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11/15

クルト領への視察

リアーナが入学して数ヶ月が経った頃。


「どうしてこんなことになったのかしら・・・」


「ティアナ?」


「あ、いえ・・・なんでもありませんわ」


私はロイド様とリアーナ、そしてヴィーク様と共にある領地に視察に来ていた。




どうしてこんな状況におちいったのか。




時は数日前にさかのぼる。




ある日、私とロイド様の元に王家から手紙が届いた。



「ロイド・エルホルム及びティアナ・フィオールにクルト領への視察を命じる」



王家からの手紙によると、毎年王家が行っているクルト領への視察を今年はロイド様と私に任せるという内容だった。


そして、王家からの要望はもう一つ。


「リアーナ・フィオールの視察への同行を命じる」


王家の目的としては、聖女であるリアーナの名声を高めておいて損はないと判断したらしい。


では、何故ヴィーク様まで視察に同行することになったのか。


私とロイド様がクルト領に視察に行くと知ったヴィーク様は少し考え込んだ後、微笑んだ。


「ティアナ嬢、私も視察に同行しても良いだろうか?」


いくら大々的なものではないといえ、ヴィーク様を王家より頼まれた視察に連れて行くつもりなどなかった。


しかしヴィーク様はそう仰った後、私に耳打ちしたのだ。



「ティアナ嬢が公爵家を出ようとしてること、ロイド様にバラしてもいいの?」



「っ!」



ヴィーク・アルレイドという人物は、どうやら私が思うよりも手段を選ばない人物だったらしい。


ヴィーク様に半ば脅された私はロイド様に許可を取り、ヴィーク様の同行を許した。


ロイド様は私の焦った顔を見てヴィーク様の同行を許可されたが、私とヴィーク様の関係をより気にしていらっしゃるようだった。


そんな経緯を経て、私達四人は現在同じ馬車で揺られている。


「ロイド様!もうすぐクルト領に着きますわ!」


リアーナが嬉しそうにロイド様に話しかけている。


「ああ、今回はリアーナ嬢まで視察に着いてきて貰うことになって悪かったね」


「大丈夫です!私、お姉様とロイド様と一緒に居られることがとても嬉しいのです!」


「そう言ってくれると嬉しい」


ロイド様がリアーナに微笑む。


その光景が前の人生で見た光景と重なり、胸が苦しくなった。



「なるほどね」



ヴィーク様が急にそう仰ったのを聞き、私はヴィーク様の顔を振り返る。


「ティアナ嬢は、存外顔に出やすいみたいだ」


「ヴィーク様、どういうことですか?」


「なんでもない。可愛らしい所もあるなと思っただけだよ」


すると、ロイド様が突然立ち上がった。



「ヴィーク・・・!」



「ロイド殿下、馬車で立ち上がっては危ないですよ?」


わざとヴィーク様がロイド様を挑発するような声で言葉を発する。


「ティアナは私の婚約者だ・・・!」


「分かっていますよ。ただあまりにもティアナ嬢が可愛らしかったので、声に出してしまっただけです」


「っ!」


ヴィーク様も王族でいらっしゃるロイド様にこのような言い方をすれば、不敬に問われてもおかしくないことは分かっているだろう。


ましてやヴィーク様が欲しいのは私ではなく、フィオール家との繋がりのはず。


何故このような物言いをするのか分からない。


「ヴィーク様!ふざけるのも大概にして下さい!」


「分かったよ。ティアナ嬢に嫌われるのは困るからね」


ヴィーク様はそう仰って、何故か私と目を合わせる。


ヴィーク様の考えていることが分からない。


そんなヴィーク様と私の様子をリアーナがじっと見つめている。


その時、馬車の扉が開いた。


「皆様、クルト領に到着いたしました」


ロイド様の従者はそう述べると馬車から離れていく。


私とロイド様は、先にクルト寮の領主に挨拶へ向かった。


その後ろでリアーナとヴィーク様が何やら話をしているようだった。


「ヴィーク様」


「どうした?リアーナ嬢」


「ヴィーク様はティアナお姉様が好きなのですか?実は、私もロイド様が・・・」



「・・・だから協力しないか、と?」



「あら、そんな下品な言い方はやめて下さい。誰でも好きな人と結ばれたいものでしょう?」


「リアーナ嬢、悪いが私は興味のあるものへは自分で近づきたいんだ。だから協力はしない」


「そうですか。では、お互い頑張りましょう?私はヴィーク様の幸せも願っていますわ」


後ろを振り返ると、リアーナがヴィーク様に微笑んでいるのが見えた。


二人は何を話しているのだろう?


