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とあるスケルトンの七日間  作者: 白洲ヨム
二日目『小さな冒険者達』
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第三節『些細な善行』


 今の今まで、自分が呑気に過ごせていたせで、あまり実感は持てていなかったのだが。


 しかしここは本来、数多の魔物が、我が物顔で徘徊する危険な場所である。


 中には当然、人間を襲う、凶暴な魔物だっているはずなのだ。



 例えば先ほど見かけた、ライオンと虎がくっついたような魔物とか。

 もし万が一、この子ども達が、ああいう連中と遭遇をすればだ。

 おそらくすぐに襲われ、命を落としてしまうことだろう。

 そして彼らの方に、それを防ぐ手立ては無い。


 となるとやはり、このまま彼らを放っておくことはできない。

 一刻も早く、できる限り安全な場所へと退避させるべきなのだ。


 そう状況を整理した僕は、素早くひとつの決心を固めた。


(よし! 連れて行こう!)


 自分の手で、二人をこの森から連れ出そう、と決めたのである。

 それが唯一、彼らの命を救う方法だと思ったから。


 そこで早速、その決意に従って、僕は少年の方へ歩み寄っていく。

 走り回る鶏を捕まえる時のように、大きく両手を広げながら。


 当然少年は、そんな僕の行動に反応し、驚いたように体を跳ねさせたが。

 しかしすぐ冷静さを取り戻すと、やはり勇敢に、こちらへの攻撃を再開した。


 だが僕は、繰り返し体を叩く玩具の剣を無視して、一気に少年へと近づく。

 そしてその小さな体を、抱き締めるようにがっちりと捕まえた。

 さらに次いで、相手を拘束しながら、無理やり脇へと抱え込む。


 結果、何か荷物でも運んでいるような格好になった。

 もちろんこの状態のまま、危険が少ない場所まで連れていくつもりである。

 意志の疎通ができない以上、少年の安全を確保するには、これしか方法が無いと思ったから。


 ゆえに続けて少女の方にも歩み寄り、今度は片手で捕まえると、同じように抱え込む。

 これで準備は万端、後はこの場を離れるだけだ。


 なので迷わず、僕は両脇に子どもを抱えたまま、猛然と走り始めた。

 おそらくは安全であろう、この森の外を目指して。


 ただしその間、子ども達がおとなしくしていたわけではない。

 少年の方は、こちらの腕を叩いたり噛みついたりして、必死に暴れ抵抗をしている。

 また少女の方は、ほとんど絶え間なく、怯えた様子で泣き叫んでいた。

 そうした反応に、怖い思いをさせているのだと実感し、僕の胸は徐々に痛めつけられていく。


 しかしこれも、全ては彼らの命を守るため。

 僕が苦しいという理由で、投げ出すことは許されないのだ。

 その決意を支えに、僕は心の痛みに耐えて、ひたすらに足を動かし続けた。


 するとその、何とも騒々しい、奇妙な脱出行の果てで――


(ん……? 光?)


 突然僕の目に、ひどく明るい、太陽の光らしきものが飛び込んでくる。

 どうやらようやく、森と外部との境目に到達しようとしているらしい。


 ならば目的の達成までは、後もう少しのはずだ。

 その事実に力を得て、僕はさらに進む速度を上げた。


 しかしその直後、再び体に、いつかと同じ強烈な硬直が生じる。


(あっ……これは!)


