上司の過去の恋バナ聞いちゃいました。(激重)
イーサンにようやく追いついたのはほぼ隊長室の前だった。
いつもだとイヴに合わせて歩いてくれているのに同級生に出会って話し出してから雰囲気が悪くなった。勤務中にふざけたのが駄目だったのかなとイヴは考えたがイーサンはどうやら答えは教えてくれそうになかった。
「お待たせしました。すみません」
礼儀上イーサンに謝罪をしたイヴだったが、聞こえているはずなのにイーサンはちいさく「いいえ、大丈夫です」とそっけない態度をとってきた。
イヴの中ではこれ以上は何もできないので諦めてとりあえず一緒に隊長室に入ることにした。
タッカーは二人を待っていたようでソファーに座って報告するように促す。
イヴが普段から巡回している場所なので特に異変もなく無事に終了したことを伝えた。
タッカーは満足げに頷いた後イーサンに
「どうだ?イヴとこのまま組めそうか?」
と聞いてきた。
イヴはせめて本人がいないときに確認してほしいなと思いながら二人のやりとりを眺めた。
イーサンは少し考えてから
「はい、大丈夫です」と答えた。
ええ~、大丈夫なのに答えるのに間があったよね!とイヴは思った。
「隊長!隊長!」
イヴも確認されると思いイーサンに確認した言葉を待っていた。
タッカーは理解したように頷くと
「良かったな、イーサンが新しいパートナーだ。がんばれよ」
と言うとそのまま解散となった。
私には確認しないんですね!もう!言いたかったです!
イヴは少し怒りながら席を立つとそのまま今日の仕事を終了した。
服を着替えて先ほどの門をくぐろうとした時
「お~い!イヴちゃん!」
さっき別れたばかりのウォルターが壁に体を預けてイヴを待っていたようだった。
「えっ?先ほどぶりだよね?どうしたのウォルター?」
かなり驚いたイヴが思わず確認した。
ウォルターはさっきあった時よりも堅い表情になりながら
「イヴちゃん、この後時間ある?」
と聞いてきたので、うんと答えた。
イヴとウォルターはこの前上司といったバルではなく個室のある居酒屋に入った。
比較的早い時間に入店できたので個室を用意してもらえた。
イヴは座って一息つくと、ウォルターと一緒にお酒と食べるものを選んで店員を呼んで注文した。
先に出された水をグビッと飲むとウォルターの視線を感じる。
緊張しているのか?同級生だし今更とおもうのだけど
しばらくすると、お酒と食事が届くとりあえず乾杯をして一口飲んだ。
「ふぅ~毎日飲んでもおいしいね!」
イブは思わず耳をヒクヒク動かしてしまった。
それを見てウォルターは笑いながら
「そういうところ昔から変わんねーな」
と言って自分もお酒を飲む。
「獣人なんてそうそう変わんないわよ」
ウォルターはまた笑いながら
「それは、人も同じだな!」
ウォルターは珍しく純粋な人族で貴族らしい。だから、迷わず近衛の方に就職した。
多分、今日会ったウォルターの上官も人族だろう。なんとなくだけど。
イヴは、色々考察しているとウォルターが
「ところで、イヴが今日一緒に行動していた上官殿だけど」
「あっ、今日からパートナーになったんだよ。ウォルターの上官は知ってるっぽい感じしたよね?」
イヴも気になったので逆に聞き返した。
ウォルターはパートナーと言う言葉を聞いて持っていたお酒をストンと置いた。
そして、イヴの方を向くと
「ねぇイヴちゃん、そのパートナーって解除できないの?」
いつになく真剣に聞くウォルターにイヴは驚き自分もお酒を机に置く。
そして、首を横に振ると
「それは、できないね。隊長命令だからね。」
ウォルターは隊長命令か...と呟く
イヴは少しイライラしてきた。
「さっきからウォルターの様子がおかしいよ?ウチの隊のことなんだけど何かあんの?」
