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月星人と少年

作者: フェムト

 吉太は小学生の身で1人預けられた祖母の家がすごく苦手だった。


 車の音も隣の家の音も、外を歩く人の話し声さえしない。

 ゾッとするような静けさなのに、突然鳥が羽ばたく音、動物の鳴き声が聞こえたりして、吉太はその度にビクッとする。

 ここは、テレビでしか見たことのないような、ものすごい田舎だ。


 遠く遠くにある、一度も来たことがない母方の祖母の家に急に預けられることのなったのは、父の事業が失敗して借金取りの怖い人たちが家にまで訪ねてくるようになったからだった。

(確かに、あのおじさんたちの声を怖がる毎日よりはマシだよね…)

 吉太は思う。


 おばあちゃんは良い人で、生まれて初めて会った自分を顔をくしゃくしゃにした笑顔で迎えてくれた。

 今だって、外を怖がる吉太のためにお風呂をまだ日の落ちる前に沸かしてくれた。

(外っていうか、あの竹藪が怖いだけだけど…)

 家の裏手が鬱蒼とした竹藪になっていて、お風呂はそちら側に面していた。

 サヤサヤ、シャワシャワという葉の音が、人が喋ってるみたいで、暗い場所から何かがこっちを見てるみたいに感じる。

 だから吉太は裏の竹藪がこの家で一番苦手だった。


 頭と体を洗って、お風呂に浸かる。

 初夏の陽気に熱気がこもりすぎないようにと、お風呂の曇りガラスの窓は少し開いていた。外はだんだんと日が傾く頃合いなんだろう。日差しが赤みがかってきている。


 昔ながらのトタンを材質に使った、壁というにはお粗末な竹藪との仕切りがお風呂場の窓のすぐそこ、1メートルも離れていない位置に建っていた。

 吉太はトタンの仕切りのその上に、あるものを見つけた。

(ん?なんだろう?)

 すごく小さかったから目を凝らした。


 小さな顔だった。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 気がついたら、吉太は全裸でびしょ濡れのまま、おばあちゃんに抱きしめられていた。

 体も拭かずにお風呂を飛び出したことをうっすらと思い出した。

 おばあちゃんはタオルで吉太を包みながら「それは座敷わらしだぁ。悪いもんじゃないよぉ」と言った。

 吉太は、家に帰りたいと心から思った。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「若い人だ!!!ついに見つけた!!やった〜!!」

 トタンの仕切りからぴょん、ぽしん、と地面に落ちると小さな女の子は言った。

 小さいと言っても小さすぎである。身長が10cmほどしかない。頭身は幼児のそれ。その割にしっかりとした口調だった。なぜか服装は十二単だ。


「え!かぐや姫、ほんとう?」

 わらわらと、4匹の白と黒の色の動物が走り寄ってきた。

 それは小さい小さいパンダだった。女の子と同サイズである。


「見たもん!しわしわじゃなかった!やったー!」

 ぴょんぴょんぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて喜ぶ少女、『かぐや姫』。

「やっと飼ってもらえるんだねぇ」

「お年寄りは嫌だとか、かぐや姫わがまま言うから」

「早く月に帰りたいよ〜」

 ね〜、とパンダ達はお互いに会話する。

「飼ってもらえるとか!パンダちゃん達と一緒にしないで!育ててもらえるって言って!…お年寄りはすぐ死んじゃうからって言われたんだもん。そんなの嫌だもん!」


 そう言うのは、かぐや姫。月の住人である。

 久しぶりに発生した地球で罪を償う刑に処されて来たら、先輩に聞いてた話よりもだいぶ様変わりしててちょっと困ったが、現代の地球のことは日々勉強中だ。

 ちなみに罪とは『月の模様、ウサギからパンダに変えようとした。パンダの方が可愛いから』と言うものであった。

 可愛がってたパンダ4匹もなんとか連れて来れてよかったな〜と思いながら、こだわりの為に竹藪からなかなか抜け出せない状態に陥って、うーんうーんとパンダのお尻を撫でながら悩む日々だったのだ。


