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とあるスケルトンの七日間  作者: 白洲ヨム
一日目『望まぬ勤め先』
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第二節『不意の遭遇』


 そうして出立した後、しばらく僕は、ゴブ先輩と共に森の中を歩き回った。


 立ち並ぶ木々の間を抜け、流れる小川を渡り、固い土の絨毯を踏みしめながら。


 巡回という名目で、何をするでもなくふらふらと。



 そうして森を巡り、一帯の様子をある程度把握した結果、僕の気持ちはますます滅入っていく。


(なんて場所だ……)


 なぜなら道中で目に入ってきたのが、どす黒い色をした地面と、濃い紫の葉を繁らせた木の群れ、それから青緑色をした波打つ川面だけだったから。


 また耳に入ってきたのも、遠くから聞こえる奇怪な鳴き声と、風が枝葉を揺らす薄ら寒い音、そして骨と鎧がぶつかり合う軋んだ響きのみだったから。


 禍禍しいことこの上ない、薄気味悪い魔の領域が広がっていた、というわけだ。


 であれば当然、気分なんて上向くはずもない。

 そんな見るだけで心が塞ぐような場所を、ひたすらに歩き回らされているのだから。

 そのせいでもう、仕事を始めて間もないのに、心身共に疲れ切ってしまっていた。


 おまけにこれから先、環境が良くなる見込みも薄い。

 声を出せないこの体では、退職願の提出もできなければ、配置転換の申請だって不可能だから。

 ずっとここで働く以外にない、ということである。


 ゆえに僕は、理解したその現実を前に、すっかり自暴自棄になってしまう。


(もう……どうでもいいかあ……)


 要は矢継ぎ早に変化する状況を受け入れきれず、完全なキャパオーバーに陥ったのだ。

 まあ突然、こんなわけのわからない場所に放り込まれれば、そういう反応になるのも当然だろう。

 そのせいか何やら、気持ちがふわふわしてきて、現実感も希薄になっていた。


 いや考えてみれば、そもそもこれ、現実だと決まったわけでもないのか。

 だって僕は今、急に知らない世界に飛ばされた上、魔物に変身しているのだ。

 普通はこんなの、夢と判断するのが妥当である。

 いくら目に見える物や耳に聞こえる音、それから身体の感覚が、現実と区別がつかぬほどリアルであろうとも。


 その考えに至った瞬間、僕はすかさず現実逃避に走る。


(そっかあ……夢だったかあ……)


 自分の身に起こった不思議な現象と、それにより生じた困難な境遇を、残らず空想の産物と思うことにしたのだ。

 そうして目の前の異常から目を逸らし、追い詰められた精神を癒やすために。

 おかげでほんの少しだが、気持ちが穏やかになった気がする……


 だがそうして、僕が多くの事を諦め、思考を止めようとした直後――

 

(……ん? なんだ……この音?)


 ふと耳に、聞き慣れぬ耳障りな音が聞こえてきた。

 まるで痩せ細った猫同士が、わずかな食べ物を巡り喧嘩をしている時の、威嚇交じりの鳴き声のような音だ。

 いったい何が、こんなにも禍々しい音を立てているのだろう。


 そう訝しんだ僕は、すぐその正体を確かめるため、音の方へと視線を向ける。

 するとなんと、そこに見えたのは――


(……ゴブ先輩?)


