表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/31

第2話 春美と美春

 翌日、始業のチャイムが鳴ると、担任の先生が1人の女子を連れて教室に入って来た。


「えー、皆んなもう分かると思うけど、山田和彦君だ。これからは女子として仲良くする様に!」


 和彦がペコリとお辞儀をして、自分の席に着いた。その席は、僕の隣りだ。教室内は(ざわ)ついた。

 彼(彼女)は、有り得ない程に美しくなっていた。清隆(きよたか)も美少女だったが、和彦の美少女ぶりは次元が違い、その辺のアイドルなんかよりも遥かに可愛いかった。


「どうした瑞稀(みずき)、俺の美しさに惚れたか?何だったら、付き合ってやろうか?」


「え?あ、あぁ、うん…」


 僕達は上の空で、気の無い返事をした。


「ばーか、冗談に決まってるだろう?お前も嫌そうに返事するなよな」


 和彦は、授業に集中とばかりに黒板を見つめた。僕は、ボーっとしたまま黒板を見た。


 清隆(きよたか)は突然居なくなり、和彦も女子になった。僕もあと3ヶ月もすれば、誕生日がやって来る。

 法律では10歳の誕生日が来て性別が変わると、2週間以内に市役所に届け出れば、性転換後の名前を名乗る事が出来る。

 清隆(きよたか)は4月3日生まれだったので春美(はるみ)と名乗り、和彦は4月7日生まれで清隆(きよたか)に寄せたのか、美春(みはる)と女子名を名乗る事になった。

 ちなみに僕の誕生日は7月7日で、七夕の日に生まれた。僕の両親は将来、僕が女子になった時のことを予め想定して、男子でも女子でも良さそうな名前を付けた。

 同じ様な事を考える親はいるもので、今は女子の美久(みく)は、男子になったら美久(よしひさ)と読み方を変えると言っていた。他にもクラスメイトには、(かおる)がいるので、似た様な考えで名付けられたのだろう。

 だから僕が女子になっても、今と同じ瑞稀(みずき)のままの予定だ。でも僕も人生が180度変わるのだから、思い切った名前にしたいと言うのが本音だ。


清隆(きよたか)の奴、最初は清美(きよみ)にする予定だった見たいだぜ?」


「へぇ~、それが何で春美(はるみ)になったんだ?」


「両親に、安直過ぎて可愛くないって断られたのが理由らしいぜ?」


「それならお前は何で、美春(みはる)なんだ?」


「へへぇ~、それ聞いちゃう?」


 僕は、清隆(きよたか)に寄せたんだと思っているから、本当の事を聞こうとした。


「…ここでは話せないから、いつもの秘密基地でな」


 男子と言うものは秘密基地が大好きで、何でも秘密基地にしたがる。僕達は、林の中にポツンとある御堂を見つけた。最初こそ怖がって近づく事も出来なかったが、中に入ると外から見るよりも広く感じ、長らく誰も手入れがされていない様に感じた。

 ここに誰も来ていないなら、本当に僕達だけの秘密基地だ。そう思うと、喜びと興奮が隠し切れなかった。それからは土日の休日の度にここを訪れて、(ほうき)(ほこり)を取ったり、雑巾掛けをしたりして御堂を綺麗に掃除をした。

 それから各各(おのおの)で漫画本やらゲームやらを持ち寄って、ぐーたらに過ごすのだ。この、ぐーたらって所がミソで、至福を感じるひと時だ。

 

 僕は家に帰って着替えると、途中にある駄菓子屋に寄って、お菓子やジュースを買い揃えてから御堂を目指した。


「和彦~、いるか?」


 御堂の外から声を掛けたが返事が無い。両手が(ふさ)がっているから、戸を開けてもらおうと思ったのだが、アテが外れた。仕方なく右手の買い物袋を下に置いて、戸を開けた。


「何だ和彦の奴、遅いな」


 僕は中に入って定席の座布団に座り、携帯ゲームを始めて待つ事にした。喉が渇いたので紙コップを取り出して、オレンジジュースを(そそ)いで飲んだ。


「くぅ~、美味しい」


 僕はポテチを()まんで口に頬張ると、御堂の戸を開けて外を見た。まだ和彦の姿は見えない。


「遅いな。何してるんだ?あいつ…」


 僕の家から秘密基地(ここ)に来るよりも、和彦の家からの方が近いはずだ。いつもは賑やかで楽しかった御堂も、シーンと静まり返った室内に1人でいると、心細くなって来た。