「そんなことより、拾ってもらう作戦立てるぞー!おー!」

「「「「おー!」」」」

 4匹と1人は小さな拳を上げて唱和した。




「こっそりこっそりっと…」

 次の日、かぐや姫は竹藪に隣接する家(吉太のおばあちゃんの家)に、いつも通り忍び込んでいた。


 身軽になれるように十二単の上物は脱いできている。

 周りを気にしつつコソコソするのは、勉強中に見た『必殺〇〇人』の真似である。

 だってこの時間この家には、おばあちゃん1人しかおらず、居間でテレビを見てるから。『くせもの!』とか言われないので隠れる必要はないのである。

 ちょっと言われてみたい。そのへん、憧れはあるけれど。


 午後の決まった時間にテレビを見るおばあちゃん。それをさらに盗み見ることでかぐや姫は日々現代社会を『勉強』していた。


 勉強熱心だから!と言いつつ、ドラマの続きが気になっちゃって必ず毎日この時間は忍び込んでいる。

「今日は木曜日だから…あー、あの2人結局どうなるんだろ〜…」

 かぐや姫は独り言をちいさく言いながら、物陰の定位置に収まる。そうしてテレビの電源を入れて昨日の録画をつけるおばあちゃんを後ろからワクワク見つめるのだった。


 おばあちゃんはテレビを観ながら「あらまぁ」と独り言を漏らす。

 それに同調してかぐや姫も口を抑えてあらまぁ顔だ。瞳はキラキラとドラマのストーリーに夢中である。

 しばらくするとドラマも終わり、ワイドショーやニュースをおばあちゃんは見始める。

 ニュースの段になると、かぐや姫の集中も途切れてくるが、これも勉強のためとしっかりテレビを見つめ続ける。

「スヤァ…」

 そしていつの間にかに寝てしまうのだった。



「おや、もうこんな時間。吉太はそろそろ帰ってくるかねぇ?」

 おばあちゃんは、育ち盛りの吉太に美味しいものをこさえよう、とよいしょと立ち上がり、いつもの場所に目を移した。

 そうして、スヤスヤと眠る小さな存在にふぁさりと今日も布団がわりのタオルをかけた。


 〜〜Zzzzzzzzzzzz〜〜


「むにゃ、うーん…」

 かぐや姫はゴシゴシと目を擦りながら起き上がった。すると、ふかふかした布が自分の上に被せてある。

「……」

 布を持ってかぐや姫は怪訝そうな顔で思考に耽る。


 …そして、ハッ!っと、いつもと同じ結論に至った。

「また私、布の下に隠れて寝てたんだ〜。無意識なのに天才だなぁ…」

 ぽりぽりと頭を掻きながらそう言うと、布を抱えて家具と壁の隙間にギュギュッっと詰めた。

「こうして隠して…明日も無意識でも使うよね〜」


 そうしてまた、キョロキョロ、タタタッと『必殺〇〇人』ごっこをしながらこの家を抜け出すのだった。おばあちゃんは台所にいるの知ってるけど。

 やっぱりいつか『くせものっ!』って言われてみたい、かぐや姫なのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜



「ただいまおばあちゃん」

「吉太おかえり。学校どうだった」

「うん、遠かった…」

 小学校まで歩いて1時間はかかった。都会で毎日塾通いをしていたモヤシっ子の吉太では行って帰るだけで疲れてしまう距離だった。

「そうかそうか、お腹空いたっけな?ご飯にしような」

 おばあちゃんはニコニコしてご飯の準備を始めた。


「ん?なにこれ?」

 吉太は自分の足元、部屋の入り口にある戸棚と壁の間に何か詰められていることに気がついた。

 すぽりと取り出す。

「ハンドタオル?」

「ああ、それな。座敷わらしに」

「ぴぉっ!!!」

 その単語に、間違えてキモチ悪い虫を掴んだ時のような反応を吉太は見せた。

 ぶんぶんぶんぶんと手を払って感触を無かった事にしようとする吉太におばあちゃんは、困ったように言った。

「そんな怖いもんじゃないよぉ。可愛いもんだぁよぉ?」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 かぐや姫はパンダちゃん達と今日も作戦会議する。


「若い人間の名前は吉太って言うんだね。昼間は『ガッコウ』って言うところにお出かけしてるみたい」

「ガッコウ??」「カッコウなら知ってる」「吉太くんって言うんだね〜」「もう一本笹食べよ」

 パンダは栄養満点の宇宙笹(月のテクノロジーで生やしている)を食べながら、和気あいあいと喋っている。


「も〜!ちゃんと聞いて!」

 言いながらかぐや姫はパンダの間にダイブした。

「「きゃー!」」

 2匹のパンダが下敷きになる。

「ああ!パンゾウ!」「パンジ!」

 パンタとパンシが憐れな同胞の名前を呼ぶ。

「もふもふ!もふもふ!」

「ヤーン!」「ムギュ!」

 2匹のパンダの上で容赦なくゴロゴロと転がるかぐや姫。そのままピタリ、とパンダをベットにして止まる。そして呟いた。

「どうしたら拾ってくれるかなぁ?」


「先輩はどうやって拾ってもらったって言ってたの〜?」

 くぐもった声でパンジがかぐや姫の下から聞いた。ちょっと手足をパタパタとしていて苦しそうだ。

 かぐや姫は先輩の言ってたことを思い出す。

「金色に光らせた竹ドックの中から、キメ顔して見上げてたら連れてってくれたって」

 竹ドック。かぐや姫が毎日寝てる月テクノロジーで出来たハイテク竹のことである。

 金を作ることができて、これを渡すことで拾ってもらった人に養ってもらえるようになってる。


「そんなことでいいの〜?」

「だとしたら、ここまでまで連れてきて、竹カットして貰えばいいだけだね〜」

「スヤァ…」

「あれ?かぐや姫?」「あー寝ちゃった」「すぐ寝ちゃうからな〜」「竹ドックに入れよ〜」

 かぐや姫はパンダの背に背負われると幸せそうにもふもふの毛並みに頬を擦り寄せた。今日もなんだかんだで幸せではある。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 おばあちゃんは早朝から午前中は農作業に行く。

 お昼食べて、お掃除やお洗濯をして、テレビを観て、夕ご飯の準備をして…というルーチンで毎日を過ごしていることをかぐや姫は長い間観察するうちに自然に把握していた。


 でも今日は、おばあちゃんの茶飲み友達が来ている。

 おばあちゃんとお友達は居間で向かい合わせに座り、お茶菓子を食べながらお茶を飲み、雑談をしていた。

「かぷき揚げ、美味しそうだなぁ…」

 よだれがたらりと口の端に垂れそうになり、いけない、いけない、と袖で拭く。

 かぷき揚げはおばあちゃんが好きなお煎餅だ。かぐや姫もすっごく食べてみたいが食べたことはなかった。


 何故なら、地球の食べ物を食べると体が大きくなってしまうからである。

 竹ドックに入らなくなって、キメ顔で拾ってくれる相手を見つめることもできなくなる。

 かぐや姫は激しく我慢していた。我慢が苦手な性質だったが、これだけは必死に我慢していた。

 帰ったらパンダちゃんのお尻に顔突っ込んでモフモフしよう、と心に決めて、今日も我慢した。

 パンダちゃん達は恥ずかしがってなかなかさせてくれないが、今日は絶対やるぞ。



 おばあちゃん達は吉太のことを話しているようだ。

「ほなら、借金こさえたのけ?」

「そうなんよ。家に借金取りば来るっつってなぁ」

「あれまぁ」

「んでも、孫に会えたっけな。借金取りさまさまだぁ」

 冗談ぽくおばあちゃんは拝むようなポーズをする。


 かぐや姫はいつもの定位置でガーン!!とショックを受けた。

「しゃ、しゃっきんとりって…」

 はわわ、と口を両手でおおう。

「『やくざやさん』とか『反社会勢力組織』とか『チャカ』とか『ドス』とかそういう…」

 かぐや姫の瞳は憧れでキラキラと輝き始めた。

 田舎の竹藪は平和であるが刺激が少ないのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 吉太はおばあちゃんに貰った自分の部屋に、小さなパンダのぬいぐるみが落ちてることに気がついた。

