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第8話 アドリアン④

 余は兵士を引き連れながら馬車に揺られていた。数日の旅程を経て国境付近の砦へと到着するその道中である。

 余はすでに王宮に帰りたくなっていた。そしてオリビアに会いたい。

 よく考えたら彼女とちゃんと話していない。話を聞いてあげれていなかった。


 スザンヌのことを言おうとしたところで私はその言葉を遮ってしまった。あの時、オリビアは何かを言おうとしていたのだ。


「はぁぁぁぁぁ~」


 私は額に手を当てながらため息をつく。


「いったい先程からいかがなされました?」


 それを聞くのは馬車に陪乗を許されている騎士長のヘンリーである。ヘンリーは信用できる人物で、幼い頃より永遠を誓い合ったものがいると聞いた。

 恋には詳しいかもしれない。相談してみるのもいいかもしれない。


「女とは実におしゃべりであるな」


 その言葉にヘンリーは微笑んで答えてきた。


「左様ですか。いやはや三人の妻を持つ陛下の生活は楽しいものとお見受けします。奥方たちは闘争もせず、仲良く親密であるのでしょう。陛下の情報を共有しようと常々お話なすってるのでしょう」

「むう……。そうなのか? 仲が良いのは良いことだが……」


「いかがなさいました?」

「あまり話されてもなあ」


「おやおや、相談に乗りますよ?」


 いやいや。相談に乗られても困る。それって余が誰も抱いてない少年だということも話さなくちゃならないじゃないか。オリビア一筋はいいけど、三人も妻がいて誰にも触れてないってことを話されたら恥ずかしいってことだからなぁ。


「いやそれには及ばぬ。しかしヘンリーよ。そなたは永遠を誓った相手がいると聞いたが、彼女とは結婚したとは聞かぬ。そなたのほうはどうなのだ?」


 と聞くと、ヘンリーは困ったような顔をしたがすぐに答えた。


「いえいえ。私の話がそのように陛下の耳にまで届いておりましたとは、お恥ずかしい。前は人を憚らず彼女と永世、三界を誓うなどと(うそぶ)いておりましたが過去の話です。喧嘩別れしてしまいましたよ」

「なんとそうなのか? 一体原因はなんなのだ?」


「それは私に度胸がなかったからです。彼女の全てを受け止める勇気がなかった。私の臆病さに彼女が見限ったのです」

「むうう、そうか。人より勇敢なそなたでも、勇気がなかったとな?」


「その通りです。彼女は他家に嫁いでしまいましたが、それでも忘れられずに未だに思い焦がれている次第で。お恥ずかしい」

「なんとそうか。悪いことを聞いた。許せ」


「いえ。陛下へはお耳汚しでした」


 そうかあ。それは嫌だなあ。オリビアは余のもとに嫁いでくれただけでも良かったかもしれない。

 でも勇気……。それは余にもないぞ? 強引にでもオリビアの唇を奪ってしまえば楽になるのかなァ?

 でも余計に冷たくされたらどうしよう? オリビアにこれ以上嫌われたくないぞ?

 離縁なんて言われたら、一生童貞な自信があるし、公爵家と戦争になるかもしれん。

 うーん。悩ましい。




 その時だった。ヘンリーが手を上げると数騎の騎士が余の馬車の前に騎馬を進める。余は何が起きたか分からずにいると、ヘンリーからの言葉だった。


「陛下。身を低くして馬車を後方へ。おそらく反乱の兵馬です。千騎はおります」


 前方を見ると、確かに兵馬が待ち構えているようだった。


「ローガン将軍を呼べ!」

「はっ!」


 余がヘンリーに命じると、ヘンリーは部下にローガン将軍を呼んでくるよう伝え、彼自身は余の守りについた。


 ローガン将軍はすぐにやってきた。彼は父の代からの忠臣、余の十五歳ほど上の武人で、父からは軍のことはローガンに聞けと言われる勇将だ。

 彼は来るなり前方の兵馬を確認しながら問う。


「陛下。敵ですか?」

「その通り。我々は兵馬をそれほど連れてきていない。君に対処を願いたい」


「お安いご用です。三百騎ほどお貸しください」

「三百? 敵は千騎ほどいるのだぞ?」


「ええ。所詮は烏合の衆。三百でも多いくらいです」

「う、うむ。よろしく頼む」


 ローガン将軍は、馬に乗りながら片手を上げると、隊列から三百騎が分離した。

 すると前方の兵馬は、正面の我々と、分離したローガン将軍の兵馬の二隊にすでに動揺しているようだった。

 そこに歴戦の強者であるローガン将軍が反乱軍の横腹に斬り込むと、あっという間に総崩れになって瓦解した。


 抵抗する者、逃げる者、降伏する者、三つに分かれると、ローガン将軍が相手にする者は抵抗するもののみだったので、兵馬の数は同等となり、戦慣れしているローガン将軍に敵うわけがない。あっという間に鎮圧してしまった。


 ローガン将軍は、余の前に下馬して勝利を報告してきたので、余は馬車から降りて彼の側へと行って労った。


「素晴らしいぞ、ローガン将軍」

「全ては陛下の威徳にございます」


「さにあらず。将軍の力あってのこと。都に帰り次第、莫大な恩賞をとらすことを約束しよう。なにか希望の品はあるか?」

「いいえ、恩賞など結構にございます。こうして反乱が起きるのは陛下の愛がこの地に届いていないのでしょう。どうかその恩賞をこの地の発展に費やして頂きたく思います」


「な、なんと?」

「私には普段頂いている俸禄(きゅうりょう)で十分でございます」


 そう言うとローガン将軍は一礼して馬に跨がり、後方へと下がっていった。

 余はヘンリーのほうに顔を向けた。


「根っからの武士だ。ああいう男になりたいものだ」

「誠にもって」


「彼の側にいる奥方は幸せものだ」

「いえ、ローガン将軍は若い頃に妻を亡くし、それ以来独り身であります」


「なんと。まだ若いであろうに」

「たしか三十三歳です」


「此度の恩賞に、誰か紹介してやりたいものだ」

「陛下のお心に将軍も喜ぶに違いありません」


 なんともカッコいい男だ。あんなに毅然としていたらオリビアも余に惚れるかなあ?

 ローガン将軍か。憧れるなぁ。

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