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とあるスケルトンの七日間  作者: 白洲ヨム
一日目『望まぬ勤め先』
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第三節『破滅と再生』


『次は自分が退治される番だ』



 眼前で突如として暴走し、あえなく斬り捨てられたゴブ先輩。

 その無惨な死に様は、間を置かず僕も同じ道をたどるはず、という現実を否応なく突きつけてくる。

 それを回避し、生き残るためには、今すぐにでも逃げなければならない。


 しかしなんと、そうはっきり理解しているのにも関わらず、僕は動き出すことができなかった。


(えと……あう、いや、どうすれば……)


 なぜなら急すぎる状況の変化に、頭が全く追いついていなかったから。

 次にどうするべきとか、そういう事が一切考えられぬ状態なのである。

 まあ命の危機に晒される、なんて生まれて初めての体験なんだし、仕方のない反応と言えるだろうが。


 しかしだからと言って、それを理由に例の冒険者達が、僕を放っておくわけはない。

 僕は彼らにとって、意志の疎通が不可能な、単なる敵対者に過ぎぬのだから。


 その証明であるかのように、次いで連中の内の一人――戦士風の巨漢が、こちらへ向け大股で進み出てくる。

 手に持つ巨大な斧を、隙無く両手で構えながら。

 攻撃の意志を持っているのは、確認するまでもない明白な事実だった。


 ならば当然、僕がやるべきなのはひとつ。

 可及的速やかに体を反転させ、この場を離脱することだ。

 どう考えても勝てない相手なんだし、それが間違いなく最善の選択である。


 そう現状を認識することで、ようやく正気を取り戻した僕は、すぐさま体へ力を込めたのだが――


(あ、あれ……え? 何だこれ!)


 しかしその思いとは裏腹に、なぜだか僕は、手に持つ槍を構えていた。

 眼前の巨漢に対し、まっすぐそれを突きつけていたのだ。

 こちらには戦う意志があるぞ、と宣言するかのように。


 もちろん、自ら望んでやっていることではない。

 誰かから操られているかのように、体が勝手に動いてしまうのだ。


 しかもそれと同時に、心の奥底で、なぜか強い破壊衝動が生まれる。

 とにかく暴力を振るいたい、それで何かを壊したい――そんな欲求が、今にも溺れそうなくらい高まってきたのだ。

 当然僕としては、その唐突すぎる自分の変化に、ただただ戸惑うしかなかった。


 しかしその原因には、間もなく察しがつく。


(……いや、待てよ。ひょっとして、さっきのゴブ先輩も……?)


 それは脳裏にふと、先ほどのゴブ先輩の、正気とは思えない振る舞いが浮かんできたから。

 彼も自分と同じく、戦いなど望んでいない印象だったのに、人間との遭遇をきっかけに豹変した。

 まるで誰かから、そう厳格に命じられでもしたかのように。


 つまりは――


(これが魔王様の加護……ってこと?)


 強大な力と引き換えに、対象の理性を残らず奪い、無理やり眼前の敵と戦わせる。

 どうやらそれこそ、魔王が下僕たる魔物達にもたらす、恐ろしい加護だったらしい。


 おそらくこいつに煽られて、ゴブ先輩も例の勇者一行に襲いかかったのだろう。

 恩恵と言うよりは呪いに近い、強制的な干渉である。


 となればもちろん、これは非常に由々しき事態だ。

 なぜならこのまま事が進めば、自分も間違いなく、ゴブ先輩と同じ末路をたどってしまうから。

 無論できれば……と言うか絶対に、そんな状況は避けたい。


 だから僕は、必死で歯を食い縛り、その場に踏み留まろうと努力した。


(くそっ……止まれ、止まれっ……!

 ……うわああっ!)