「ティアナ、どうかしたかい?」


「なんでもありませんわ、ロイド様」


私がそう誤魔化すとロイド様は私の肩を引き寄せ、そっと耳打ちした。


「ヴィークに興味を持たないでくれ。つい口を塞いでしまいたくなる」


私は真っ赤な顔でロイド様の顔を見上げる。


「そう、その真っ赤な顔は私だけのものだ。ヴィークにも、他の誰にも見せては駄目だ」


ロイド様がそう仰って、嬉しそうに微笑んだ。


その日の夜は、クルト領にある王家の別荘に泊めて頂くことになった。


あまりすぐに眠れなかった私は、水を頂くためにキッチンへ向かいながら屋敷を散歩していた。


さすが王家の別荘だけあって屋敷はとても大きく、そして美しく保たれていた。


月明かりに照らされたバルコニーが目に入る。


バルコニーには、ロイド様とリアーナが楽しそうに談笑していた。


時折、リアーナがロイド様の袖を可愛らしく掴んでいる。


きゅうっと胸が痛んだ気がした。


愚かな自分が嫌になる。


だって、私にはロイド様のことで胸を痛める資格すらない。


もうロイド様の愛を求めるのを辞め、ロイド様の愛を信じない私。


今回の人生での私がロイド様にとって最低なことは分かっている。


それでも、私は自分の幸せのためにロイド様の優しさを受け入れない。



「微笑むのよ、ティアナ。自分が選んだ道でしょう?」



そう呟いた自分の声が、震えているように感じた。


その時、誰かが急に私を後ろから抱きしめた。


「ヴィーク様!?」


「ティアナ嬢、君は自分の顔を一度鏡で見た方がいいだろう」


「ヴィーク様、離してください!」


「私は、そんな顔の女性を放っておけない」


ヴィーク様はさらに強く私を抱きしめる。



「ティアナ嬢、私は前に結婚してくれたら君には一切干渉しないと述べた。しかし、もう無理だ。私は、すでにティアナ・フィオールという女性に興味を持ってしまった」



ヴィーク様が私を抱きしめていた手を緩め、私を解放する。


「ティアナ嬢。君は苦しい思いなど忘れて、ただ私に愛されていればいい」


ヴィーク様の真剣な思いに触れ、心臓が早くなるのを感じた。


しかし、だからこそちゃんとヴィーク様に向き合わなければ。


「ヴィーク様、私は・・・!」


「ティアナ嬢が今、私の気持ちに応えられないことは知っている。だからまだ返事は聞かない」


ヴィーク様が私の口にそっと人差し指を当てた。


「私はロイド殿下みたいに紳士じゃないんだ。ずるいくらいが丁度良い」


ヴィーク様はそう仰って、自室に戻って行かれる。


私はもう一度バルコニーにいるロイド様とリアーナに目を向けた。


二人はまだ楽しそうに談笑を続けていた。


月明かりに照らされる王子様とお姫様のような二人。


願ったのは、皆の幸せ。


美しく光る月を見つめる。



その瞬間、急にズキンと頭が痛んだ。



前回の人生で熱にうなされた私に会いに来たロイド様の言葉がもう一度頭をよぎる。



「ティアナ、君を守るためならば、私は・・・・」



「君にもっと愛を伝えておけば良かった」



「ティアナ、いつまでも愛しているよ」





「ティアナ。私は君をーーーーー」





何が起こっているの?


いや、あれは熱にうなされた私が見た幻想のはず。


だって、ロイド様がそんなことを言うはずがない。


あり得ない。


なのに、どうしてこんなにも頭が痛むの・・・!







「ティアナ。私は君を『殺せない』」







ロイド様、貴方の本心は一体なんですか・・・?





翌日から私達はクルト領の視察を始め、数日かけて視察予定の場所を回り終えた。


そして最終日には視察を終わらせ、皆で街に出かけることになった。


街を歩けば、噂の声は嫌でも耳に入る。



「見て、リアーナ様よ!とても心優しい聖女様らしいじゃない」


「ティアナ様とリアーナ様は美しい姉妹だな」


「ロイド殿下とティアナ様もとてもお似合いだ」



街の人たちが私達の噂を次々に口にする。


リアーナは不安そうな顔でロイド様に近寄る。


「ロイド様。私、怖いですわ。街の方々がまた私を『無能の聖女』と呼ぶのではないかと・・・」


「リアーナ嬢、安心したらいい。リアーナ嬢のことをもう誤解するものはいないだろう」


「でも私、まだ怖いですわ・・・」


リアーナが肩を震わせながら、ロイド様にさらに近づく。


ロイド様は、そんなリアーナを少しだけ遠ざけた。


そんなロイド様の行動にリアーナは気づいたようだった。


ぱっとロイド様から離れ、距離感をわきまえていることを示す。


「申し訳ありません、ロイド様。私、怖くてつい近づきすぎてしまいましたわ」


リアーナはそう述べてロイド様からさらに離れ、街の屋台を見始めた。


そんなリアーナと目が合う。


リアーナは私に微笑みかける。


「お姉様!私、お姉様とお揃いのペンダントが欲しいですわ!」


リアーナが私に近づき、私と腕を組む。


そして、そっと私に耳打ちした。


「ロイド様は誠実だから、中々気を許してはくれないの。だから、お姉様。協力して下さる?」


「リアーナ・・・?」


その瞬間、リアーナが私の前でつまずき転んだ。


「いたた・・・」


「リアーナ、大丈夫!?」


「大丈夫ですわ、私がお姉様に急に近づきすぎたのがいけないんです。だから、お姉様が驚いて・・・」


私はリアーナを転ばせてなどいない。


その瞬間、リアーナの思惑が分かった。


「ロイド様、少し休憩したいので付き添って下さいますか?」


「ああ、無理しないでくれ」


ロイド様はリアーナを連れ、少し離れた馬車へ連れて行く。


「リアーナ嬢は策士だね」


ヴィーク様が私に話しかけながら、近くのベンチに座る。


「ロイド殿下がティアナ嬢の不手際でリアーナ嬢を怪我させたのなら、婚約者として放って置けないことをよく分かっている。そして、ロイド殿下が警戒すればすぐに距離感をわきまえていることを示す」


