第1話 性転換症
ここ横浜市港北区では、30年前のある日突然、男女の性別が入れ替わると言う事件が起こった。ただ闇雲に性別が入れ替わるのでは無く、ある種の特性と言うか法則があった。それは、10歳の誕生日を迎えると性別が入れ替わると言うものだった。
この症状は他の地域では起こらず、隣りの都筑区や他の地区などでは起こらなかった。その為に、未知のウイルス感染を疑われたが、その様なものは発見出来ず、触れたり空気感染や粘膜感染などで移ったりする事も無かった。
初めこそ性転換症は大きくマスコミに取り上げられて話題となったが、30年も経った今では、時々思い出したかの様にニュースになるくらいだ。
性転換症の患者が増えた頃は、更衣室や温泉浴場、トイレなどの利用問題が大きく取り上げられていた。
しかし10歳の誕生日を迎えて性転換すると、その後は2度と性別が変わる事が無いと分かった。その為、港北区に生まれた者の性別は、10歳の誕生日を迎えてから決まると法律で定められたのだが…。
この物語は、最初の性転換症が発症して30年経った所から始まる。
「おーい!そっちだ、そっち!」
「ちげーよ、こっちだ!こっちに寄越せ!」
僕達は、いつもの様に悪友たちで集まって、昼休みにサッカーをしていた。サッカーと言っても人数も揃わないので、3vs.3で点を取り合う程度のものだった。
キーンコーン、カーン、コーン…
休憩時間の終わりを報せるチャイムが鳴り、サッカーの勝負は放課後に預けると息巻いた。
僕達は小学4年生だから、早生まれを除けば今年で皆んな10歳となる。既にクラスの半分は、かつての性別と入れ替わっていた。
考えても見て欲しい。昨日まで男子だった友達が、明日には女子として登校して来るのだ。性別が変わる前の容姿の面影が全く無い為、誕生日が来て性別が変わってしまった友人を最初に見た時、転校生が来たのかと思ってしまった程だ。
僕の仲良し3人組の1人だった清隆は、誕生日が来て女子になると物凄い美少女になった。彼を、いや彼女を初めて見た時は不覚にも、ときめいてしまったのだ。恐らく、あれが僕の初恋だった。
「何だよ、瑞稀。そんなに見つめて、俺に惚れたのか?」
彼(彼女)の部屋で冗談っぽく言われ、冗談で返すべきだったのだが、僕はもうその頃は清隆の事を本気で好きになっていたので、しどろもどろになって上手く返答出来なかった。
「マジかよ…」
清隆は目に涙を浮かべると、その場で服を脱ぎ始めて全裸になった。
「よく見ろよ!俺の事が好きなんだろ?好きな女子の裸を見れて嬉しいか?よく見るんだ。お前も、こうなるんだから」
「ごめん…。友達の清隆に、こんな気持ちを抱いてはイケナイと思って悩んだんだ。でも…友達だったから…、大好きな清隆が女になったら、もっと好きになっちゃったんだ…」
僕は清隆を傷付けてしまったと思い、悲しくなって泣いた。
「性別が変わっても、10年間男子として育った自分が変わる事なんて無いと思ってた。これからは、ずっと女子として生きる事になるんだ。涙が枯れるほど泣いたよ。お母さんもそうだったと、泣いて聞かされたよ」
何で港北区に生まれたんだろう。何で僕達だけが、こんな思いをして生きていかなければならないんだろう。自分達の運命を呪った。
「…俺も裸を見せたんだから、お前も女子になったら裸を見せろよ!」
「分かったよ。それで、おあいこだな?」
「おあいこだ」
2人とも泣きながら笑った。そして清隆から口付けをされた。僕のファーストキスは、女子になった男友達だった。
「瑞稀が女子になるまでの間だったら、付き合ってあげても良いぜ?」
「本当に!?」
頷く清隆が愛しくて、今度は僕から口付けをして、舌を絡め合った。
「瑞稀、ごめんな。こんな事なら和彦とするんじゃなかったな…」
僕は和彦の名前が出て、ドキリとした。和彦は悪友3人組の、もう1人だ。和彦とはいつも、好きな女子が被っていた。好みが同じなのだ。だから気が合う事も多かったが、衝突する事も多かった。その和彦と先にキスしていたと聞かされて、僕はショックを受けた。
「和彦ともしてたんだ…」
「ごめんな。好きだって言われて、強引にキスされたんだ」
「…キスだけだった?」
清隆は、首を縦に振って頷いた。
「でも和彦より、瑞稀の方が好きだ」
僕は嬉しくなって、何度もキスをした。これからは毎日キスをしよう。
でも清隆は、次の日から学校に来る事は無かった。両親が急な引越しをして、港北区から出て行ってしまったのだ。
僕達は、お別れの挨拶さえ出来なかった。僕は、初めて出来た彼女と親友を1度に失ってしまったのだ。こうして僕の初恋は終わり、明日は和彦の誕生日がやって来る。
両親は、子供達の10歳の誕生日に合わせて準備を怠らない。誕生日が来るその日に合わせて、性別が変わった場合の下着や服を用意しているのだ。
それから10歳の誕生日が来ると、性別が変わる事が当たり前であり、不思議な事では無いと話して、その時が来た時に心構えが出来る様に教え諭すのだ。
だから僕達は、10歳の誕生日が来たら性別が変わる事を知っているし、その日が来ても自分が変わる事は無いと念じているのだ。
清隆もそうだった。僕達3人組は、ずっと友達だと思っていた。それなのに美少女になった清隆に恋をして、清隆も僕を受け入れた。
少し前までは男子だった清隆に、恋をするなんて思っても見なかった。それは男子同士でありながら、好き合っていると言う事だ。本来なら有り得ない事だ。
僕が清隆を好きになったのは、僕好みの美少女になったからだ。でも清隆は違う。
僕は今まで通りだし、これからも今まで通りだったはずだ。しかし清隆が、見た目も中身も変わらない僕の事を好きな男子として見れる様になったのは、清隆自身が変わってしまったからだろう。
性別が変われば見た目だけでなく、心まで変わってしまうと言う事だ。そう考えると、怖くなって眠れなくなった。
もう一度言う。明日は、和彦の誕生日がやって来る日だ。