 急に何だか1人でいる事が怖くなって来て、御堂から出た。辺りもいつの間にかに薄暗くなっていて、不気味さが増している様に感じた。

 走って林を抜けて、壁穴から空き地に出て道路が見えると安心した。家に足を向けると、背後から声が聞こえた。


「おーい!瑞稀(みずき)ー!ごめーん!遅くなったー!!」


 僕は振り返って、「遅いよ!」と文句を言おうとして絶句した。そこには綺麗におめかしをした和彦が、()けって来るのが見えた。


「はぁ、はぁ、はぁ…。本当に、ごめん…。俺の母ちゃんが、女物の服が無いって言うんで、買い物に付き合わされたんだ…」


 全力で駆け付けて来た様子が見えたので、僕は怒る気が無くなった。


「良いよ。お母さんじゃ、しょうがないよ」


「本当か?怒って無い?」


「もう怒って無いよ」


「もうって、やっぱり怒ってたんじゃん」


 以前の和彦なら、もう少し怒りを(あら)わにしたかも知れない。でも、こんな美少女に謝られたら、きっと誰でも許すに違いない。


「そんな事は良いよ。何か話したい事があったんじゃないのか?名前の事、何か言い掛けてたよな?」


「う、うん…。ちょっとだけ、公園に行って話そうか…」


 和彦と横に並んで歩いていると、胸がドキドキした。これが本当にあの和彦なのかと、とても信じられない気持ちだ。こんなに可愛い子は、俺は他には知らない。


「ここで…良いかな…」


 和彦は、何だか緊張している様に見えた。深呼吸をして気持ちを整えていた。もしかすると、清隆(きよたか)との三角関係を持ち出されるのかも知れないと身構えた。

 和彦が先にキスをし、その後で僕とキスをした。清隆(きよたか)は、僕と付き合ってくれると言ったのに、次の日に姿を消したのだ。両親の引っ越しだとしても、僕の電話番号くらい知っている。それなのに今だに連絡1本、寄越さないのだ。口には出さないが、失恋をして傷付いているんだ僕は。


「俺が…何で美春(みはる)って名前にしたかって聞いたよな?」


「う、うん…」


 僕は緊張して次の言葉を待った。和彦からすれば、僕は和彦の好きな女子を奪った事になる。喧嘩になるかも知れないと、身構えた。


瑞稀(みずき)は、女子になった清隆(きよたか)の事が好きになったんだろう?」


(来た…)僕は思わず、唾を飲み込んだ。


「そうだ。僕は女子になった清隆(きよたか)が好きになったんだ。付き合いたいって思ったよ」


 そう言うと清隆(きよたか)は、目に涙を浮かべて言った。


「お、俺…、私じゃダメかな?」


「はぁ?何言って…」


 和彦の柔らかい唇で、僕の言葉は(ふさ)がれた。一瞬、何が起こったのか理解出来ず、目をクルクルと回した。

 和彦は目を閉じて、僕の背に手を回してキスをし、耳元で「大好き」と(ささや)かれた。


「僕も…好き…」


 自分でも何を言ってるのか理解出来なかった。状況がパニックで、頭の中が真っ白になっていた。ただ、和彦ともっとキスをしたいと思い、何度も口付けをして舌を絡め合った。それでも、こんな美少女と付き合えるなら大歓迎だとも思った。


「和彦、清隆(きよたか)とキスしたんだろう?何で僕の事が好きなんだよ?」


「キス?清隆(きよたか)が言ったのか?」


「うん」


「してない、してないよ。多分それ、瑞稀(みずき)の反応を見る為に嘘を付いたんだよ。瑞稀(みずき)は、清隆(きよたか)とキスしたんだな…」


「嘘はつきたくないから、僕は清隆(きよたか)の裸も見たよ。自分から裸になったから…」


「俺、いや私の裸も見せてあげる。だから付き合って欲しいの」


 目を潤ませる和彦は、もはや完全に恋する乙女だ。これで落ちない男子なんて、いるのだろうか?

 僕達は付き合い始め、周囲は僕達が親友のままだと思っていた。でも僕は、あと3ヶ月で誕生日が来る…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