桜沸く
春。桜咲く季節。窓の外で今、風に乗ってどこからか飛んできたピンクの花びらが、はしゃぐ子供のようにくるくると宙を舞った。
今日はいい天気だ。なのに僕は……。
「ハァァクッショ! おい、あんちゃん、窓を閉めてくれよ。おれ、花粉症なんだぁ」
「あ、はい……」
「へへ、どーもね。しかし、あれだねぇ、お前さん。ふふっ、見舞いが全然来ないねぇ」
「ああ、へへへ……」
そう、僕は入院している。足を骨折し、この二人きりの狭い病室に。しかも、その相手というのがまあ無神経を極めたような男で、それなのに彼を見舞いに毎日のように人が訪れる。
一応、こっちに対する気遣いの気持ちはあるのか長居はしないけど、気になるし、「さっき来たのはねぇ、おれの昔からの知り合いで」「いやぁ、元職場の人とも繋がりがまだあんのよぉ」「色々頼りにされちゃってさぁ」「飲み屋で仲良くなってねぇ。おれ、誰とでもそうだからさぁ」などと後々、自慢げに言われると腹が立つ。
……でも、それも今日までだ。お、来た来た。
「やほー! きたよぉ」
「骨折だってね。ほんと心配したよ」
「私もっ! 良くなったらまた一緒にテニスしよっ」
「私ともどこかいこうよー」
「えー、私と行こう?」
「はーい、お花持ってきたよー」
「私はフルーツを、どうぞっ」
「わー、窓側でいいね!」
「ほんともう、早く良くなってよね! 一緒にお花見したいんだから」
「あー、ほらほらぁ、みんな、お隣さんがびっくりしてるじゃないかぁ。静かに静かに、ふふふふふ。それにもうお花見ならしてるじゃないか。いやぁ、綺麗綺麗。あはははは!」
お隣さんに悪いよぉ、なんていうのは口だけ。本当はこう思っている。ざまあみろ。ああ、僕の人気者っぷりに唖然となっていい気味だ。ははは、いそいそと、病室を出て行く準備を始めたよ。
……まあ、これにはカラクリがあるんだけどね。
彼女たちは全員、僕が雇ったアルバイト。言わばサクラなのさ。友人が少ないと思われるのが嫌で、結婚式でサクラを呼ぶなんて話を前に耳をしたことがあり、もしかしたら……と思い探してみたら、病人の見舞いのサクラをやっている会社があったのだ。
「それじゃ、早く元気になってね! ばいばーい!」
と、まあ、こうしてものの十分ほどで帰っちゃうけど、長々と居られるとむしろ気まずいし、ボロが出る。
それにしても、ちょっとやり過ぎたな。どうせならと思って女の子しか呼ばなかった。それも可愛い子を。そのせいで、お金がなぁ……。
と、こうしちゃいられない。そろそろ準備しないと……。
「総理ー! 総理―! フゥゥゥゥゥ! 最高!」
「いつもありがとう、総理ー!」
「桜が綺麗だよ! ありがとー!」
「総理のお陰で毎晩、ビール飲めるよ! ありがとー!」
「総理の 経済政策さいこおぉぉぉう!」
道路をゆっくりと進む、オープンカーに向かって、沿道に集まる人たちと一緒になって僕は声を上げた。
いやー、病院を抜け出して来たけど、沿道に桜が咲いていて結果、良い花見に、あ……。
――ソウリィィィィィ!
「あ、おう、あんちゃん……」
――総理が咲かせた桜、綺麗だよぉぉぉ!
「あ、どうも……あなたも、ですか?」
――森羅万象大臣!
「おお……その、お前もだよな? バイト……」
――未来は総理のために! ソウリィィィィィィィィィ!
道路の隅に集まる汚れた桜の花びらが風に吹かれ、僕らの足元を転がって行った。