「??…最初っからあったかな?」

 それともおばあちゃんが置いたのだろうか。


 拾い上げると、毛並みがすごくふかふかで気持ちが良かった。

「かわいい。ん?手になんかついてる。…『押す』?」

 ああ、スイッチがついてるヤツか、喋ったりするのかな?と思い、手を押すと、ぷにっと柔らかかった。

 スイッチの手応えは無いけど、パンダは喋り出した。

「裏の竹藪には金銀財宝が採れる竹があるよ」

「…え?」


 吉太は思いもよらないことを言ったパンダに驚いた。

 もう一回手を押してみる。

「うりゃの竹藪には金銀財宝が採れる竹があるよ」

「うりゃ…?」

 もう一回手を押す。

「裏の竹藪には金銀財宝が採れる竹があるよ」

「ああ、気のせいか…。金銀財宝の採れる、竹…?」

 それってどれくらいなんだろう…父親の借金が返せるくらいかな…?

 吉太の脳裏にはそんな考えががよぎる。

 お金があれば、家にも帰れるのだ。

「…って、そんな都合のいい話、あるわけない、よな…」



 パンダのぬいぐるみは接触不良なのか、たまに手を押しても反応しないこともある。

 何種類かのバージョンを録音してあるのか、順番がちょっと違う文章で喋ることもあった。

 手触りが気持ちよくてついつい吉太は何度もパンダの手を押してしまった。

 そして何故か温かく感じるぬいぐるみと、吉太は一緒に寝た。

 すべすべでふかふかで気持ちが良かった。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「え〜〜!!吉太くんと同衾できるなら私がいけば良かったぁぁぁ!」

 吉太の部屋の窓が覗ける塀の上から、かぐや姫はヒソヒソ声で言った。

 あらかじめ覗けるようにカーテンは少しあけてあった。


「かぐや姫だったら無理でしょ」「吉太くん怖がると思う」「燃やされちゃうかも」

 吉太の部屋のにいるパンタを除く、3匹のパンダちゃん達が口々に言う。

「失礼な!一斉を風靡したお人形スタイルなんだからね!」

 そう言いながらかぐや姫は塀の上でパンダちゃん達にダイブした。

「もふもふ!もふもふ!」

「アァ!かぐや姫!お尻はダメだよぉ!」

 餌食となったパンジは赤くなって嫌がるが、塀の上が狭くてなかなか避けられず、かぐや姫に蹂躙されてしまう。

「もふもふ!もふも…スヤァ…」

「かぐや姫?」「あー、夜遅いから」「僕たちもねよねよ」

 かぐや姫を担いで撤収をパンダちゃん達が決めた。

「みんなぁ!まってよぉ〜〜!」

 その後ろからタフタフタフタフと、吉太の部屋を、窓から抜け出して走ってくるパンタの姿があった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 吉太は竹藪の入り口に立っていた。

 朝起きたらあの小さいパンダのぬいぐるみは無くなっていて、おばあちゃんに聞いても知らないと言われた。

 夢だったのかな…?とも思ったけれど、何度も繰り返し聞いたあの言葉が気になって仕方なくて、ついついここに来てしまった。


「金銀財宝が採れる竹…」

 呟いて、竹藪の中に目を凝らすと、看板が見えた。

「え?看板?」


 吉太は竹藪に分け入ってその看板に書いてあることを読んだ。

「『光る竹、こちら⇨』」

 矢印は竹藪の奥を指していた。



 矢印の方向を進むと、また看板が出てくる。

『金が採れる竹はこっち⇨』

 その通りに進むと『金銀財宝までもう少し⇨』と言う看板があった。

 そうしてついに、『光る竹、これ⇩』という看板と共に、明らかに普通のものとは違う竹を見つけた。


「すごい……光ってる…」

 中に高輝度のLEDライトでも仕込んでいるのか、というくらいその竹の根本は光り輝いていた。

 じっと見つめていると眩しく感じるくらいだ。

 そして、その竹の近くには鉈が置いてあった。

 吉太にとっては、確かこれは鉈というはものだったはず、くらいの知識くらいしかなかった。

 だが、ご丁寧に『なた、これを使って切る』と書いてある紙の上に乗っていたからわかった。


「鉈なんて使ったことないし、竹なんて固いもの切れるかなぁ…」

 吉太は不安だったが、ものは試しと鉈を持って竹に打ち付けてみた。

 すると、驚くほど手応えなくスパリと竹が切れた。(月テクノロジー製の超高性能鉈だった為)


 驚き目を見開いた吉太は、切れて倒れていく竹に、『ココを切る』という文字とラインがあることに気がついた。自分の切った位置の10cm程上だった。

「え?」

 よく見ようと地面に落ちた竹に目線を向けると、コロリと切れた断面から何かが転がり落ちた。


 小さな生首だった。


 完。




「かっ、かぐや姫ぇぇぇ!」「た、大変だ!」「拾って!」「くっつけてぇぇぇぇ!!」


 一瞬物語が終わったような錯覚に囚われた吉太だったが、その目の前にわらわらと、どこかで見たぬいぐるみが姿を現した。

「かぐや姫ぇぇ!」「いきかえってぇぇ!」「竹ドックに入れて!」「かぐや姫ぇぇぇ」

 パンダのぬいぐるみ達はものすごく焦って、生首を回収し、竹の中の残っている体にくっつけている。

「前後ろ逆じゃない?」「うそ?」「ちょっと一回外して!」「この向きで大丈夫!竹ドック起動!」

 自分が切ったはずの竹がみるみるうちに伸びて行く様を後目に、吉太は絶叫し、逃げた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 吉太はあまりの恐ろしさに、帰宅すると同時に高熱を出し、昏倒した。


 三日三晩うなされ、起きた頃には夢だったかな?と思うようになった。

 だって、何から何までそんなこと起こるはずがないのだ。


 金色に光る竹、動いて喋るぬいぐるみ、そして首の切れた小さな女の子。

 最後のは特に、考えるだけでゾッとした。

「僕が、殺しちゃったの……?」

 あの時の情景がフラッシュバックしてどうにかなりそうだった。

 だけど、パンダのぬいぐるみ達は一生懸命に生き返らせようとしていた。

 あれはどう考えても人間じゃない。それだったら死ななかったりするんじゃないか?

