体調が復活しちゃいました。ただし上司が不調になりました。
「もう大丈夫?本当に無意識な獣化はしてない?」
心配性な兄が仕事に出かける前のイヴに色々な声をかける。
「うん。大丈夫だよ。本当に何もなかったように獣人化できるんだね...。」
イヴ自身も不思議に思いながら全身を目視する。
かわいいお耳にしなやかなしっぽ。もうこれ完璧だと思う。
イヴは玄関の全身鏡を見ながら満足げに自身を眺めている。
奥の方で心配そうな表情のグレッグと目があった。
イヴはクルリとグレッグの方を見ると
「今回は本当にお世話になりました。また仕事が落ち着いたらケリーさんも一緒にご飯を食べに行こうね」
感謝を込めて頭を下げた。
グレッグはふぅ~と溜息をついた後
「何か体調に異変があったらすぐに帰宅させてもらうんだよ?」
そういってイヴの頭を撫でた。
「それにしても、イヴの出勤時間ってこんなに早いの?」
体に良くないよ。とブツブツ言い出したのでイヴは首を横に振りながら
「ううん。違うのよ。2日ぐらい体を動かしてなかったらちょっと軍の施設で調整も込めて朝の鍛錬をしようと思っているの」
「そっか、だから今日の服はいつもより動きやすそうなんだね」
「うん、向こうですぐに体を動かしてからシャワー室もあるから汗も流す予定」
じゃあ気を付けてねとグレッグが送り出そうとするのでイヴは一緒に家をでるの!
と言って合鍵も没収した。
「え~、それがないとイヴに何かあった時困るじゃん!」
グレッグが合鍵の返却を渋ると
「そうやってまた自分の時間がある時に私の家の手入れをしようとするのは駄目だよ!もっとグレッグの為に時間を使って!」
イヴは少し怒りながらグレッグから合鍵を没収した。
数日休んだだけだが久しぶりの職場にイヴは心がワクワクする。
受付でグランドの使用許可をもらうとストレッチをした後、走り込みを始める。
本当は、獣化した時にどれぐらいの速度が出るのか試したかったがグレッグに
「イヴ!それって全裸で外出したいって事なの?移動途中で獣人化したらお嫁に行けないよ?」
と言われてしまったのでやはり大人しく部屋での安静となった。
広いグランドを走りこんだ後、自分の得意とする武器で丁寧に型をなぞっていく
微妙な感覚だが鈍っているのは分かった。
「う~ん。相手がいるともう少しリハビリになるんだけどな~」
今日から職場復帰することを同僚にはまだ話せていないので一人でこなしていくしかない。
それから2時間ほど体を動かすと就業の時間が近づいたのでシャワーを浴びてから朝食を食べに食堂に向かった。
お腹も体もスッキリしたイヴはそのまま隊長室に向かう。
扉の前で深呼吸してからノックをすると部屋の中から「入れ」の声が聞こえてきたので
「失礼します。本日より職場復帰します。」
とイヴがタッカーに伝えると、全身をチェックしたタッカーが
「おう!知恵熱大変だったな」
とからかいながら処理待ちの書類を山のように渡してきた。
「体調、知恵熱ではないです!風邪です!
久しぶりの内勤で発熱したなんて噂が流れると何言われるか分からないです!」
特に、ジーナとかジーナとかジーナとか!
