野球の神様です精一杯頑張ります!(たゆんたゆん)
甲子園。それは全ての球児の憧れであり、目標であり、通過点でもある。
「明後日はいよいよ我が校の試合だ! 相手は去年の代表校だが、気合い入れて行くぞ!!」
「「オーッ!!!!」」
最後の夏、俺達三年生は否応が無しに気合が入る。
「俺、彼女にお守り貰ったんだ」
「「いいなぁ〜」」
横目でそれを見て、『試合には勝つがお前らは別れろ』念波を送っておく。
「……そう言えば帰り道に神社があったような」
最期は神頼み。
自転車を軽快に飛ばし、帰り道にある寂れた神社へと寄る事にした。
「どぉぉぉぉぉぉぉか神プレイの連発で試合に勝てますように!!!!」
デカい鈴を鳴らして拝みに拝みまくった。
「……小銭が無い」
キャッシュレスなこのご時世に小銭が都合良く入っている訳がなく。一応五百円玉はあったが(学校の自販機が新五百円非対応な為残ってた)五百円は【小銭】に分類して良いものか悩みものだ。
「……試合で勝てるならっ!」
俺は名残惜しさを振り切って、五百円玉を賽銭箱へ放り込んだ。
「ゲームセット!」
「「…………」」
最速コールド負け。一点すら取れずに俺達の夏は終わった。
「負けちまったじゃねーか!!」
俺は神社の賽銭箱の前でクレームを入れた。
「五百円入れたんだぞ!?」
三球三振の無様を二回も晒し泣くにも泣けない。
「ヒット一本くらい許してくれても良いじゃねーか!!」
エラーも連発。ボールが太陽に被って眩しさのあまり目を閉じてしまい落とす始末。攻守共に悲惨な結果だ。
ただ、他のチームメイトも皆かなり緊張していたのか、かなり酷いプレイが目立った。まさか打って三塁に走り出すとは……。
「責任者出てこい!!」
神社の中に向かって吠えたが、勿論居るわけがないのは分かっている。むしろ居たら吠えてない吠えてない。そこまで度胸は無いし、大した成績も収めてない。
「…………は、はぃ」
「──!?」
と、神社の横から気弱そうな女子が顔を出した。
「わ、私が神様ですぅ……」
「!?」
ダボダボのティーシャツに茶色のロングスカート。ボサボサの髪の毛に丸眼鏡。見た目が地味な女子が神様を名乗って俺の前へとやって来た。
「先日来ていただいたのに、期待に応えられなくてすみませんでした……!!」
「え? か、神様なんですか……!?」
まさかの展開にちょっと腰が引けて言葉遣いが大人しくなってしまった。
「はぃ、一応は神様と言う事になってます」
両手を胸の前に、グッと握って力を込めてみせた自称神様は、手にしていた分厚いノートを開いて眼鏡をクイッと上げた。
「わたし、野球は一年目でして、去年まで恋愛の神様をやっていたものですから、どうにも野球はまだまだでして……」
「あ、あなたが野球の神様ですか?」
「はい! 野球の神様です! 精一杯頑張ります!」
──たゆんたゆん。
両手で力を込める度に、ダボダボのティーシャツの上からでも分かり合えるレベルの胸がゆっさゆさに揺れた。野球一筋の球児には刺激がつえーぞおい。
「頑張りますって言われても……もう負けちゃったし」
「……」
よく見れば、自称野球の神様は指が絆創膏だらけだ。
「どうしたんですか、それ」
「……その」
野球の神様はポケットからお守りを取り出した。不格好だが可愛らしいサイズのお守りだ。
「一応作ったのですが……渡しそびれてしまいまして」
「……」
なんという事だろうか。この野球の神様は自らお守りまで作ってくれていたのだ。たゆんたゆんになりながら……。
「でも、効きませんでしたね。すみません……」
「いえ、気持ちだけでも嬉しいです。貰っても良いですか?」
「えっ」
野球の神様からお守りを受け取ると、心が温まる思いがした。嬉しさが悔しさを上回り、ちょっと涙が出そうになった。
そして、自分の高校野球が終わったんだな、と改めて心深く感じてしまった。
「野球の事覚えようって、道具や参考書も沢山集めたんです」
そう言って、野球の神様は付箋だらけの本を俺に見せた。タイトルにデカデカと『猿でも分かる野球の歴史』と書かれてあった。どうやらやる時は隅の隅まで網羅したいタイプらしい。
「地元の球団の試合も観に行って、グッズも買ったんです。ほら、ホームランボール! 凄いですよね!?」
タオルとメガホン、更にはサイン入りホームランボールまで出てくる始末。どうやら好きになると、とことんハマるタイプらしい。
しかし、それよりも気になることが。
「地元?」
神様に地元があるのだろうか。
「はい! 天界エンジェラーズって言うんです!」
「……」
アフロで全裸のキューピッド達が野球をしていると思うと、なんだか笑えてくる。
「こんなに頑張ったんですが……力になれなくてすみません。気持ちは皆さんと一緒に戦っているつもりだったんですが」
「いえ、むしろありがとうございます。後は俺達の実力不足です。とんでもないエラーばかりで」
赴任一年目でこんなに頑張ってくれた野球の神様へ深くお辞儀をし、最後に俺は一つお願いをする事にした。
「あの……キャッチボールをお願いしても良いですか?」
「……ええ! ちょっと着替えてきますね!」
ササッと神様が隅へ消え、一瞬で戻ってきた。天界エンジェラーズの物と思しきユニフォームにキャップ、そしてグローブ。格好だけで見れば一端の選手にも見えた。
「よぉぉし、行きますよ〜!」
──たゆんたゆん。
やる気十分な神様が投げたボールは、綺麗な放物線を描いてどそっぽへ飛んでいった。どうやら実技は苦手な様だ。
しかし、ユニフォームにたゆんたゆんは反則では?