 しかしその頑張りは、すぐさま水泡に帰してしまう。

 沸き立つ破壊衝動があまりにも強く、結局抑えることができなかったから。


 ゆえに僕の足は、意図せず前へと進み出ていった。

 ただまっすぐ、眼前に迫る、例の戦士風の巨漢を目指して。

 あたかも見えないロープか何かで、強く引っ張られているかのように。


 しかも自分でも驚愕するほどの、凄まじいスピードでだ。

 これではもはや、完全に突撃体勢である。

 敵意が無いと信じてもらうのは、どうあがいても不可能だろう。


 その予測通り、巨漢の脇に控えた女魔法使いが、僕の突進を見て動く。

 慌てず騒がず、冷静に手の杖を、こちらへ向け突きつけてきたのだ。

 まるで僕に対して、何か命令でもするみたいに。


 すると突然、僕の足下に、魔法陣らしきものが出現し――


(うっ……か、体が……)


 それを踏んだ瞬間、体が突然、微動だにしなくなってしまった。

 急に見えない鎖で、全身をぐるぐる巻きにされたかのように。

 どうやら今のは、魔物の行動を封じる術か何かだったらしい。


 そうして完全に拘束され、リアル骨格標本と化した僕だったが。

 そこへ今度は、戦士風の巨漢が、斧を担いでまっすぐに向かってくる。

 そして僕へ肉薄すると同時に、そいつを高く抱え上げて、一気に振り下ろした。


 その瞬間、僕は世界が、スローモーションになったような感覚に陥る――


(……あっ)


 ――こともなく、あっさりとその直撃を食らう。

 回避なんて不可能なわけだし、まあ当然の成り行きである。


 結果として僕の体は、易々と斧で粉砕された。

 そして各部位の骨が、勢い良く周囲に飛び散り、次々と地面へ崩れ落ちていく。

 あたかも積み木で出来た巨大な城が、やんちゃな子どもに打ち壊された時のように。

 もはや自分の意志で動かせるのは、ほぼ首だけという状態だ。


 ただし幸い、痛みは全く感じなかった。

 まあ神経も何もあったものではない体だから、ある意味当然のことなのだが。


 そうして戦闘能力を奪われた僕に、今度は神官風の男が近寄ってくる。

 彼はそのまま僕の側にしゃがみ込むと、目を閉じて祈りを捧げ始めた。


 おそらくはまあ、とどめを刺すつもりなのだろう。

 具体的に何をしているのかは、一切不明だが。


 そう自分の現状を理解したことで、僕は否応なく思い知らされる。


(えーと……これで、終わりなのかな?)


 この摩訶不思議な体験が、今にも終わりを告げようとしているのだ、と。

 魔物に変わってしまった肉体が、この世から消え去ることによって。

 要は自身の死を、すでに逃れ得ぬものだと認識したのである。


 ただし、『まだ初日なのにずいぶんと早いんだなあ』などと、呑気な感想を抱きながらだが。

 きっと現実感が薄くて、フィクションみたいに感じてしまっているからだろう。


 だから別に、怖くはなかった。

 滅びを間近にしながらも、怯える感情は一切無かったのだ。

 このまま元の場所へ戻っていく、ただそれだけの話だろう、と考えていたのである。


 しかし次の瞬間、そんな僕の予想を裏切って、事態はあらぬ方向に動き始める。

 まるで僕が諦めることを、運命の方が受け入れなかったかのように。


(……ん? 何か話してる……?)


 不意に後ろから、例の勇者然とした青年が、神官風の男に声をかけてきたのだ。

 それを受けて、彼はすぐさま振り返り、二言三言会話を交わした。

 僕には意味のわからない、彼らの間だけで通じる言葉を使って。


 そしてなぜか、こちらに視線を戻すことなく立ち上がり、森の奥へと歩き去っていく。

 僕を放置したままで、もちろん他の冒険者達と共に。

 僕はその成り行きを、しばし呆然と見送った。


 ただそう彼らの後ろ姿を眺めつつ、それが視界の外へと消えた頃に、僕はようやく事の次第を理解した。


(見逃してくれた……ってことか)