イヴは抗議しているとタッカーが笑いながら
「心配するな!お前より楽しい奴が近くに存在してるからな!」
と言いながらタッカーは意味ありげに視線を移す。
イヴもその視線を追っているとそこはイーサンの席だった。
不思議に思いながらもタッカーの次の言葉を待っていると
「おっ!噂をすればなんとやらだな!」
と嬉しそうにしていた。
イーサンが席に着いたので上司で相棒の彼にも挨拶と謝罪をする。
「副隊長、突然の休養ですみませんでした!無事に職場復帰できました!」
とイヴはイーサンに向かって話した。
イーサンはイヴを確認すると
「おはよう。体調が戻って良かったよ。」
と言いながらいつも通りに書類の整理を始めたが
ピョコン
イーサンの頭に耳が突然現れた。
奥の方でタッカーが笑いをこらえている。
イヴは驚いてイーサンの耳を凝視した。
「副隊長、獣人だったんですね?」
イーサンの表情は分からないが、眼鏡を直した後寝ぐせを戻すように耳をグッと押さえると耳がスッと消えた。
イヴは思わず「ああ」と声を出してしまう。
その反応にイーサンは顔を上げてイヴの方を見ると
「せっかくの素敵な耳だったのでつい声がでました」
すみません。と続けて言おうとした時
ピョコン
イーサンの耳がまた現れた。
それが少し、ほんの少しだけかわいく見えてしまったイヴは思わず口元を押さえてしまう。
すると、イーサンの肩が少し震えている。イヴはイーサンを怒らせてしまったのかと思ったが目元が少し赤くなっていた。
「もしかして...。照れてますか?」
イヴは思わず尋ねてしまった。
タッカーがグフッ、グフフと笑いを堪えることを諦めたようだった。
「どうやら、フフ、昨日から、獣人化できるようになったらしいぞ...。ガハハ」
ヒィーと言いながらお腹を押さえて大爆笑しているタッカーに
「隊長、そんなに面白いことなのですか?獣人だったら普通に耳出ると思うんですが?」
イヴは自分の耳を触りながら質問する。
ねぇ?とイーサンにも自分の意見を求めようと振り向くと
消したはずの耳が再びピョコンと現れたのだった。
「副隊長は耳を出し入れするのが好きなんですか?」
イーサンがあまりにも耳を消したり出したりするのでとりあえず確認した。
今日は確認事項が多いなっとイヴは思ったがそれは黙っておいた。
「...。」
イーサンは何も答えない。
「それが、自分で制御できないみたいなんだよ...。イヴの獣化風邪と同じだな!子どもがよくなるやつだ!」
タッカーはその事をイヴに言いたかったらしく、言い終えると再び大爆笑した。
「あ~(なるほどね)」
隙のないイーサンをからかう良い口実ができたということか
イヴは急に疲れたので、タッカーから受け取った書類を確認するために自分の席に戻った。
イヴはタッカーの秘書に書類の説明を受けた後、タッカーに至急確認してもらわなければいけない案件をピックアップしていった。
その案件の一つがイヴの目に留まる。
未だにヒィヒィ言っているタッカーに
「隊長、この連続誘拐事件の合同捜査会議の書類って今日までみたいですよ?」
書類の右上に赤で『至急』の印が押されていた。
それをタッカーの目の前に翳すと
「やっべー、本当だわ。ちょっといまサインするからイヴが近衛棟に持っていってくれない?」
「は~い。了解です」
イヴが隊長室を出ようとした時タッカーがイヴを呼び止める
「悪いけど、王宮が近いからヒト化になってから行って欲しい」
と言われたのでイヴも了解です!と言いながらヒト化になりそのまま部屋を出ていった。
部屋には秘書とタッカーとイーサンの三人になる。
タッカーは秘書に他部署へ書類を届けるように言づけると、
「で、何がきっかけでそんなおもしろ現象になってるわけ?」
タッカーが他の書類を確認しながらイーサンに話しかける。
イーサンはその言葉を無視しながら自分の権限で判断できる書類に目を通している。
「...。あの事件から3年か。お前の気持ちにようやく踏ん切りができたのかもな」
イーサンは読んでいた資料を机に置くと
「獣人化ができるようになっても私は何も変わらないよ」
イーサンはタッカーを見ながらそういった。
ピョコン
狼耳を出現させながら...。