「リアーナはただロイド様を愛しているだけですわ。恋にはずるさも必要と仰ったのはヴィーク様でしょう?」


「はは、ティアナ嬢はリアーナ嬢が好きなようだ」


「当たり前ですわ。どんなリアーナも大切な妹です。それに、リアーナが本当は優しい子なのは私が一番分かっていますわ」


「確かにリアーナ嬢は悪女にはなれないだろうね。悪女にしては、やることがかわいすぎる」


「当然でしょう?リアーナは悪女なんかではありませんもの」


「そうだね。ただリアーナ嬢をあのまま放っておけば、ロイド殿下を取られてしまうかもしれないよ?」



ヴィーク様は視線をこちらに向けた。



「・・・ああ、もしかして婚約破棄されるのは、ロイド殿下がリアーナ嬢と結ばれるからか?」


「っ!」


「当たりの様だね」


ヴィーク様が私を隣に座らせ、顎に手を当てる。


「なるほど・・・」


そして、ヴィーク様は何かを考え込んでいる様子だった。


「どうされたのですか?」


「いや、私にはロイド殿下がティアナ嬢と婚約破棄する理由が分からなくてね」


「それは・・・」


「リアーナ嬢を愛したからだと言いたいんだろう?しかし、私から見ればロイド殿下の心はティアナ嬢に向いている様に見える」


「・・・ロイド様とリアーナは結ばれますわ」




「それは、君がタイムリープしているから言えることなのか?」




ヒュッ、と自分の喉が鳴ったのが聞こえた。


自分の肩が震えているのを感じる。


私は震えが止まらないまま、ヴィーク様に目を向ける。


私の状況に気づいたヴィーク様が、私の背中を優しく撫でる。


「すまない、怖がらせてしまったね。ティアナ嬢、私の能力について聞いてくれないか?」


そうヴィーク様は仰ると、ヴィーク様の本当の能力を教えて下さった。



「ティアナ嬢。私には、目の前のロイド殿下はティアナ嬢を愛しているようにしか見えないんだ。とても婚約破棄をしようとしているようには見えない。それで、一つ聞きたいことがある・・・・・前回の人生で、ロイド殿下がティアナ嬢に冷たくなったのはいつからだ?」



「それは・・・」


その時、私は気づいてしまった。


過去五回の人生で、誤差はあれどロイド様は私の入学式の前後で私への態度が変わり、冷たくなっていく。




つまり、今回はあまりにも「遅すぎる」。




どういうこと?


今までどれだけ頑張っても変わらなかったというのに、今回の人生で何が変わったというの?


もっと言えば、ロイド殿下が私に冷たくなる予兆を「一切感じない」。


すっと身体が冷えていくのを感じる。


いいえ、きっとこれからロイド様は私に冷たくなり、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡すはずよ。



そう言い聞かせようとして、私は止めた。



本当は分かっていた。


ロイド様に何か秘密があることは。


しかし、今回も婚約破棄されるのだからと見ないふりをしていた。


「ティアナ嬢、あの夜、私が述べた言葉を覚えているか?」


「え・・・?」


「『君は苦しい思いなど忘れて、ただ私に愛されていればいい』と述べたんだ。君がロイド殿下と向き合うなら、苦しむことになるかもしれない。それでも良いのか?」



「私は、臆病だから本当は向き合いたくないのかもしれません。しかし、もう逃げたくない」



私はヴィーク様に向き直り、姿勢を正す。



「ヴィーク様、あの夜ヴィーク様は私の告白の返事をまだ聞かないと仰りましたわ。しかし、もう決めましたの」


「・・・私はヴィーク様と婚約はしませんわ。もう一度、リアーナにもロイド様にも向き合いたい」



「じゃあ、返事はその後にしたら駄目なのか?もう私にチャンスはくれないと?」


ヴィーク様が私の手に触れようとするのを、そっと振り払った。



「私は、そんなに器用な人間じゃありませんわ。ロイド様に向き合おうとしている時に、他の男性を引き留めるなんてことは出来ません」



そう述べると、ヴィーク様は微笑んだ。


「そう。それでこそティアナ嬢らしいね」


遠くからロイド様とリアーナが怪我の手当を終えて、歩いてくるのが見える。



ロイド様、リアーナ、もう一度私に向き合うチャンスをくれませんか?



夕日で辺りがオレンジ色に照らされ、クルト領への視察は終わりを迎えようとしていた。


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