 どうやら彼らは、僕に構わず先へ進むことにしたらしい。

 詳しい事情は不明だが、きっと急いでいたとか、あるいはこんな雑魚に構っていられなかったとか、そんな理由からだろう。

 要はすれすれのところで生き延びた、というわけである。


 とは言え一方、僕の体は未だにバラバラなまま。

 骨の各部が砕けて、周辺の地面に散乱している状態なのである。

 全く動きがとれぬ、ということに何ら変わりはないのだ。


 ゆえに僕は、さてはてこれからどうしたものか、と他人事のようにぼんやり考えていたのだが――


(……あれ? 何の音だ?)


 その最中にふと、自分のすぐ側から、小さく奇妙な音が聞こえてくる。

 どこか軽めの石ころを、互いにぶつかり合わせているような響きだ。

 またそれは、なぜか徐々に数を増やし、やがて周囲を埋め尽くすまでになった。


 当然、音の原因に心当たりは無い。

 そこでその正体を確かめるべく、僕は唯一動く首を巡らし、付近の地面に視線を向ける。


 その結果として、僕が目の当たりにしたものは――


(うわっ! なんだこれ!)


 バラバラに砕けたはずの、僕の体を構成していた骨達が、生きているかのように跳ね回っている様だった。

 さながら踊り狂う骸骨、完全にホラー映画の領分である。


 しかも次いで、その不思議な骨達は、意志を持っているかのごとく移動を始める。

 そして整然と地面の上へ、僕の全身を再現するように並んでいった。


 まるで先ほど体が砕かれた時の映像を、素早く逆再生しているかのような光景だ。

 そんな見るも恐ろしい状況が、僕の周りではしばらく続く。


 そしてさほど時間もかからず、その骨ダンスは終演を迎えた。

 移動を済ませた骨達が、互いに密着し繋がり合い、完全に元の骨格を再構築したのだ。

 これまた真に驚くべき現象、それこそ夢でも見せられたような気分である。


 しかし無論、これは間違いなく現実。

 だって再構築された手足を、僕は一切の不都合無く、自分の意のままに操れるのだから。

 あたかも最初から、何も起こっていなかったかのように。


 その異常事態を前に、僕は自然と思い出した。

 自分が今、いったいどんな存在であるのかということを。


(そっか……僕、アンデッドなんだよな)


 アンデッドと言えば、死そのものを超越した、不死身の怪物。

 おそらく普通に倒しただけでは、こうしてすぐさま復活するのだ。


 だから先ほどの神官は、僕に近寄り、祈りを捧げるような素振りを見せたのだろう。

 この強烈な再生能力を、浄化の魔法か何かで防ぐために。

 天上の神に仕える者ならば、そのくらいは出来てもおかしくない。


 しかし僕が弱すぎたせいで、彼らはその手間を惜しみ、構わず先に進んだ。

 おかげで僕は、こうして無事に生きて……いるとは言いがたいが、とにかく存在を維持し続けている。

 まさしく急死に一生、望むべくもない幸運である。


 しかし無論、これでひと安心、と考えるのは早計だろう。

 なぜならいつまた、別の冒険者達と遭遇するかわからないから。

 一度発生した事態だし、二度目が起こることだって十分にあり得るのだ。

 そして次は、見逃してもらえる保証なんてどこにも無い。


 加えていったん対峙したら最後、逃げ出すことは不可能だ。

 再び魔王の力に操られ、冒険者達に襲いかかってしまうはずだから。

 それを防ぐ手段となると、残念ながら今の僕の知識では、さっぱり検討もつかない。


 そうして追い詰められた結果、僕は自分のやるべき事を完全に見失ってしまう。

 できたのはせいぜい、力なく仰向けに寝転がり、森の木々に覆われた狭い空を見上げながら――


(これから……どうしよう?)



 ただひたすら、途方に暮れることだけだった……








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