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令和宵闇無頼道中  作者: 朝倉春彦
春先の大掃除
10/28

4.体中に糸を持つ女

天城奈保子は着ていたコートに張り巡らせていた針金の先端を掴むと、少しだけ抜き出した。

今日張り巡らせている針金は、この前に使った注射針のようなものではなく、正真正銘の針金だ。

ステンレス製の極細ながら頑丈なそれを、少しだけ抜き出した彼女は、一度針金の先端に目を落としてから、直ぐに行動に移った。


ここは駅のプラットフォームの端。

監視カメラの真下で、天城は目の前の男の立ち位置を確認すると、そっと針金を張り巡らせ始める。


目の前に立つ半グレ風の中年男の足元…腰、手首に、身体に当たらぬように張り巡らせる。

まだ電車が来る時間では無かったが、天城は淡々とその時に備えて準備を進めた。


…まだ、目当ての電車の時間でもないのに関わらず、駅のアナウンスが鳴り響く。

天城は、そのアナウンスを合図に動き出した。

そのアナウンスは、時刻表にもない通過車両が通る合図。

彼女は、電車の音を確認しながら、そっと右手を引いた。


「ああ…!」


目の前にいた男は、自分の意思とは無関係に動き出した自分の身体に驚いて声を上げる。

だが、周囲の人間からすれば、それはこの世から消え去る決意の叫び声にしか聞こえなかった。


勢いよく、線路に飛び出していった男は、汽笛を鳴らしながら現れた電車の目の前に飛び込んでゆく。


「……!」


その刹那、天城は瞬時に針金をコートの中に引き戻す。

それと同時に、ついさっきまで目の前に立っていた男は視界からフェードアウトしていった。

耳をつんざくような汽笛と、周囲の悲鳴。

彼女も"周囲の一般人"と同じようなリアクションを取りながらも、衝突音が響いた方から顔を背けた。


 ・

 ・

 ・


マスターは店の前に止まった白い車の影を見止めて、磨いていたグラスを棚に戻す。

何時もは1人分しか出てこない人影は、今日は2つだった。

マスターはそれを不思議に思いながらも、扉の方に目を向ける。


「こんばんわー」


扉が開き、入ってきたのは2人組の女だった。


「珍しいな。志希と奈保子の組み合わせは」


マスターは、それぞれ何時もの席に付いた2人を見て言った。


「奈保子さんに呼び出されてね。今日はアッシーちゃんってわけ」

「古い女だな相変わらず」

「仕方がないじゃない。慣れてるとは言ってもスプラッタは無いよ」


常名はそう言って、天城の方に顔を向ける。


「ま、そんなことは無いんだけどね。ただ"見届け人"だった志希ちゃんには刺激が強かったかなって」


彼女はそう言って微笑むと、マスターに今日付けの新聞の記事を手渡した。

そこそこ大きく書かれた、1人の男の"自殺"の記事だった。


「目の前で飛び込んでいくものだから、その後が大変だったのよ?」

「あの演技は中々だったよ。マスターにも見せてあげたかったくらい」

「ま、目の前だし話の一つや二つは聞かれるわな。ただ、常名。奈保子のそーゆーとこ、何度か見てっから想像は付くぜ」


マスターはそう言いながら、新聞の切れ端を仕舞うと、代わりに封筒を2つ取り出して、それぞれに手渡す。

何時もより分厚い封筒を受け取った2人は鼻を鳴らして中身を確認すると、それぞれコートの中に仕舞いこんだ。


「結局、あの日はあれやこれやあった後に駅前で志希ちゃんと合流して、そのまま乗っけてって貰ったの。あ、それと、働き先に言って暫く休職させてもらうことになったわ」


天城はそう言って、マスターが出してきた紅茶の入ったカップに口を付ける。


「休職?」

「そ、1月お休み。半分は溜まりまくってた有給だけど、もう半分は休職の扱いでね」

「随分と良い会社だな」

「それはもう、こう見えても優良社員ですから」

「偶に銀行行っても、奈保子さんだけ動きが違うよね」

「そう?」

「うん。人の1.5倍速くらい。速いし丁寧だし」

「他の人が遅いだけなんだけどね。それに、あと少しもしたら全部機械に置き換わって私は要らないんだろうなぁ…って最近思うようになってきたの」

「大丈夫。奈保子さんが定年まではきっとそうなってないから」


カウンターの席に座った2人の女が会話を弾ませ始めた時、マスターは何かを思い出したように袋を取り出すと、天城の方に渡した。


「ん?これは…?」

「瑞季の左手」

「ああ!忘れてた!ありがと、マスター。出来たらまた渡すから、宝角君に宜しく言っておいてね」


彼女はそう言って袋を取って自分の横の席に置く。


「瑞季さんの左手?じゃ、今はあの人左手無し?」

「いや、予備…というか普段付けてる何も動かない義手を付けてるよ」

「へぇ…そんなのあるのは知らなかった」


常名はそう言って、袋の方に目を落とす。

天城は、そんな常名の様子を見たからか、袋から宝角の義手を取って常名の方に向けた。


「うわ、リアル……」


常名はこの前、目の前で木端微塵になった男の事を思い出して少しだけ顔色を悪くする。

天城は何も感じていないようで、意気揚々と"制作"した特殊な義手をバラバラにし始めた。


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