 でも首を切られたら流石に…。


 そんなふうに悶々と考えて、1週間後吉太は光る竹の元にまたやって来てしまった。



「光る竹…やっぱりある。夢じゃなかったんだ…」

 ぎゅっと吉太の胃が痛くなる。あの女の子はどうなっただろうか?


「あ!吉太くん!!わーーーい!!」

「あ、かぐや姫!」「まだくっついたばかりなんだから!」「待って待って!」「大人しくしてないと!」

 シャカシャカという草をかき分ける音と共に、小さな存在達が現れた。


「ひ、ひひゃぁぁぁぁ!」

 吉太は叫んで、凸凹の地面でよろめいて転んだ。

 そこに、かぐや姫が飛んで、ぽしんとお腹あたりに乗った。

「吉太くん!私のこと拾って!育てて!」

 かぐや姫は精一杯のキメ顔をして見上げた。きゅるん。

 でも艶やかで足元まであった髪の毛がオカッパになっててちょっと心許ない。

 首はつながったけど髪までは無理だったから仕方がなかった。

 でも、先輩の時代だったらとんでも無いスペックダウンだが、現代の地球ではおかっぱでも問題ないはず!

 きゅるんきゅるん!目をウルウルさせて精いっぱいかぐや姫は見上げた。


 だけどそれは吉太には通用しなかったようだ。

「ひぃ!は、離れろ!気持ち悪い!」

 そう言ってパシッと振り払われたかぐや姫は、「あ!」っと、取れそうになった頭を抑えて転がり落ち、パンダちゃん達にキャッチされた。


 あまりの言われように、かぐや姫はショックを受けた。

「なにそれ…。私、死んでた方が良かったってこと…?」

 かぐや姫は、間違えて首を切ってしまった吉太がそれを気にしてると思っていた。

 だから吉太が現れた時に、元気な姿を見せようと走ってきたのだ。

 ぶわっと、涙が出た。

「あ、かぐや姫…」「違うよ、生きててよかったよ」「死んじゃやだよ」「もう気にしないで。違う人間に拾って貰おう?」

 ぼろぼろと涙を流すかぐや姫をパンダちゃん達は囲んで、慰める。


 吉太はそれを見て言った。

「あ、ち、ちがうんだ。ごめん。生きてて良かったって思ってるよ」

 グスッ、グスッと泣き腫らした目をかぐや姫はこちらに向ける。

「ほんとう…??」

 吉太は頷いた。それは紛れもなく本当だ。心の底からホッとしている。

 泣いているかぐや姫はよく見ると、テレビの心霊特集とかで見るような動く人形ではなく、小さな小さな子供のような姿をしている。

 幽霊や妖怪みたいな怖いものではないのかもしれない、とぬいぐるみに慰められているのを見て思った。


「君は、なんなの?小人??」

「かぐや姫だよ」

「かぐや姫?あの、なんだっけ?あの、竹取物語の??」

 授業でやった古典の名前を吉太は思い出す。

「それは先輩のお話。おんなじ名前にすれば、地球人は扱いがわかるだろうからって」

 ゴシゴシと涙をかぐや姫は涙を拭いた。

「竹から出てきて、小さい姿から大人になって、月に帰る…?」

「そうそう!吉太くん、私のこと拾って!育てて!お礼に金を沢山あげるから!」

 ぴょんぴょんとかぐや姫は飛び跳ねて元気に言う。頭がぐらぐらするの見て一生懸命にパンダちゃん達がそれを止めようとしていた。

「私拾われるなら絶対若い人がいいの!おじいちゃんおばあちゃんじゃ嫌なの!だから吉太くんが拾って!」

 止められている間にいつの間にかのパンダちゃん達の上に乗って転がりながらかぐや姫は嬉しそうに言う。


 でも吉太はブンブンと顔の前で手を振ってとんでもない!というように言う。

「僕は子供だから無理だよ!まだ小学生だよ?」

「え…?小学生??こんなにおっきいのに??」

「君らからしたら幼稚園児でもおっきいと思うけど…」

「ショウガクセイってなに?」「ショウガクサイならわかる」「ショウガ辛いよな」「吉太くんショウガなの?」

 パンダちゃん達がざわつく。

「小学生っていうのは、6歳〜12歳用の学校に通ってる人間のことだよ。この国の成人は20歳からだから子供だね…」


 流石、かぐや姫は日々勉強してるだけあって小学生を正確に理解していた。

 その言葉に吉太はホッとして言う。

「うん、だから無理だよ」

「えー!ヤダヤダヤダ!もう竹藪のお外に出たい〜!連れてってよ〜!」

 パンダちゃんの上でかぐや姫は暴れた。

「ムギュ」「ムギュー」という声がその下のパンダちゃん達から漏れる。

 被害から逃れたパンタは言う。

「ダメだよかぐや姫。まだしばらく竹ドックで寝てないと。ちゃんと首くっついてないでしょ」

「うぐぅ〜〜」

 かぐや姫は歯を剥き出しにして悔しそうにする。

 吉太は申し訳なさそうに言った。

「まだちゃんと治ってないんだね…ごめんね」

 ハッとしてかぐや姫は言う。

「ううん!大丈夫。もう痛く無いし」

 そこにパンタはかぐや姫を担いで言った。

「ほら、入ってないと治らないんだから」

 よいしょよいしょとパンダちゃん達はかぐや姫を竹ドックに運ぶ。

 ジタバタしながらかぐや姫は、「吉太くんまたね!」と言って手を振り、竹ドックの中に収められていった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「吉太くん!来ちゃった〜」