タッカーは口元を緩めないように頑張っている
その頑張りをみたイーサンは両手で顔を隠して
「もう駄目だ。タッカーの視線がしんどい」
ピコピコ動く耳をみながらタッカーは
「なんか、すまん」
そうして二人は静かに書類の処理を始めた。
しばらくするとイヴが部屋に戻ってきた。
「ただいま戻りました~。隊長、あちらの担当の方からの伝言を貰ってきました。
昼食後、いつもの会議室で行いたいとのことです」
「おう。分かった。イヴお疲れさん」
イヴはは~い。と答えるとやりかけの書類作業を再会した。
「イーサン、今回の合同メンバーを決めるからちょっとこっちの部屋にきてくれ」
タッカーの言葉に了承の意味を込めて、イーサンは席を立つ。そして二人で奥の部屋でメンバー選出を行った。
その時、イヴはこっそりイーサンを見たが耳は隠されていた。
一時間後タッカーとイーサンが部屋から出てくると一枚のメモをイヴに渡す。
「このメンバーで会議に出るから辞令として書類を作成して掲示板に張りだしてくれ」
「了解しました」
イヴは早速秘書に確認をしながら書類を作成し張りだすために再び部屋を出た。
掲示板に張りだすと、待機している先輩や同僚たちが集まってくる
「あっ、イヴじゃん!体調どう?」
どうやらジーンは待機組だったらしくパートナーと一緒に掲示板に向かってきた。
ジーンのパートナーには会釈とした後
「うん、本当にびっくりしたよ。自由に獣人化できないなんて」
イヴは思い出しながらうんうん頷いていると
「えっ?もしかして獣化風邪ひいてたの?イヴって成人してるよね?」
ジーンが驚きながら尋ねてくるので
「もちろんよ。成人してからもまれになる獣人はいるみたいだよ?」
イヴも聞きかじりなので詳しくは知らないが、ケリーが言っていたのだから間違っていないだろうと思った。
「そっか、そっか。戻って良かったね」
ジーンは頭をポンポンとしながら労わってくれたが
「なんか、あんまり嬉しくない」
とイヴはジーンの手を軽く払いのけながら口を尖らせた。
ジーンはあははと笑いながら「気にしすぎだよ」言ってきた。
久しぶりなので二人でワイワイ会話をしていると
「ジーン、俺たちも昼から召集されるみたいだ。早めに昼行くぞ」
ジーンのパートナーが声を掛けてきた。
「え~そうなの?近衛と合同ってヒト化しなきゃいけないから面倒なのよね。イヴも一緒?」
ジーンはパートナーに確認すると。
「ああ、イーサンもな」
と言うとそのまま食堂の方へ歩いていった。
「んじゃ、私達は先にお昼行くわ。後でね~」
とジーンは手を振りながらパートナーの所へ走っていった。
「やっぱり仲いいよな~」
そんな二人の後ろ姿をみながらイヴはつい呟いた。
「あの組は公私ともにパートナーでしたね」
後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「はい。そうですね。新婚ですよ」
イヴは振り返り、イーサンに返事をする。
「戻るのが遅かったですか?」
イヴも少しジーンと話し過ぎたかな?と思っていたので確認すると。
「いや、大丈夫です。タッカーに早めに昼を取る様にと言われたので食堂に向かうところでした。イヴさんも行きますか?」
「はい、そうですね。私達も合同のメンバーなんですよね?」
イーサンが歩き出したのでイヴも隣につく。
「そうですね。タッカーはあくまでも指揮しかしません。実際に現場に向かうリーダーは私になると思います。」
イヴは巡回がメインの警邏隊だったので事件を担当するのは初めてに近かった。
そして、指揮系統に近いイーサンの隣で仕事が出来ることに感動しながら
「副隊長との初めて(の事件)をご一緒できるなんで嬉しいですよ」
気が付けば食堂の前に到着していたのでイヴはお昼のメニューを確認していると背後が少し騒がしかった。今日は魚にしようと思いつつイーサンはどうするのか聞くために後を振り向くと
「...。副隊長(耳が)出てますよ?」
獣人化したイーサンが顔を隠しながらお昼のメニュー表の前にいた。
イーサンが獣人化を人前でするのは珍しい為、その日一日警備棟は大荒れになった。
最後までお読みいただきありがとうございました。