少しキツイ言い方でもう一度聞いてみる。
ウォルターはしばらくイヴを見た後
「あれから、僕も自分の上官にマーシャル殿の話を聞いてみたんだよ。『お知合いですか?』と、そしたら上官が驚きながら『イーサン・マーシャルの事件を聞いたことがないのか』って言われたよ」
イヴが眉をひそめながら
「イーサン隊長の事件?」
とウォルターの言葉を繰り返す。ウォルターがうんと頷くと
「僕たちがまだ学校に在籍する前の話しだったらしいんだけど...。」
イーサン副隊長は、こちらに来る前は近衛のエリートだったらしい。
身分が高いご子息で婚約者もいたらしい。相思相愛で結婚も間近かと噂されていたが
ウォルターがお酒を一口飲んで気持ちを落ち着かせると
「どうやら、マーシャル殿は婚約者の事を愛しすぎてかなり束縛していたらしい。相手の方はイヴちゃんみたいに奔放な恋愛をするタイプではなかったんだけど...」
「ウォルター、私を例えに使わないで」
イヴはウォルターを睨むと、ごめん、ごめんと謝罪された。
「息抜きのつもりでマーシャル殿に内緒で夜会に出たらしいんだよ。もちろん王宮で行われたものだからいかがわしい夜会ではなかったんだけどね」
イヴはお酒を飲みながら、違和感を覚えた。
「え~、でも王宮の夜会って近衛が警備するんじゃないの?」
イヴの指摘にウォルターが「ご名答」と言いながら
「そうなんだよね~。激重な彼氏が自分の知らない夜会に最愛の彼女が出ているところを見てみ?」
イヴは思わず顔を顰める
「あ”~見たくない。見たくない。絶対面倒なヤツじゃん」
と思わずイーサンの事を忘れて本心を言ってしまう。
「マーシャル殿は、自分の仕事も忘れてその婚約者の元に駆けつけてそのまま連れ去ったらしいよ...」
「そうなんだ...。なんかすごいね。」
イヴはそれ以上の言葉が見つからなかった。
「でも、仕事の放棄はまぁ~今回だけだぞって処分をもらうだけだよね?事件に発展しそうにないんだけど」
「そこで終わればね...」
ウォルターはまた意味深げに話を止める。
「え~、まだ続きがあるの?もうお腹いっぱいなんだけど...」
イヴはおつまみをつつきながらクレームを言った。
「どうやらマーシャル殿はその婚約者をそのまま軟禁したみたいなんだよね」
「ふぅ~ん。まぁ、激重束縛彼氏ならありえそうだよね~」
「・・・」
イヴは自分の言葉を一回かみしめた後
「えっ、それって犯罪じゃん?」
「そっ、こっち側の人がしちゃいけない事だよね」
ウォルターはイヴが食べようとしていたおつまみをパクッと食べる。
「んで、今回だけだぞ~の下りになります」
とウォルターが明るく結末を話した。
「いやいやいや、アハハ!そうだったんだ!ってなんないよね?」
ウォルターが店員を呼んで追加のお酒を注文した後
「まあその結果が警邏隊への降格と婚約破棄かな」
まあまあな処分が下されていたのかとイヴは思った。
「でも、もう少しで結婚する二人だったら軟禁って言葉よりも同棲の方が近いんじゃない」
イヴの感覚ではそうだった。自分は同棲とか面倒だから絶対しないけど
ウォルターは店員からお酒を受け取ると
「そうだね~。ドアには鍵がついていて窓は、はめ殺し足首には綺麗な細工をしたアンクレットがもれなく付いていたっていう噂だよ」
イヴはウォルターからお酒をもらいながら
「アンクレット!!!!!!」
と思わず声に出してしまった。
無意識に両耳もピーン!ってなった。それぐらい驚いたのだった。
「以上が、今日からイヴちゃんのパートナーになったマーシャル殿のお話しでした」
イヴは、耳をくたりと倒れさせながら自身も机に突っ伏した。
「あ~、明日から仕事に行けない...。無理かも」
上司の情報量がいっぱいでイヴには処理できなかった。