 まるで体が凍りついたかのように、突然前へ進めなくなってしまったのだ。

 おそらく例の力が、『これ以上持ち場から離れるな』と警告しているのだろう。

 たいへん残念だが、レスキュー隊員の真似事は、ここで終了せざるを得ないらしい。


 とは言えもう、安全な外の世界はすぐそこである。

 きっと後は、彼ら自身に任せても大丈夫だろう。

 役目は十二分に果たした、と言えるのだ。


 そこで僕は、脇に抱えた子ども達を、前方の光に向かって放り投げた。

 未だ暴れて喚き散らす彼らを、できる限りここから離れられるよう、精一杯の力で。

 かなり乱暴なやり方だが、今は身の安全が最優先だし、まあ妥協するとしよう。


 そうやって思い切り投げ飛ばされた少年と少女は、わずかな時間宙を舞って、少し先の地面に落ちる。

 二人はそこで、すぐ僕の方を振り返り、驚きの表情を浮かべた。

 何が何だかわからない、という雰囲気である。

 魔物に命を救われた、なんて思ってもいないだろうから、それで当然なのだが。


 そんな彼らに対して、僕は大きく腕を振り上げると、その場で暴れて全身の骨を打ち鳴らす。

 彼らをより怯えさせ、このまま森から離れてもらうために。

 すでに少年の方も、僕には勝てぬとわかったはずだし、何とかこれで諦めてはくれないだろうか……


 するとその目論見通り、僕の凶暴な姿を見た子ども達は――


(……お? うまくいったのか?)


 慌てた様子で立ち上がり、今にも泣き出しそうな顔で走り出した。

 前方に見える、外の世界の光へ向かって、脇目も振らずまっすぐに。

 どうやら僕の試みは、狙い通りの結果をもたらしてくれたらしい。


 僕はそうして逃げ行く彼らを、その小さな背中が見えなくなるまで、しっかりと見届ける。

 さらにそれを果たしてから、やれやれやっと終わりか、と肩の力を抜いた。

 悲劇にならなくて何よりと言うか、とにかく十分に満足のいく結末である。


 ただそんな風に落ち着いたことで、視野が少し広くなったせいか。

 不意に僕は、予想だにしなかったものを視界に捉える。


(おや、あれは……村?)


 木々の隙間から、遠くにうっすら、小さな建物の群れが見えたのだ。

 かなり離れているので確実ではないが、おそらく人が住む村だろう。

 きっと先ほどの子ども達も、あそこから来たに違いない。


 となるとますます、あの二人の安全は揺るがない。

 さすがに見えている場所へなら、問題なくたどり着けるはずだから。

 いや本当に、よかったよかった……


 ……と、僕は独り、ホッと胸を撫で下ろしていたのだが。

 そんな僕の身に、次いで突然、ひどく奇妙な現象が発生した。


(……何だ? 何か……熱いぞ?)


 なぜだか全身が、やたらめったら熱くなってきたのだ。

 あたかも巨大な炎で、至近距離からあぶられているかのように。

 もし骨だけの体でなかったら、大量の汗が噴き出していたことだろう。

 無論理由はわからないので、僕としては戸惑うしかない。


 しかし意外とすぐ、その原因には目星がつく。

 昨日ゴブ先輩が、くどいくらい丁寧に教えてくれた、人間の町についての話のおかげで。


『ならここで、大切な注意点だ。

 何があっても、絶対に人間どもの町へは行くなよ』


『クソ天上神様の聖なる力とやらが、たっぷりと溜まってる場所だからさ。

 俺達が踏み込んだら最後、その力に全身を焼かれて、地獄の苦しみを味わう羽目になるんだ』


 つまりは前方の村に満ちている、天上神様の力とやらが、僕の体へ影響を与えたようなのだ。

 目を凝らさねば気付かぬほど、遠く離れているにも関わらず。

 おそらくさらに近づけば、もっと凄まじい苦痛が訪れるのだろう。


 いやはやまったく、魔王の加護にしてもそうだったが、本当に恐ろしいという以外の感想は無い。

 やはり神の力というのは、僕のような平凡な人間――今は魔物だが――にどうこうできるものではないのだ。


 となればここで、僕がとるべき選択肢はひとつ。

 可及的速やかに反転し、おとなしく森の中へ引っ込むことである。

 聖なる力に痛め付けられる上、いつ人間と出くわすかわからない、この場所よりは安全なはずだから。


 そこで僕は、さっさと踵を返し、森の奥へ向かって歩き始めた。

 神々の力の凄まじさに、改めて脅威を感じつつも、その一方で――


(いいことしたなあ……)



 ひと仕事やり遂げたぞ、という心地よい満足感に、思う存分浸りながら……








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