 吉太が夜、お風呂に入って自分の部屋に戻るとそこにかぐや姫がいた。

 タタタッっと身軽に走ってきて足元で吉太を迎える。


「来ちゃったって…どこから??」

「エヘヘ、私、忍者ごっこ上手なんだ〜。それよりこっち来て」

 グイグイと足元を引っ張って窓際に誘導する。

 なんだろうか?と思って歩むと、突然かぐや姫が吉太をよじ登り始めた。


 スルスルと肩まで到達すると、「とうっ!」と言って窓の鍵に飛び移り、カシャリと鍵をあけ、ガラッと窓を開けた。

 するとそこから小さいパンダ4匹がゾロゾロと入ってきた。

 先に、窓からぴょいっ、とすん、と床にかぐや姫が降りると、部屋にあったクッションを引きずって窓際に設置する。


 その上にパンダ達がぽすん、コロコロ、ぽすん、コロコロ、と、着地して行く。

「パンシちゃん!がんばって!」「だいじょうぶだよ!」「そんなに高くないから!」「ほら、ここだよ!」

 パンダ3匹ととかぐや姫は最後の1匹を下から見上げてワーワーと応援していた。

 高いところが苦手なのか、パンシと呼ばれるパンダはブルブルと心細そうにしている。

 そのパンシを吉太はひょいと持って、床に下ろしてあげた。

 わぁ!っとパンダ達とかぐや姫は喜んだ。

「ありがとう!吉太くん!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるかぐや姫の首はまだぐらついてるようで、パンダ達は頭がとれたらキャッチしようとでも言うようにかぐや姫の周りで手を上げてアワアワしていた。


