第2話 春美と美春
翌日、始業のチャイムが鳴ると、担任の先生が1人の女子を連れて教室に入って来た。
「えー、皆んなもう分かると思うけど、山田和彦君だ。これからは女子として仲良くする様に!」
和彦がペコリとお辞儀をして、自分の席に着いた。その席は、僕の隣りだ。教室内は騒ついた。
彼(彼女)は、有り得ない程に美しくなっていた。清隆も美少女だったが、和彦の美少女ぶりは次元が違い、その辺のアイドルなんかよりも遥かに可愛いかった。
「どうした瑞稀、俺の美しさに惚れたか?何だったら、付き合ってやろうか?」
「え?あ、あぁ、うん…」
僕達は上の空で、気の無い返事をした。
「ばーか、冗談に決まってるだろう?お前も嫌そうに返事するなよな」
和彦は、授業に集中とばかりに黒板を見つめた。僕は、ボーっとしたまま黒板を見た。
清隆は突然居なくなり、和彦も女子になった。僕もあと3ヶ月もすれば、誕生日がやって来る。
法律では10歳の誕生日が来て性別が変わると、2週間以内に市役所に届け出れば、性転換後の名前を名乗る事が出来る。
清隆は4月3日生まれだったので春美と名乗り、和彦は4月7日生まれで清隆に寄せたのか、美春と女子名を名乗る事になった。
ちなみに僕の誕生日は7月7日で、七夕の日に生まれた。僕の両親は将来、僕が女子になった時のことを予め想定して、男子でも女子でも良さそうな名前を付けた。
同じ様な事を考える親はいるもので、今は女子の美久は、男子になったら美久と読み方を変えると言っていた。他にもクラスメイトには、薫がいるので、似た様な考えで名付けられたのだろう。
だから僕が女子になっても、今と同じ瑞稀のままの予定だ。でも僕も人生が180度変わるのだから、思い切った名前にしたいと言うのが本音だ。
「清隆の奴、最初は清美にする予定だった見たいだぜ?」
「へぇ~、それが何で春美になったんだ?」
「両親に、安直過ぎて可愛くないって断られたのが理由らしいぜ?」
「それならお前は何で、美春なんだ?」
「へへぇ~、それ聞いちゃう?」
僕は、清隆に寄せたんだと思っているから、本当の事を聞こうとした。
「…ここでは話せないから、いつもの秘密基地でな」
男子と言うものは秘密基地が大好きで、何でも秘密基地にしたがる。僕達は、林の中にポツンとある御堂を見つけた。最初こそ怖がって近づく事も出来なかったが、中に入ると外から見るよりも広く感じ、長らく誰も手入れがされていない様に感じた。
ここに誰も来ていないなら、本当に僕達だけの秘密基地だ。そう思うと、喜びと興奮が隠し切れなかった。それからは土日の休日の度にここを訪れて、箒で埃を取ったり、雑巾掛けをしたりして御堂を綺麗に掃除をした。
それから各各で漫画本やらゲームやらを持ち寄って、ぐーたらに過ごすのだ。この、ぐーたらって所がミソで、至福を感じるひと時だ。
僕は家に帰って着替えると、途中にある駄菓子屋に寄って、お菓子やジュースを買い揃えてから御堂を目指した。
「和彦~、いるか?」
御堂の外から声を掛けたが返事が無い。両手が塞がっているから、戸を開けてもらおうと思ったのだが、アテが外れた。仕方なく右手の買い物袋を下に置いて、戸を開けた。
「何だ和彦の奴、遅いな」
僕は中に入って定席の座布団に座り、携帯ゲームを始めて待つ事にした。喉が渇いたので紙コップを取り出して、オレンジジュースを注いで飲んだ。
「くぅ~、美味しい」
僕はポテチを摘まんで口に頬張ると、御堂の戸を開けて外を見た。まだ和彦の姿は見えない。
「遅いな。何してるんだ?あいつ…」