見た目から苦手なのに、中身もなかなか苦手なタイプだった。
「ジーンには、話せば相手が分かるかもよって言われたから頑張って話しかけてるんだけどね」
ウォルターはお酒を飲みながら
「そりぁ~僕だって、アンクレットを付けるような人じゃなかったら同じことを言えるさ」
「アンクレット...」
獣人は縛られるのが苦手なタイプもいる。
もちろん、囲ってしまいたくなるタイプもいるだろう。
そこらへんはお互いの獣人のタイプを見て先に進むしかない。
ウォルターはイヴの頭を撫でながら
「ねぇ、イヴちゃん、耳隠してみてよ?」
と突然おねだりされる。イヴもいい感じに酔ってきているので言われるがまま耳を隠した。
そして少し頭を上げながらウォルターを睨む。
ウォルターはそんなイヴの睨みも気にせずにイヴのサラっと流れるような黒髪を撫で続ける。
「ほら、こんなに綺麗に隠すことができるんだった、こっちに移動するのも一つの解決方法だよ?」
イヴは撫でられて気持ちがいいのか目を細める。さすがに恋人ではないのでゴロゴロは言わないぞ。
「僕のチームに入ればいいじゃない?イヴは実力あるしこっちでも全然やっていけるのに」
お酒で思考がとろけ出しているイヴにはウォルターの提案が魅力的に思えてきた。
「う~ん」
しかし、今のイヴにはそれしか答えられなかった。
「アンクレットか...」
「そうそう、アンクレットだよ」
ウォルターはイヴがアンクレットをやたらと気にしながらウトウトしている姿を見ながら
「でも、イヴにはアンクレットよりもチョーカーの方を付けたくなるよね」
と言いながらそっと首元を触った。
イヴは気持ちよくムニャムニャ言っている。
ウォルターはフフフと笑った後、しばらく席を離れお会計をすませたあと
イヴをそっと起こす。
「イヴちゃん!ほら、お家に帰るよ?」
「うわっ!今日も副隊長の家に泊るところだった!」
イヴは寝ぼけながらよだれの確認をしてウォルターを見た。
ウォルターはイヴの言葉を一瞬疑った。
二人でお店を出て、イヴが今日の飲み会のお金を払うと言ったがウォルターが自分が誘ったから今回は奢らせてとしつこく言ったので次は絶対自分が出すから!とイヴはしつこく念を推した。
ウォルターはイヴの家を知っているので、送り届けてくれると言い出した。
「んじゃ、お言葉に甘えて紳士に送ってもらいます!」
と少しご機嫌にお願いをした。
しばらく二人は無言でイヴの家へと向かった。
「秋も終わりそうだね~。風が気持ちいいけど冷たいや」
間が持たなくてイヴは思わず話始めた。
「うん、そうだね。冬は人恋しくなるしね」
とウォルターも話を返してくれた。
あっという間にイヴの家の前に着いた。
イヴは振り返ると
「今日は、色々ありがとうね」
とお礼を言うと
ウォルターが微笑みながら
「どういたしまして。僕にできることがあれば相談ものるよ」
と言った後
「こっちに来る事、少し考えてみてよ?」
と耳の隠れている頭をそっと撫でる。
イヴも隠していることを思い出し「あっ」と言いながら再び耳を出した。
ウォルターは少し残念な表情をした後
「後、あんまり親しくない男の部屋に泊まるんじゃねーぞ!」
といつもの口調でイーサンの家に泊ったことを注意された。
そして、ニヤニヤ笑いながら
「気を付けないと、足首に何かついてるかもよ」
と視線をイヴの足首に移す
イヴは少し怖くなって思わず片足飛びをする
「ちょっと!変な事言わないでよ!」
意味のない事をしている自分に気づき恥ずかしくなってウォルターを睨んだ。
アハハと笑いながらウォルターは帰っていった。
その背中を見ながらイヴは
「はぁ~。明日、遅番で良かった」
と独り言を言いながら家に入っていった。
これは、短編。
これは、短編。
最後までお読みいただきありがとうございました。