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令和宵闇無頼道中  作者: 朝倉春彦
5人の男女
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5.七星邦孝(Nanahoshi Kunitaka)

男は大きなショッピングカートを車のトランクの横に付けた。

カートにはこれでもかという程、多くの食材が詰め込まれている。

全てがアメリカンサイズ。男はそれらを車のトランクに詰め込んでゆく。


「やっぱり袋持ってきた方が良かったね」


男の横に来た女が言った。

男は小さく苦笑いを浮かべるが、何も言わずに黙々と品物をトランクに入れていった。

やがてトランクに詰め終わり、男がトランクを閉める。

トランクの中央部にある、バイエルン国旗に似たエンブレムを一度撫でると、男は空になったカートをカート置き場に戻しに行った。


「もう一か所、寄ってって良いか?」


車に戻って来た男が、エンジンを掛けながら言った。

助手席にいた女と、後部座席に座った若い男は特に異を唱えることは無い。

男は薄暗い駐車場から国道に車を出すと、そのまま最後の目的地へと車を走らせて行った。


向かった先は、男が持つ店の近くにあったゴルフショップ。

男は直ぐに戻るといって車から降りて、店内へと入っていった。

店内へと入った男は、前々から欲しかったクラブが展示されている方へと向かっていく。


行ってみると、そこには別の男が幾つかのクラブを手に取って品定めしている所だった。

男はその男に会釈しながら身体を前に割り込ませて、欲しかったクラブを手に取る。


…その何気ない一連の所作の中には、服の袖に仕込んだシャープペンシルを使って、男に針を差し込むことも含まれていた。

針を差し込まれた男は、静電気に当たった時のような痛みを一瞬覚えるが、自分の衣服がセーターであることと、男が左手に付けていた金属の重厚な腕時計を見て苦笑いをして見せる。


男も、急にビクついた男に起きた事を察した様子を見せて、小さく首を下げた。


その後、男は少しの間、クラブを握って…ゆっくりと、小さく、素振りする素振りを見せた後で、値札を見てからクラブを戻した。


 ・

 ・

 ・


その日の夜。

男と、男の妻が準備を終えて、店のテーブルに自作料理を並べ終えた頃。

店の窓ガラスの奥に、1台の白く古い車が映った。

その車から出てきた影は、直ぐに店の扉を開けてやってくる。


「あれ、まだ誰も来てないの?」


女はそう言って、何時もと同じ席に付く。


「ああ。だけど直ぐに来るだろうよ」


テーブルに大皿を並べていたマスターが答えた。

その後ろから現れた小柄な影が女を見て声を上げる。


「あら、志希ちゃん。いらっしゃい」

「こんばんわ。今年もお邪魔しますね」


女は、偶に店に顔を出すマスターの奥さんだ。

昔からの常連である、志希と呼ばれた女は、人懐っこい笑みを浮かべた。


「お邪魔しまーす……っと、常名が先だったか」


その直後、扉が開いて4人家族が入ってくる。

先頭に居た、大柄な男は先に来ていた女を見てそう言った。


「やぁ、霧立さん。学生は暇だしね」


女はそう答えて、背後からやって来た男の2人の子供に手を振って笑顔を見せる。


「公務員も暇だぜ」


男はそう言って家族をボックス席に座らせると、何時もと同じ女の横…カウンターの席に座って煙草を咥えた。


「お姉ちゃんの方は受験生だっけ?」

「そ、お前何か教えてやってくれ。俺には無理だ」


ボックス席の方から、マスターの奥さんと男の家族の談笑が聞こえてきた。

カウンターでは気の置けない常連が煙草を吹かしながら話し出す。


もう一度、店の扉が開いた。


カウンターに居た2人は、共に吸い始めたばかりの煙草を咥えたまま扉の方に顔を向ける。

入って来たのは、何処にでもいそうな青年と、身なりの整った女とその家族だった。


「よぉ、何だ、宝角。奈保子ん所と一緒に来たのか?」


大柄な男がそう言って青年に声を掛ける。


「ああ。地上に出たら奈保子さんの車が目の前に信号待ちして止まってたのさ」

「そうそう。それで、乗っけてきたの」


青年と女は、そう言って彼らが何時も座るカウンターの席についた。

女の息子は、煙草を吹かしていた女をじっと見て首を傾げるが…直ぐに、ボックス席の方から名前を呼ばれてそっちの方へと駆けていった。


「6年生だっけ?」

「そ、来年から中学生よ」

「俺んとこの息子の1つ下だ」


カウンターに座った4人は、何時ものようにマスターの立つ方ではなく、ボックス席に座って談笑し、遊び始めた子供たちを見ながら会話を重ねる。


そんな4人の方に、マスターがトレーを持って飲み物を配りにやって来た。

4人はそれぞれのグラスを手に取って、マスターに小さく笑いかける。


「どうだった?」

「良いものだったよ。結果はまだだ。でも…もうそろそろだろうよ」


声を一段低くして尋ねた身なりの良い女の問いに、マスターが答える。


「よーし、全員飲み物は回ったか?」


マスターは声色を一気に変えて全員に聞こえるように声を張った。

それぞれの飲み物を片手に持つと、全員がマスターに注目する。


「さーて…今年も後少しだけども。まぁ、何時もと変わらずのらりくらりとやってこれた訳だ…1年お疲れさん…そして、ありがとう」


マスターは苦笑いを浮かべながらそういうと、周囲にいた数人が笑って、数人が吹き出す。


「また来年もこのまま頼む。だけど、その前に今年の終わりを祝って…乾杯」


マスターは周囲のリアクションに何を返す訳もなく、淡々と続けると、グラスを掲げてそう言った。


その直後、店にいた全員がグラスを掲げて乾杯を始める。

それから、普段は静かな店に、賑やかな声が響き渡った。


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