第13話 オリビア⑥
ソフィアの魔法によって私たちは国境の城にいた。そこは城壁のある目立たない場所。城内は歓声に包まれて『陛下万歳』を唱えているようだった。
そこでソフィアが言う。
「どうやら陛下はご入城されているようですわね。どうします? このまま陛下のもとに合流いたしますか?」
私はそれに頷いた。
「そうね。そして彼の隣に行って、愛を伝えるの。もうお互いに強情になるのは止めよ。きっとアドリアン様も私を愛してくださるわ」
「きっとそうなりますよ。早くカーラさまや、スザンヌさまを解放して上げてください」
「そうね。二人には思い人がいるんだものね。幸せになって貰わないと」
私はソフィアとともに声のするほうに歩いて行くと、そこは大きな広場で、兵士や城民で埋め尽くされていた。
みんなの熱視線の先にはアドリアン様がいて、演説をしている。私とソフィアは、群衆をかき分けてアドリアン様の先に向かった。
もしもサプライズで私があそこに近付いたらアドリアン様はどう思うだろう。嬉しくて抱きついてくるかしら?
群衆の前で恥ずかしいわね。でも今までそんなことなかったんですもの、少しくらいいいわよね?
私はアドリアン様に手を振ると、彼は私を凝視して口元を緩めていた。私はさらに手を振って近付く。すると彼は演説を途中で止めてしまい、回りはざわつき始めていた。
私はさらにアドリアン様へと近付く。しかし様子がおかしかった。騎士たちが壇上に上ってアドリアン様を守るように壇上から下ろそうとしている。
そして私の背後からざわめきと悲鳴が巻き起こっていた。
ソフィアは私の手を握って強く引く。
「王妃さま。暴漢ですわ。身を低くして群衆の中へ──」
それは適切なアドバイスだったろう。しかし私の頭の中には一つの考えが出来ていた。
それは暴漢が誰を狙っているのかと言うこと。答えはアドリアン様だ。そんなことは絶対にさせない!
「あ、王妃さま──!」
私はソフィアの手を振り払い、暴漢の前に立ちはだかって手を広げた。
「この狼藉もの! 陛下の元には近付けません!」
「なにを、この小娘が!」
男は白刃を振り上げて、私の肩から胸へとそれを下ろした。
ものすごい衝撃に、私は崩れ落ちたが地面には倒れていなかった。
「ああ、オリビア! どうして君はここに!?」
それはアドリアン様の声。彼は私をかかえ、胸に抱いていたのだ。暴漢は近くで取り押さえられているようだった。それにホッとして私は目を開け、彼の頬にそっと触れた。
「陛下……、ご無事で良かった……」
「ああ、君のお陰だ! しっかりしろ!」
なんてこと? 夢にまで見たアドリアン様の腕が、胸が、顔がそばにあって私を包んでくれている。
でももうおしまいなんだわ。私はこの幸せを抱きながら神の元へ召される──。
「そんな……! オリビア、余は君を愛してる! 目を開けてくれ!」
ああなんということかしら? カーラやスザンヌが言ったことは本当だったんだわ。アドリアン様は私を愛してくださっていた……。
「私も……、陛下を深く、深く愛しております。最期に陛下に思いを伝えられて良かった……」
私は目を閉じた。するとアドリアン様はそんな私にキスをしてくれた。初めてのキス。なんとも温かいぬくもり。
ああ、ずっとこうしていたい。私はアドリアン様の背中に手を回して強く力を入れた。
ん──、と。
あら? おかしいわね。
全然体の痛みがないわ? これは一体どういうことなのかしら?