 飛び跳ねるかぐや姫を見て吉太は言う。

「かぐや姫、それで何しにきたの?」

「え?同衾したいなって思って…」

 もじもじと言うかぐや姫を吉太は不思議そうに見た。

「ドウキン??」

 ドウキンってなんだろうか…。


 ふと、そういえばと思い出したことを吉太は言った。

「ねぇ、かぐや姫は、しょっちゅうこの家に来てる?」

 おばあちゃんが座敷わらしを見かけないと心配そうにしてたのだ。

「うん!毎日テレビでお勉強しに来てるよ?でも…」

 かぐや姫は、肩を落としてしょんぼりとした。

「先週のドラマ全部見逃しちゃった…続き楽しみにしてたのに」

 言って、ものすごく悲しそうな顔でため息をついた。


 吉太は、ハッとした。首の治療のために『竹ドック』に入っていたからだろうとわかったからだ。

「僕が切っちゃったせいで…ごめんね…。あ、でも、僕ハードディスクレコーダーの使い方わかるよ」

「はーどでぃすくれこーだー?」

「おばあちゃんがドラマ録画してるヤツ」

 かぐや姫は不思議そうにしている。

「おいでよ。明日お休みの日だし、おばあちゃんももう寝てるだろうから見せてあげる」



 吉太はかぐや姫と一緒に居間に来て、テレビをつけた。

 興味津々とリモコンと操作画面を見つめるかぐや姫に使い方を説明してあげた。

 かぐや姫は物覚えがとてもいい。

 ただ、最初はリモコンが大きすぎてうまく押せなかったようだ。

 足で踏むと操作しやすい事に気づき、ていてい、とリモコンを器用に踏んづけている。


 そうして居間のテーブルの上にちょこんと座って、念願の先週のドラマを夢中で見ていた。

 吉太はドラマは観てなかったので、途中からの話がわからず、暇だな、と思った。

 かぐや姫は、顔を紅潮させじっと画面に見入っている。

 時に腕をパタパタと振り興奮したり、ガーン!と衝撃を受けた顔をしたりと感情表現が激しくて、見ていて面白い。


 でもずっと見てるわけにもいかないので、吉太は実家で通っていた塾の教材を久しぶりに出して勉強する事にした。

 教材を取りに戻ると部屋ではすでにパンダ達が吉太の布団ですやすやと固まって寝ていた。

 起こさないように静かに用事を済ませて部屋をでる。パンダ達はとてもかわいい。

 かぐや姫がもしうちに来たら、あのパンダ達もうちに来るのかな?とか、吉太は考えてしまった。


 かぐや姫はテレビに夢中で吉太が席を立った事にも気づいてないようだった。

 よっぽど好きなんだなぁ、と思いつつ吉太は教材を開いた。

 ほんとは年明けすぐに、中学受験があるはずだった。

 一生懸命勉強してきたのにな、と吉太は思う。これから自分はどうなってしまうんだろうか。

「吉太くん何してるの?」

 ドラマがひと段落したのか、トコトコとテーブルの上を歩いてかぐや姫は吉太を興味深そうに覗いた。

「勉強だよ。受験するんだ」

「え!?受験!?すごいかっこいい!!」

 かぐや姫がぴょん!と跳ねた拍子にグラっと首が不審な方向に動いた気がして、吉太はかぐや姫の頭をサッと押さえた。

 パンダ達の気持ちがよくわかる。

「受験するのは難しい学校なの?」

 頭を押さえられたままかぐや姫は聞く。

「うん…、でも家に帰れないと受験できないし…」

 吉太は問いに答えつつも、結局勉強なんてやっても無駄なのかな、と暗い気持ちで思う。

 うちは今、それどころではないのだ。


「吉太くんお金があればお家に帰れるんじゃない?金はすごくたくさんのお金になるんだよ!」

 拳を握りしめ、かぐや姫は一生懸命に主張した。

「え?そうなの??」

「うん!でも、その代わり、私も連れてって育ててほしいの。パンダちゃん達も。」

 またきゅるん、とキメ顔でかぐや姫は吉太を見上げる。


「…僕は子供だから無理だけど、僕の両親に聞いてみるよ」

 おばあちゃんも、『座敷わらし』と言ってかぐや姫を受け入れていた。

 よく見ればそんなに怖い存在ではない。お金をくれると聞けば、かぐや姫を育ててもいいと言うのではないだろうか。


 うん、と吉太は心に決めて頷く。

 するとかぐや姫は、ブルブルと顔を真っ赤にしていた。

「や、やったぁぁぁぁ!うれ、うれしい!嬉しいよぅぅ〜!」

 そう言うと、ぽしん!と吉太の腕に勢いよく抱きついて、そのまま泣いた。

 ぐりぐりと顔を押し付けながら、泣いて嬉しがった。

「ありがとう!ありがとう吉太くん!やっと竹藪から出られる!ご飯も食べて、大きくなれるぅ!」

「しー!おばあちゃんが起きちゃうよ。僕たちもそろそろ寝よう?」

 そう言うとグスグスと鼻を啜りながら、かぐや姫は嬉しそうな満面の笑顔で頷いた。


 パンダ達がすでに眠る布団に戻ると、「わーい!同衾だー!」とかぐや姫は喜んで布団に入った。

 一緒に寝ることをドウキンと言うらしい。

 布団に入ると、すぐにかぐや姫は眠そうな顔をした。

 そして「ありがとう吉太くん。だいすき…」と言ってスヤァ…と眠りに落ちた。


 吉太は、最初はあんなにかぐや姫が怖かったのに、今は可愛く見えて不思議だな、と思った。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 吉太とかぐや姫、パンダちゃん達は早速次の日に金を取りに行った。

 竹ドックの根本、光ってる部分とその地面に金はあって、掘り起こすとその量は10kgを超えた。


 かぐや姫も吉太もどのくらいあれば家の借金が返せるかわからなかったのでとりあえず根こそぎ掘り起こして、持って帰ることになった。


 おばあちゃんは突然のことに驚いていたけれど「また会いにおいで」と吉太を送り出した。

 かぐや姫とパンダちゃんも竹藪の中から必死で手を振ってお見送りした。

 もう一度、吉太が来てくれるのが待ち遠しくて、待ち切れないほどだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 吉太が金を持って帰るとそれは拾得物扱いとなり、3ヶ月後に自分のものとなった。

 それまでの間はなんとか利子を返し、借金取りの攻撃を凌いだ。

 そうして、秋頃には父親の会社が作った負債を返済する事ができて、吉太とその家族は平和な日常を取り戻す事が出来た。

 金は一億円以上の価値がついたのだ。


 だけれど。


「かぐや姫っていう小さな女の子がいて、その子に金をもらった。かぐや姫を家に連れてきたいんだ」

 そう、両親に吉太が話すと、怪訝んそうな顔をされた。

 何を言ってるんだと一笑に付され、食い下がると、病院に連れて行かれた。

「おばあちゃんも、座敷わらしがどうとか…もうボケていたのね。」

「可哀想に。妄言もうげんに付き合わされて不安だったろう…。二度とあの場所には近づけないようにしよう。まだ子供だ、そのうち忘れるだろう。」


 違うんだ、ほんとなんだと言う度に何度も病院に行ってカウンセリングを受けることになったし、母親はそのうち泣き出すようになった。

 だから、吉太はもうこの事を両親に話すのは止めてしまった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「吉太くん、来ないね〜」

 パンタが言う。

 それはもう聞き飽きたくらいに回数を重ねた言葉だった。


 すでに吉太が去ってから半年が経過して、かぐや姫はドキドキ、ワクワクと待つことにくたびれてしまった。

 もう来ないかも、と思う度に涙が溢れて悲しかった。

 涙を流していると、パンダちゃん達が交代でお尻を差し出してくれるので、そこに顔を埋めてもふもふして心を慰めた。

 ぐりぐりぐり。

「ヤーン!」

「かぐや姫やりすぎ!」

 かぐや姫はぷはっ!とお尻から顔を上げてふぅっとため息をつく。


 パンジが言う。

「もう諦めよ。他の人見つければいいじゃない」

 すると、うんうんと他のパンダちゃん達も頷く。

「でも金がもう無いんだよ。同じだけを竹ドックが作るには……10年くらいかかるかな…」

「「エエー!!」」

「もう、あげる金も無いし…。気長に待つしか無いよ」

 しょんぼりとかぐや姫は肩を落とし、パンダちゃんのお尻をもふもふと撫でた。



 幸い、と言ってはなんだが、おばあちゃんは変わらずに家にいて、吉太が居なくなってやっぱり寂しそうだった。

 吉太がくる前の生活に、かぐや姫は戻った。

 完全に同じじゃ無いのは、吉太にテレビとハードディスクレコーダーの使い方を教わって、ひっそりと録画を楽しむことをかぐや姫が覚えたことと、吉太のことを思い出して、胸が悲しく痛むことだけだった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「わんつーさんしー!わんつーさんしー!あ、パンゾウちゃん!そこ手の振り違うよ!こうだよ!こう!」

 かぐや姫は最近見るようになった歌番組でアイドルの踊りを覚えて、それをパンダちゃん達に踊らせていた。

 いつか竹藪を出た時、アイドルグループとしてデビューできるかもしれない。

 そうして自分はパンダ達をプロデュースするプロデューサーになるのだ!

