曲がれるはずのドンツキがない
「そこにコンビニありまっしゃろ?それを曲がった道をびゃーっと行ってドンツキ曲がったところにありまんねや」
郵便局の場所を聞いたら、白髪の老人はそう答えてくれた。曲がった背中をびゃーっと行ったらドンツキほど曲がっている腰が、運悪く地震にでもあったかのようにカクカクと揺れている。腰は体幹の要であるが、それが震度6弱ほどぶれていては指した指の方角もファランクスが乱射した銃弾のようにバラバラとあちらこちらを向いている。
これでは郵便局が山にあっても海にあっても天竺にあっても土星にあってもおかしくないが、しかしそれらを合算して平均を割り出したところを見ると、どうやらそこのコンビニを曲がったところをびゃーっと行ってドンツキ曲がったらへんにあるようだった。
ともすれば目的は郵便局であるので、そこへ向かうのが筋目である。ミグ戦闘機を見つけたアメリカのイージス艦のごとく、未だ空にファランクスを放っている老人に感謝を告げて、コンビニの角を曲がった。あとはドンツキまでびゃーっと行ってそこを曲がれば目的の郵便局はあるはずである。ゴーストタウンも肝を冷やしそうな幽霊商店街のアーケードが広がる目前の道を、軽い足取りでニ三歩踏み出した。が、すぐにあることに気づいてその足にはATS装置が作動する。関西本線の王子駅手前でよく聞くキンコンキンコン鳴る、誤進入や信号冒進、オーバースピードを防ぐ自動ブレーキ装置である。この場合自分を電車に見立てたとしたら、問題は誤進入か、信号冒進はたまたオーバースピードか。否否の否である。
びゃーっと行ってドンツキまでいったあと、右に曲がればいいのか左に曲がればいいのか、これを聞くのを忘れていた。これはかなり重大なことだ。例えば東海道を太平洋側からドンツキすれば、右に行けば江戸で左に行けば京の都である。もし自分が飛脚で時は幕末、京の岩倉具視に倒幕に関する大切な書状を届けなければならない立場であったとしたらどうか?江戸にいってしまったら大変なことになる。ひょっとしたら重大な作戦の内容が漏れてしまい、我々の知る歴史は大きく変わってしまうかもしれない。新政府は誕生せず徳川幕府は存続し、カミシモとチョンマゲの日本人は刀と槍と弓を持って日露戦争を戦い、東洋の憲兵ならぬ東洋の大岡越前になってしまうかもしれない。しらんけど。
とにかくまずいものはまずい、それを聞かないことには話にならないので、先程のオールドファランクスに左右どちらに曲がればいいのかを訪ねようと振り返った。だが、町内会1の秀才ともてはやされ、IQは脅威の100を誇るこの頭脳は更にあることに気づいてしまった。
ーーー行ってから右と左を見ればどっちかにはあるだろう。
1665年の1月2日、大阪城の天守閣を大炎上崩落せしめた落雷のごとくの閃きが頭上という頭上を駆け巡り、足を抜けてやがて土へと還る。振り返ろうとしたつま先を華麗にトゥーループさせ気持ちは浅田真央。ほぼ一回転した体は再び幽霊アーケードへ向く。
そしたらそこに広がっていたのは大阪の廃商店街ではなく、異世界だった。