優しい背中
「ちょっと、遅いじゃないのよお。人が来るまで日が暮れっちまうかと思ったよお」
私が行くと、彼女がぼやいた。
「すみません。今度はどうしたんですか」
「テレビのリモコンが変えられないんだよう」彼女が言った。
私はテレビのリモコンを取り、すべてのチャンネルを回してから小暮に見たい番組を選ばせた。
「呼んでもしばらく来ない。テレビもろくに見れない。もっときちんと対応してくれよう」
「小暮さん、ほかにも患者さんはたくさんいるんですよ。呼ばれてもすぐ来れない時もあります」
「駄目だよう。こんな生活じゃボケっちまうよう」
大声で叫んでいる彼女の声を後ろに、私は病屋を出た。
彼女が入ってからこんなことが毎日続いている。
「まあ、話を聞く限りなかなかクセの強そうな人だよねぇ」
絵海が深妙な顔で言った。
私は頷いた。
それから絵海はひととおり私の話を聞いてくれた。
特に画期的な解決策が出たわけではなかったけれど、私は現状を誰かと共有することができてほっとした。
「北乃さん、ちょっと……」
絵海が他の同僚に呼ばれ、私たちの会話はそこで途切れた。
彼女はじゃあ何かあったらまた、と言い残し、呼ばれたほうへ早足で向かっていった。
私はお礼を言い、小さな彼女の後ろ姿を少しの間見つめていた。