 可愛いパンダちゃんの群舞を見つめて、そこからさらに可愛いパンダちゃんを選別する夢を見るかぐや姫なのである。


「もう疲れたよ〜」「え?その振りそうだっけ?」「こうじゃない?」「かぐや姫どっち〜?」

 パンダちゃん達の言うことに、かぐや姫はふと、どっちだったっけ?と振り付けが曖昧なことに気がついた。

「うーんうーん…。こう?あれ?こうかな??うーん…もう一回見てくる!」

 たたっ!とかぐや姫は走り出した。


 ぴょん!と飛ぶと、竹藪に張り巡らせた紐に捕まり、ブーン、ぴょん、ブーン、ぴょんとターザンの要領であっという間におばあちゃんの家にたどり着く。

 屋根から紐を垂らして、窓から中にスルスルと侵入する。最近はスパイごっこに『どハマり』のかぐや姫だ。

 日本では拳銃が違法で無いらしい。残念。

 竹藪をでたら、ブルジュ・ハリファとか行ってみたい。窓の外に1人や2人スパイが張り付いてそうだから。

 あともちろん日光江戸村にも行きたい。にゃんまげ!にゃんまげ!


 おばあちゃんはこの時間、部屋に掃除機をかけてるはず。

 ごぉーごぉーという音がしていて、テレビをちょっとつけてもわからないはずなのである。

 かぐや姫は居間に入ると、ぴょんとテーブルに飛び乗ってリモコンを操作しようとした。

「……あれ?」

 家の中はシーンとしていた。


「おばあちゃんどうしたんだろう…?」

 ぴょん、したっ!とテーブルから床に降り、タタっと走り出す。


 居間から、お台所、縁側、仏間、お風呂場、客間と見て行って、おばあちゃんの部屋の前に来たかぐや姫は、ギャっ!となった。

「お、おばあちゃん!」

 おばあちゃんは、胸を苦しそうに掴んで倒れていた。

 それを見たかぐや姫はすぐにきびすを返して、その場から走り去った。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 救急車に乗せられたお婆ちゃんは、搬送中の処置により意識を少し取り戻した。

 その中で、救急隊員が「通報の女の子の声はお孫さんですか?」と言ってるのが聞こえて、小さな小さな家の守り神が、自分を救ってくれたこと知った。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おばあちゃん、最近痩せちゃったなぁと思って心配だった」

 ぐすっ、ぐすっ、と鼻を啜りながら、かぐや姫は涙を流している。

 倒れたおばあちゃんがショックでたまらない。


「大丈夫だよかぐや姫」「キューキューシャっていうの呼んだんでしょ」「すごいよね!」「ほら触っていいよ〜」

 かぐや姫はモフっとパンダのお尻の辺りに抱きついて涙を拭いた。

 お年寄りは、短命だ。

 全然変わらないように見えたおばあちゃんは、段々と後ろ姿が小さくなってた。

 吉太くんは迎えに来てくれなかった。おばあちゃんまで居なくなったらと思うと、それは悲しいを通り越して、かぐや姫にとっては恐怖だった。


「最初からおばあちゃんに育てて貰えばよかった。そうすれば大きくなれたし、おばあちゃんも寂しい思いすることなかった」

 かぐや姫はパンダのお尻の上で弱音を吐いた。

「でもずっと一緒にいてくれる人が良かったんでしょ〜」「仕方ないよ」「大丈夫、また見つかるよ」「おばあちゃんだって帰ってくるし」

 パンダちゃん達はかぐや姫を慰めた。

「スヤァ…」

 相変わらず寝るのが早い、かぐや姫であった。パンダちゃんのモフモフは安眠効果がある。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 2週間後、おばあちゃんは家に帰ってきた。

 居間に入ると、テーブルの上に飾り立てた板が置いてあった。

『おばあちゃん退院おめでとう』

 そう書かれた紙が貼ってある。

 野花と綺麗な葉っぱで飾られたそれの上にはピカピカに磨かれたまんまるい金の塊が置いてあった。


「あんれまぁ」

 その華やかなお祝いの言葉を、おばあちゃんは触る。

 ポトリと紙の上に雫が落ちた。

 息が震える。


「座敷わらしちゃん」

 おばあちゃんは、鼻を一つ啜って声をかけた。

「おばあちゃん、今日から老人ホームさ入ることになったんだよ」

 小さな小さな吐息が聞こえた気がした。

 どこかでちゃんとおばあちゃんの話を聞いてくれてる。

「今までありがとう、おばあちゃん、あんたさいてくれたから、一つも寂しいことなかったんだぁ」


 昔、都会で結婚をして、離婚をした。

 浮気をされて家を追い出されるようにして、実家であるこの土地に戻ってきた。

 おばあちゃんは、こののどかな場所が大好きだった。

 それでも両親が亡くなって1人になると寂しかった。


 いつの頃からか感じる小さな気配、可愛らしく軽快な足音、元気な声、そしてうたた寝。

「座敷わらしちゃんと過ごせて楽しかったよぉ。テレビ、観れるようにしておくね。これおばあちゃんの好きなおやつ、よかったら食べてね」

 おばあちゃんは鞄の中から『かぷき揚げ』を出してテーブルに置いた。

「これありがとう。持っていくね。こっちの金は、おばあちゃんには勿体無ぇから」

 そういうと、嬉しそうに『おばあちゃん退院おめでとう』と書かれた板を抱えた。

 とととととっ、という小さな足音の後に、ぽすっと足元に何か当たる感触がした。

「だめ!一生懸命磨いたんだから持っていって!」

 小さな涙声が足元から言うのが聞こえた。

「わかったよぉ、大切にすんね」

 小さな女の子を柔らかな気持ちで見下ろして、おばあちゃんはニコニコして言った。


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『また会おうね』と言って、おばあちゃんは去っていった。

 かぐや姫はパンダちゃん達とその後ろ姿を見送った。


 かぐや姫はたっ、と踵を返すと、走って居間に入りテーブルに飛び乗ってテレビをつけた。

 流れ出したのは陽気な歌番組で、かぐや姫の最近のお気に入りである。


 そのまま、ばり!っと『かぷき揚げ』の袋を開ける。そして、パクリ、ボリボリっ!と食べ始めた。

「えええー!?」「かぐや姫!?」「大きくなっちゃうよ!?」「食べちゃダメなんでしょ!?」

 わーわーとパンダちゃんは大騒ぎする。

「いいんだもん!そういうの!うっ、おいしぃよぉぉぉ」

 カリカリ、ボリボリとかぷき揚げを食べながら、かぐや姫はぼろぼろと泣いた。

 苦しくて、楽しくて、悲しくて、寂しくて、美味しくて。

 頭の中はメチャクチャだけど、もうメチャクチャでいたかった。


 かぐや姫は初めての地球の食べ物をやけ食いして、胃もたれで動けなくなって、パンダちゃん達に運ばれて竹藪に帰った。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「かぐや姫、なんか重い」「大きくなってない?」