 いつの間にか僕から少し離れていた、ゴブ先輩の背中だった。

 どうやら先ほどの奇怪な音は、彼が上げた雄叫びだったらしい。

 意外と言うか驚きと言うか、これまた突然の豹変である。


 しかし僕は、彼がそういう行動をとった理由を、間を置かず理解する。

 次いで先輩の眼前に居並ぶ、武装した人間達の集団を見つけたから。

 そう、日頃この森へは滅多に訪れぬはずの人間達が、臨戦体勢でこちらを睨み付けていたのだ。


 そんな彼らの先頭に立つのは、大きな斧と重そうな鎧を身に付けた、戦士風の巨漢。


 その横ではたっぷりとしたローブと、背の高い帽子が特徴的な、魔法使い風の女性が杖を構えている。


 また脇に伸びる高い木の上に、鋭い眼差しとしなやかな肢体が目を引く、盗賊風の小柄な少女の姿もあった。


 さらに後方では、厳格そうな表情を浮かべた、神官風の壮年男性が控えている。


 そしてその物騒な集団の中心には、いかにも勇者風な佇まいの青年がいた。

 絢爛豪華な武具を身に纏って、自身の存在を誇示するかのごとく、威風堂々と立っていたのだ。

 見るからに魔物討伐に来た冒険者、と言った雰囲気の一行である。


 そんな連中が現在、突如獰猛さをあらわにした、ゴブ先輩と対峙している。

 となれば次に何が起きるかは、想像するまでもない。

 両者の武力衝突、すなわち命の奪い合いが始まるのだ。


 しかしもちろん、それはおそろしく無謀な試みである。

 なんせ相手は五人、しかも明らかに手練れの空気を漂わせている連中だ。

 どう考えても、ゴブ先輩が勝てる相手とは思えなかった。


 なので彼が、何のつもりでその一行に食って掛かっているのか、僕にはさっぱりわからない。

 やはりここは、すぐにでも制止しなければまずいだろう。

 そこで僕は、ゴブ先輩の元に駆け寄ろうと、慌ててそちらへ一歩を踏み出そうとする。


 だがそれよりも早く、彼の方が行動を起こしてしまった。

 再び先ほどと同じ、奇怪な雄叫びを上げた後、脇目も振らずに突進を始めたのだ。

 例の集団の中央に立つ、勇者とおぼしき人物に向かって。


 しかも突進の勢いは、僕が予想した以上に凄まじい。

 まるで見つけた獲物に襲いかかる、飢えた獅子のごとき激しさだったのである。

 今までの彼からは考えられぬ、その獰猛な振る舞いには、同一人物なのかの疑いさえ抱いてしまう。


 ただその異様な光景を前に、ふと僕は思い出した。


(いや……待てよ)


 その吞気な先輩が、ひどく重要そうに語っていた、この森のとある性質を。


『そいつは大地の魔力とやらが、極端に集中する場所らしくてな。

 そこに信仰対象の神様の祭壇を設置すると、近くにいる信徒が加護を受けられるんだ。


 具体的にはまあ、体の力が強くなったりとか、凄い魔法が使えるようになったりとかだな。

 だから両陣営とも、必死にそれを奪い合ってるわけさ』


 つまりは今のゴブ先輩も、その魔王様の加護とやらを受けて、戦闘能力が上昇しているのだろうか。

 それであの人間達を恐れていない、ということなのだろうか。


 確かにそう考えれば、色々と辻褄が合ってくる。

 彼はきっと、勝つ自信があるからこそ、ああいう事をしているのだ。

 ならばこの困難な状況だって、すぐにあっさり打破してくれるのかもしれない……


 ……という僕の甘ったるい期待は、次の瞬間刹那も続かずに蒸発した。


(あっ……!)


 真に残念ながらと言うか、至極当然と言うか。

 相手がゴブ先輩よりも、ずっとずっと強く素早かったから。


 その勇者らしき人物は、猛然と襲い来るゴブ先輩に対して、手の剣を横薙ぎに一閃させたのだ。

 まさしく目にも留まらぬ、と言った尋常ならざる速度で。

 大木すら一刀両断にするかも、と思ってしまうくらいの、強烈で容赦の無い斬撃である。


 そいつを避けきれず、正面からまともに受けたゴブ先輩は、直後に声を上げる。

 森の隅々まで響き渡るほどの、長く大きな叫びを。

 それは断末魔の絶叫、と称して差し支えの無い、心が痛くなるような悲鳴だった。


 結果として彼は、そのまま脱力し、地面に倒れ込んでいく。

 確認のしようはないが、おそらく事切れているとみて間違いないだろう。

 その唐突な悲劇に、僕はひたすら呆然とするより他はない。


 しかも次の瞬間、そんな僕の眼前で、さらに驚くべき事態が発生した。


(……え? か、体が……!)


 なんと大地に伏したゴブ先輩の肉体が、突如として灰のような物質に変化し、原形を保てず崩れ落ちていったのだ。

 僕が事態の推移に動揺し、全く動けないでいる間にである。


 その光景は、巨大な砂の城が、突風にさらされ倒壊する様に良く似ていた。

 魔物と言うのは皆、命を失うとすぐ、ああいう風になってしまうものなのだろうか。

 だとすれば、ひたすらに恐ろしいと言うしかない。


 そうして僕は、眼前の苛烈な状況に、完全に圧倒されていたのだが。

 ただそこへ、『そんな場合ではない』と本能が警告したかのように、ふとひとつの思いつきが浮かんでくる。


(……あれ? これってもしかして――)


 それは自分の未来ついての、ごく当然であると同時に、とてつもなく不都合な予測だった。



(次は……僕の番ってこと?)








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