僕の家から秘密基地に来るよりも、和彦の家からの方が近いはずだ。いつもは賑やかで楽しかった御堂も、シーンと静まり返った室内に1人でいると、心細くなって来た。
急に何だか1人でいる事が怖くなって来て、御堂から出た。辺りもいつの間にかに薄暗くなっていて、不気味さが増している様に感じた。
走って林を抜けて、壁穴から空き地に出て道路が見えると安心した。家に足を向けると、背後から声が聞こえた。
「おーい!瑞稀ー!ごめーん!遅くなったー!!」
僕は振り返って、「遅いよ!」と文句を言おうとして絶句した。そこには綺麗におめかしをした和彦が、駆けって来るのが見えた。
「はぁ、はぁ、はぁ…。本当に、ごめん…。俺の母ちゃんが、女物の服が無いって言うんで、買い物に付き合わされたんだ…」
全力で駆け付けて来た様子が見えたので、僕は怒る気が無くなった。
「良いよ。お母さんじゃ、しょうがないよ」
「本当か?怒って無い?」
「もう怒って無いよ」
「もうって、やっぱり怒ってたんじゃん」
以前の和彦なら、もう少し怒りを露わにしたかも知れない。でも、こんな美少女に謝られたら、きっと誰でも許すに違いない。
「そんな事は良いよ。何か話したい事があったんじゃないのか?名前の事、何か言い掛けてたよな?」
「う、うん…。ちょっとだけ、公園に行って話そうか…」
和彦と横に並んで歩いていると、胸がドキドキした。これが本当にあの和彦なのかと、とても信じられない気持ちだ。こんなに可愛い子は、俺は他には知らない。
「ここで…良いかな…」
和彦は、何だか緊張している様に見えた。深呼吸をして気持ちを整えていた。もしかすると、清隆との三角関係を持ち出されるのかも知れないと身構えた。
和彦が先にキスをし、その後で僕とキスをした。清隆は、僕と付き合ってくれると言ったのに、次の日に姿を消したのだ。両親の引っ越しだとしても、僕の電話番号くらい知っている。それなのに今だに連絡1本、寄越さないのだ。口には出さないが、失恋をして傷付いているんだ僕は。
「俺が…何で美春って名前にしたかって聞いたよな?」
「う、うん…」
僕は緊張して次の言葉を待った。和彦からすれば、僕は和彦の好きな女子を奪った事になる。喧嘩になるかも知れないと、身構えた。
「瑞稀は、女子になった清隆の事が好きになったんだろう?」
(来た…)僕は思わず、唾を飲み込んだ。
「そうだ。僕は女子になった清隆が好きになったんだ。付き合いたいって思ったよ」
そう言うと清隆は、目に涙を浮かべて言った。
「お、俺…、私じゃダメかな?」
「はぁ?何言って…」
和彦の柔らかい唇で、僕の言葉は塞がれた。一瞬、何が起こったのか理解出来ず、目をクルクルと回した。
和彦は目を閉じて、僕の背に手を回してキスをし、耳元で「大好き」と囁かれた。
「僕も…好き…」
自分でも何を言ってるのか理解出来なかった。状況がパニックで、頭の中が真っ白になっていた。ただ、和彦ともっとキスをしたいと思い、何度も口付けをして舌を絡め合った。それでも、こんな美少女と付き合えるなら大歓迎だとも思った。
「和彦、清隆とキスしたんだろう?何で僕の事が好きなんだよ?」
「キス?清隆が言ったのか?」
「うん」
「してない、してないよ。多分それ、瑞稀の反応を見る為に嘘を付いたんだよ。瑞稀は、清隆とキスしたんだな…」
「嘘はつきたくないから、僕は清隆の裸も見たよ。自分から裸になったから…」
「俺、いや私の裸も見せてあげる。だから付き合って欲しいの」
目を潤ませる和彦は、もはや完全に恋する乙女だ。これで落ちない男子なんて、いるのだろうか?
僕達は付き合い始め、周囲は僕達が親友のままだと思っていた。でも僕は、あと3ヶ月で誕生日が来る…。