私が目を開けると、アドリアン様と目が合った。そして二人とも同時に切られた肩の部分を見る。
「ああ! そうか! オリビアの軍服には、もしものために軽くて細い金属を何重にも編み込んでいさせたんだった!」
たしかに、破れた部分には金属の糸が顔を覗かせている。
と、いうことは私は衝撃でパニックになっていたということかしら……。
「オリビア。さっき言ったことは本当かい?」
すぐ近くにアドリアン様のお顔がある。私は微笑んで答えた。
「ええ本当ですわ。私はあなたを愛しています」
すると彼は私を抱いたまま立ち上がって飛び上がった。
「ひゃっほーー!! オリビアは余のことが好きなんだーー!!」
そしてクルクルと回りながら、私にキス。私もそれを受け入れて、しばらく熱いキスをしていた。
すると、回りの群衆が『陛下万歳! 王妃さま万歳!』と私たちを称える声を唱え出したので、二人とも照れて顔を真っ赤にしていた。
「なにが万歳か! 官民ともにこの堕落した国王を見よ!」
となじったのは先ほどの暴漢だった。ローガン将軍は彼の腕を締め上げて、さらにのし掛かっていた。それをアドリアン様は止めたのだ。
「どうして私が堕落している? 君は誰か?」
「俺はディリックだ。お前は国政を蔑ろにして女狂い。そんな者に国を任せておけるか!」
アドリアン様はその言葉に大変苦笑していた。
「なるほどそれが隣国の流言飛語というやつだな。宰相に言われるままに側室など取るものではない。それを悪く吹聴されて内乱を起こされては喜ぶのは隣国だけだ」
アドリアン様がそう言うと、ディリックは思い当たるふしがあるのか、黙ってしまった。おそらく、隣国にいいように言いくるめられたのだろう。
「余だってオリビアさえいれば、他の妻などいらない。彼女たちが家に帰りたいならそうさせてやりたいよ」
「陛下、それなら──」
私はアドリアン様へとニッコリと微笑んだ。
◇
後日、宮廷に宰相、ローガン将軍、ヘンリー騎士長を呼んだ。
玉座に座るのはアドリアン様。その横には私。そして後ろにはカーラとスザンヌがいた。
アドリアン様はまず宰相に声をかけた。
「宰相」
「はは!」
「そなた、いくら跡継ぎが出来ないからといって、すぐに余に側室を勧めることはないではないか。反乱は余が色好みだから起こったと言われておるぞ?」
「いえ、それは──」
「分かっておる。そなたなりに国を考えてのことだろう。しかしこれからは側室を勧めることはまかりならん!」
「はは!」
宰相は平伏してその言葉を受けた。続いてローガン将軍だ。
「ローガンよ」
「はい」
「そなたは先王、ならびに余に仕え、上げたる武功は数え切れず、その功績に余は報いねばならん」
ローガン将軍は平伏していたが、この人が一番問題だ。堅物で、アドリアン様の妻の一人を貰うなどと受け入れないのではないかと、私とアドリアン様は心配していた。
「ローガン、君にカーラを遣わす」
「ありがたき幸せ」
それはあっけないものだった。あの真面目一徹の将軍は、顔色を変えずにすぐに受け入れたのだった。
そして私たちの横をすり抜けて、カーラは将軍に飛び付いて行った。
「ああ、ローガンさん。私の愛しい人……」
「おおカーラどの。私はこの時を一日千秋の思いで待ち詫びておりました」
あまりの熱い二人の包容に、私たちのほうが真っ赤になってしまった。
気を取り直して今度はヘンリーだ。
「ヘンリー」
「はは!」
「知らぬこととはいえすまなかったな。愛し合う二人を引き裂くなど余の本意ではない。そんな余の力になってくれて、感謝しかない」
「ありがたきお言葉」
「そなたにはスザンヌを遣わす」
「ありがたき幸せ!」
そう言われたスザンヌは、カーラと同じようにヘンリーに飛び付いて行った。二人は抱き合って、その場でキスしていたので、私とアドリアン様は同時に空咳をうった。
そうすると、四人は畏れ入ってその場に平伏していた。
それを見てアドリアン様は笑いながら言う。
「もうよい。君たちは下がりたまえ。屋敷に帰ってここでの続きをするといい。余も余で、これから妃と仲良くしなくてはならないからな」
そう言ってアドリアン様は私の手を取って立ち上がったのであった。
◇
後日。ローガン将軍は大軍を率いて隣国を征伐し、陛下から元帥と公爵の位、隣国の大きな州を一つ賜った。
それにはヒームス侯爵の長男、ロクフェイトも従軍していたので、彼も功績を称えられ、早々にヒームス家を継ぐこととなり、彼は祖父と父を田舎に隠居させてしまったので、ローガンとロクフェイト、両家の仲は良好なものとなった。
それからヘンリーは陛下より伯爵を叙爵され、隣国の四つの郡を封地として与えられた。そしてその妻のスザンヌは、王宮を出て十月十日を待たず早々に男児を産んだ。私は早産だったのではと、心配して手紙を送ったが、健康ですくすく育っているらしいのでホッとした。
ともあれ、みんな幸せになってよかった。側室を家臣に下賜したことの醜聞や反発はなかったと聞いている。
一人の王妃を愛する国王のほうが、民にとってもよいものなのだろう。
「やあオリビア、ここにいたのかい?」
「あら陛下ったら、またお仕事の途中で抜け出してきましたの? また大臣に怒られますよ?」
「まあそういうなよ。世継ぎを作ることも大事な職務だ」
「あらまだ日も高いですのに」
「ああだから、少しだけ……。キスしてもいいかい?」
「あら私は陛下のものなのですからどうぞ、どうぞ」
「うえーい、やったあ」
私たちもこんな調子になりました。
【了】