 パンタとパンジの言葉に、「まさか!そんなすぐに大きくなるわけないでしょ!」と、かぐや姫は返す。

「そうとう食べてたけど…」「どこにあの量入ったの?」

 身の丈10cmのかぐや姫が一袋のかぷき揚げを食べてしまった。

 ブラックホールが胃の中にあるとしか思えない。


「うるさいなぁ。もう寝るもん!あれ?」

 かぐや姫は竹ドックに入ろうとして気がつく。

 竹ドックが、きつい。

「あ!ほらやっぱり!」

「え!?そんな、どうしよう!あ、ギリギリ入る!」

 むぎゅぎゅっと、なんとか中に収まった。

「そんな…やけ食いさえも許されないなんて…」

「食べ過ぎだよ〜」

 パンダちゃん達の声に、ひーんひーんと悔しくなりながら、竹ドックにかぐや姫はみっちり詰まって寝た。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 サクサク、と葉っぱを踏む音でかぐや姫は起きた。

 こんな朝早くからパンダちゃん達は活動し始めたんだろうか。

 ほんとは、うーん!と手を上げて伸びがしたいが、竹ドックがキツすぎて腕が動かなかったので顔を上に向かせるだけしたら、突然視界がひらけ、外が見えた。

 そしてその視界に、自分の前髪が散った。


「あ、よかった。居た」

 男の人の低い声がした。


 襟元をむんずと持たれ、すぽっ!と竹ドックから抜かれた。

 見たことのないような巨人にかぐや姫は吊り下げられている!!

「あ、あわぁぁぁ!た、食べられちゃうぅぅ!」

 走って逃げようとするが、足は空中をかくだけである。

「ぱ、パンダちゃん達!巨人がぁぁぁ!逃げてぇぇぇ!」

 最近はアニメも観るかぐや姫であった。

「巨人って…。かぐや姫、こんなに小さかった?」

「むしろ昨日少し大きくなったんだよ!え??なんで私のこと知ってるの?」

「前髪もすごく短いけど」

 かぐや姫の顔をまじまじと見てぷっ、っと笑って言う男の人を見ながら、パッとかぐや姫は両手で前髪を押さえた。

 なんかテレビで見る俳優さんみたいな若い男の人だ。


 かぐや姫は変な長さになった前髪が恥ずかしくて、赤くなって言い返した。

「さっき竹切った時スレスレで切れたんだよ!危なかったよ!」

「え!?ほんと!?また首切らなくてよかった…」

 焦ったように言う男の人の言葉にかぐや姫はっ!と、思い至った。

「え?吉太くん…?」

「そうだよ。お待たせ、かぐや姫」


「え!?吉太くんって言った?」「え?全然違くない?」「うっそー!」「迎えにきてくれたの!?」

 パンダちゃん達が転がり出てきた。

「吉太くん、ほ、ほんとに?拾ってくれるの?育ててくれる?」

 かぐや姫はあまりの事に吊り下げられたまま体がブルブルと震えた。

「時間がかかってごめんね。あのね、かぐや姫のくれた金のおかげで、たくさん勉強できて、お金もしっかり稼げるようになったよ。ありがとう。すごく感謝してる。おばあちゃんも助けてくれたんだろう?」

「おばあちゃん?救急車のこと?なんで知ってるの?」

「一人暮らしは心配だから、老人ホーム紹介したの僕なんだ。今度、老人ホームにおばあちゃんに会いに行こう」

「う、うん!おばあちゃんに会いたい!」

「竹藪を庭に作れる家準備してきたよ。パンダさん達と一緒に暮らしたいんだよね?」

 うんうんうんうん、とかぐや姫は思いっきり頷いた、が、頭を吉太に止められた。

「あ、ごめん。取れそうで怖くて…」

「もうしっかりくっついたから平気だよ」

 かぐや姫は笑った。嬉しいけど、泣きそうだった。

 悲しくなくて涙が出るのは本当に久しぶりで、どうしていいかよくわからなかった。

 吉太の手に下ろされた。その手は前よりすごく大きくて不思議な感じがしたが、タタタっと腕を走って走って首元に抱きついた!

「ありがとう!吉太くん大好き!!」


 吉太はその頭をそっと撫でながら、「うん、僕もずっと会いたかったんだ」と優しい笑顔と声で言った。



 そうしてかぐや姫は、月に戻るまでの70年間、吉太くんとパンダちゃんと幸せに暮らしました。

「え?70年も…?」



 おわり

読んでくださりありがとうございます。

初めての投稿です。


かぐや姫はこれから、お金のお勉強をして超お金持ちになった吉太くんと、二人と4匹で暮らします。

いろんな食べ物を食べたり、パンダちゃんと遊んだり、パンダちゃんたちをアイドルにするために画策したり…。楽しそうに日々を過ごしてると思います。


また機会があったら読んでくださると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 単純に竹取物語の舞台設定を現代に変更するのではなく、本作におけるかぐや姫や吉太だからこその物語が進行するのが面白かったです。 出会いからしてもかぐや姫と吉太の温度差に笑ってしまいますし、無…
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