作の事情
こんにちは。
目に止めていただきありがとうございます。
肉付の面を終えてから、ミッドナイトノベルズの方で連載をしており、こちらはご無沙汰でした。
不思議と完結後もちょくちょくと読んで頂きまして。嬉しかったのと古いプロットを見つけたのでこちらも整えまして投稿させて頂きます。
お楽しみ頂けますと幸いです。
少し駄菓子屋でも行ってみたらどうだ。と言われて、懐かしくなった。
娘が幼い頃だ。小遣いの百円を握りしめておやつを求めに往くのに付き添った。駄菓子屋、駄菓子屋か。
最近、暑いやら寒いということがご無沙汰だった。俺の子供時代から随分便利になった。家の隙間風は新築住宅に住んでから意識していない。
環境は快適だ。久々の外は暑くて心地が良い。
首周りまでキッチリ締めたボタンを外し、袖をまくり上げる。チョッキも脱ぎたいが、まあいいだろうと我慢した。
特に目新しい風景はなかったが、久々の外出を楽しむ。左右の高い壁に挟まれた、一本道を歩いている。
車道ではない。私道かもしれない。道は白石のじゃり道だ。看板などはなかったが、はて、迷ったか。
昨今、開発新築ブームで古い平屋は潰され、道も店も住宅もピカピカの世代交代を行っている。
そんな中に迷い込むのは心躍る。いきなり見慣れた古い町並みに出た時は、化かされたような気持になり、充実感を感じる。
ここもそうだ。ふと暖簾が見え、近づいてみると蔵がどん、と現れた。
壁は年代をあまり感じさせない。造りは古いが、ガワだけ再現した建物かもしれない。
暖簾は紺に白抜きで菓子屋、とある。
外の日差しが強いため、開け放たれた扉の向こうが暗く、目視ができない。視界がチカチカとする。
想い出の駄菓子屋ではないが、若干の疲れを感じるため、ここでも良いかと妥協した。
どうも、と声を掛けて入店する。しぱしぱと目を慣らした視界で感嘆した。子供の夢のような、アニメそのままの駄菓子店だ。
梁からぶら下げた、広告の凧や模型、吊るし売りの菓子が暖簾のように雑多に揺れている。
天井の採光から差し込んだいくつかの光の帯に照らされて、瓶詰め中身が輝いて見えた。
大人には低い棚に懐かしいパッケージのガムやら細々した駄菓子が並んでいる。娘が買っていた硬貨形のチョコやら記憶にあるものを手に取り、小ぶりなザルに取り置いた。
あれは喜ぶだろう。ずいぶん長く、親子の交流らしいやり取りがなかった。独り立ちしたのだ。親の役目は家族の未練という程度しかない。
妻も先に逝っている。矍鑠としている内、娘の手を借りん間にぽっくりしたいものだ。
せめて、バカ娘が再婚するその時までは気張るのだ。
勘定は奥のようだ。進むとベンチに先客が居た。
その向かい合わせは一段、膝丈程に高くなっていて箪笥やら文机、座布団など人の空間になっている。
その奥に引き戸がある。店と私宅との境だろう。
「今日は。店主は少し席を外してるんだ。わたしは彼の馴染みでね。戻りが遅いならわたしが会計をやるから、少し待てるかい。」
先客は気さくな老人だった。などと言えど、俺と同年か。今でも十分通ずる小説や時代劇の主役に相応しいような見目だ。若い頃など人気があっただろう、目を引く華やいだ雰囲気が残っている。
物書きの神様が降りてきそうだった。しかし、肌見放さず持っていた書留を今日に限って忘れたらしい。
「煙草かい?悪いが店主の為に我慢してくれないか。あいつは煙いのが駄目なんだよ。」
ポケットを探る手を見咎められた。
習慣を忘れていたことに、躍起になって色々弄っていたので目立っただろう。
「すみません。煙草は吸わないのですが、書物一式を忘れていて、年ですね。体の一部だったもんが、こう。ぱっとね。ははは」
ベンチの隣をどうぞと叩かれて、腰掛けた。
丸太を縦に半分にして脚をつけた簡素で、しかし泰然とした趣がある。いいなと思った。
「店主の方とは長い友人ですか」
あいつ、と親愛ある雑な呼びかたに、独りの男が記憶から浮かんだ。このベンチを奴は気に入るだろうなと、そんなことまで思い出した。
「ええ、妻の次に長い。色々見守ってくれていてね。ありがたいもんだ」
「いいですね。俺にもそうなれると思い込んだ奴が居ました。正直、羨ましい。俺は未だに友人と思ってるんですが、嫌われてしまった」
老人が腰を浮かして、勘定台をごそごそした。
ラムネを2瓶手にして戻る。嘘でなく相当付き合いが永いのだ。勝手知ったる行いに、羨望を感じてしまった。
「奢りだ。懐かしいだろ飲みなさい。ちょっと温いが、まぁまぁだよ」
「ははぁ、本当だ。ビー玉が蓋になってる。娘に付き添ってよく買いに行っていました。力が足りない娘の代わりに蓋を押してやったものだ。懐かしい」
カシュッと炭酸が抜け、ビー玉が瓶のくびれに落ちた。味は記憶より甘ったるくない。喉が潤った。
どこが卸しているのか、パッケージのない裸の瓶だ。
「美味しいね。2本は軽い。なんでだろう味が薄いからかね、砂糖の種類か?」
「気になる人ですか」
「ええ、まぁ職業柄と申しますか、性格ですね」
「なるほど、当ててみましょう。聞屋だね、どうかね」
筆記用具を探していたからだろう。単純な推理と外れているのを承知した物言いが気安い。この男は表情よりも目の輝きに惹き込まれる。悪いようには言わないだろうという、無邪気な信頼を寄せてしまう。
気恥ずかしいが、一期一会。恥は捨てて名乗りを上げてみた。
「あはは。惜しいですね。日陰者ですが、小説を書いております。馬場通 幕太郎という名前でねぇ」
「ああ、聞いたことあるよ。息子から勧められた。キネマになるんだろう?題は…銀…かず…、けい?…すまんね、最近記憶が苦手になった。本当かい?」
喜色満面の相手の顔が題名で曇った。思い当たる節がある。年齢である。さっきまでしっかりあった名称が、口を出る瞬間に霞のように消える。
「いやいや、ありがたいですよ。知ってくださって。あれは、俺の名前で発表してありますが、友人と一緒に作ったものです。あれだけが有名でして、あとは全くなんです。三十年前のあれに声が掛かって、なんだか…恐ろしいような気持ちなんです」
今日は何やら話したい気分であった。
随分長い間、寂しかったようにも思う。
「どこの誰とは分からないからこそ、聞いて頂きたいんですが、よいですかねぇ」
当日、散々言われて嫌になった。多くが俺の味方に立ったのが、いけなかった気がする。
当事者同士で殴り合いたかった。いつまでもぶつかれると青臭い頃の気持ちでいたが、時代も環境も移ろって、友人の内面も変わっていた。
いつまでも青臭いお前こそ、書ける。
俺へのエールだった。あの瞬間は間違いなく、学舎で創作を語り合った学生帽のお前だった。
俺は話すのは得意でなかったが、年の功だろうか。それこそ、物語を書くようにスラスラと、老いた体に刻まれた人生が声になって喉から出た。まるで自然であるようで、得体のしれない何かによって記憶が引摺りだされて言語化されたようにも思えた。
俺は俺が語るのを聞いたのだ。
来週、同じ時間に投稿致します。
人物
馬場通 幕太郎
楠木の旦那