「す、すみませ〜ん……!」
「いえいえ」
笑顔で拾いに行き、駆け足で戻る。俺は高校三年間、楽しさだけは忘れずにプレイしてきた。最後も楽しく終わりたい。
「それっ」
優しめに投げる。弱すぎると届かないので加減が難しい。
「んんっ!」
神様はボールに向かってグローブを突き出し、そして目をつむってしまった。
当然目を閉じたままボールが取れるはずもなく、グローブに弾かれたボールは地面へと落ちた。
「ご、ごめんなさいっ! ボールが飛んでくると反射的に目を閉じてしまって……!!」
「…………え?」
──俺は、気づいてしまった。
「打ったらどっちに走りますか?」
「えっと……あれ? こっちだったかな?」
「フォークボールはどんな球?」
「グニュグニュ」
この神様、勉強した割に身になってない。
てか、野球の歴史だけ必死にやって、他やってない説が濃厚だ。
「軽く投げますので打ってみて下さい」
「はい!」
ルールは全く知らず、実技も酷い。
「なんで打ち方がテニスなんです?」
「す、すみません! 前の前までは硬式テニスの神様だったので……つい!!」
今日出た珍プレイの数々が、神様から次々とリプレイされてゆく。
「……分かりました。もう大丈夫です」
結論から言おう。
今日負けたのは、この野球の神様のせいだ。
──気持ちは皆さんと一緒に戦っているつもりだったんですが。
↑これだよ。これのせいだよ。
「えーっと……良ければ、たまに一緒に練習しませんか?」
このままでは来年、後輩達が同じ辛酸を舐めさせられてしまう。
俺は神様に特訓を願い出た。
「い、いいんですか!? ずっと一人だったから練習の仕方も分からなくて……!!」
「お願いします!」
それから俺は、神様に野球を教える日々が始まった。
「もっと! 腰をピッとして肘もググッと!」
「はい!」
「ボールが来たらガっとしてパッ!」
「はい!」
「こうしてこう!」
「はい!」
神社で特訓したり、たまにはバッティングセンターも行った。
「すごーい!」
「ここの機械のクセは知り尽くしてますから」
気晴らしに水族館にも行った。
「クラゲがきれいですね」
「か、神様さんの方がきれいですよ……」
夜景の見える丘にも行った。
「ずっとこうしていたいです……」
「神ちゃん……」
気が付けば、俺達は強い絆で結ばれていた。
「よーし! 明日は初戦だ! 今日はいつも通りの時間に寝て、明日に備えろよ!」
「「はい!!」」
負ければそれっきり。一回勝負の高校野球。
いつだって、緊張からは逃れられない。
「気張っていくぞ!!」
「「オーッ!!」」
「俺は、監督して出来る事全てをやってきたつもりだ。後は、好きに野球してこい!!」
「「はい!!!!」」
「頑張って下さいね〜! 私も応援してますからね〜!」
──たゆんたゆん。
(監督の奥さんエロいな)
(誰だよ監督の嫁にユニフォーム着せたやつ。仕事し過ぎだろ)
「お前ら思考が漏れてるぞ。野球に集中しろ」
付箋だらけのルールブックで頭を小突く。
「「は、はい……!!」」
「頑張って下さいね〜」
──たゆんたゆん。
高校球児の夏は一度きり。だから熱い。
監督五年目、去年は甲子園初出場の偉業も達成した。
「みんな、大丈夫だよね?」
「……ああ!」
大丈夫さ。こんなにも心強い野球の神様が居るんだから……!!