカード、さらにBDディスクを数十枚渡された。
「これで全てよ。コレが世に出る事は無いから安心して。悪夢だったと思って全て忘れるのよ?」
「有難う御座います。有難う御座います…」
僕は、無修正動画のメディアを抱き締めながら泣いてお礼を言った。その数日後、山根Pが事故で亡くなった事をネットニュースで知った。
死因は、飲酒運転で酔って防波堤を乗り越え、海に落水して溺死したとの事だった。僕は思わず振り返って扈マネージャーの顔を見ると、微笑んで答えたのでゾッとした。
(まさか…扈マネージャーが、事故に見せ掛けて殺したの?)
僕は扈マネージャーに、薄ら恐怖を感じる様になった。




