5 Fランク
結局昨日は一睡もできなかった。
40歳の誕生日に訪れた突然の転機に、年甲斐もなく興奮してしまったようだ。
「とりあえず行くか」
いつもの習慣を早めに切り上げ、ハルとの約束の通り10時に集会所〈ティガーホール〉へと向かった。
「遅いわよ」
そこには機嫌が悪そうなハルと困った顔の受付嬢テルーズがいた。
「ちょうど10時だろ」
「5分前行動。冒険者の基本よ」
「へいへい。女王様」
「その呼び方やめて。ところでアンタ、冒険者ランクがFって本当なの?」
「ああ。万年Fランクのインビスとは俺のことだ」
俺がドヤ顔で答えるとハルは目を限りなく細め、あまりにも深い溜息をついた。
「溜息だけってのが一番傷つくんだが」
「アンタね。アンタのせいで私までFランクからスタートしなくちゃならないのよ。そうなのよねテルーズ」
「はい。ストアさん。新たにパーティを組む場合、規定としてパーティ内で最もランクの低い方のランクに合わせてのスタートになります。ですから二人でパーティを組むとなると自動的にFランクからのスタートとなります」
なるほど、テルーズの困り顔はこういった訳か。
パーティランクに関してハルに詰め寄られたに違いない。
「はぁ。Fランクからなんて有り得ない。私がSランクなんだからせめてパーティでもAとかBからスタートさせてくれればいいのに」
「お前、Sランクなのか?」
「アンタ冒険者なのにそんなのも知らなかったの。報酬ランキング10位からがSランクになるのよ」
ハルは呆れた様子で俺のことを睨む。
それも仕方ない。SランクとFランクはさすがに差がありすぎる。
俺だって冒険者を始めた頃は昇級や有名パーティ加入を目指した。
AランクやSランクで活躍し、英雄と呼ばれる冒険者たちに少しでも近づこうとした。
だが現実は甘くなかった。
俺にあったものといえばスライムすら倒すことのできない初級魔法。
ゴブリンにもダメージが通らない剣技。
そして手の平サイズの物を透明にするだけの【透過】スキルだったのだ。
それでも諦めず修行しては何度も何度もクエストに出かけた。
体力や腕力は人前になったが、やはり適性がなくてはモンスターを相手にする冒険者としてはやっていけない。
一人でのクエストに限界を感じ、パーティを組むために仲間を探そうともした。
しかし、適性表が求められる度に、俺は一笑に付されて足蹴にされた。
【透過】スキルを生かそうとサポートに回ろうとしたこともあった。
だが物を透かすぐらいの力は何の役にも立たないと、俺の手をとってくれる人は誰一人としてなかった。
次第に俺は誰にも能力を明かさず、一人でFランクの雑用のようなクエストだけをこなすようになっていた。
「おいオッサン、そこをどきな」
惨めな過去を思い浮かべていると追い討ちをかけるように、何者かに突き飛ばされた。
立ち上がるとそこには銀色の甲冑に身を包んだ長身の男二人がハルの前に立っている。
「お初にお目にかかります【溜撃女王】のストア嬢」
「我々は「「【銀騎士兄弟】」」と申します」
長身の男二人は突き飛ばした俺のことなど目もくれずハルに自己紹介を始めた。
悔しいが俺でも「銀騎士兄弟」の名前ぐらいは知っている。
ハルと同様、最近ランクをぐいぐい伸ばしてきているルーキーだ。
実力だけでなくイケメン兄弟として特に女性からの人気も高い。
「初めまして。ところで何の用?」
声をかけられたハルは無愛想に答えた。
「気高くソロを貫いてきたストア嬢が、パーティを組むとの噂を聞きまして」
「よろしければ考え直し、我々と改めてパーティを組んでいただけないかと思いまして」
余裕の微笑を浮かべた兄弟が銀の髪を靡かせる。
絵に描いたようなキザったらしさに笑ってしまいそうになったが、周りにはもう取り巻きの女性だけでなく、気鋭のルーキーパーティの誕生を見届けようと、多くの野次馬が集まっていた。
「あなたたち、ランクは?」
「Aランク」「パーティでの報酬ランキングは14位」
「って事は私たちがパーティを組むとAランクからスタートできるってわけね」
「そうですストア嬢」「ストア嬢と我々ならパーティでも直ぐにSランクを目指せます」
ルーキーたちの会話に盛り上がる野次馬の外から俺は、呆然とそれを眺めていた。
それもそうか。万年Fランクの俺がSランクルーキーのハルと見合う訳なんてなかったんだ。
40歳のオッサンが若者に乗せられていい気になっちまった。
そう。俺は適性なしの落ちこぼれ、陰で生きることがお似合いだ。
溜息をこぼし、集会所を出ようとするとハルの声が聞こえる。
「私は最強のパーティを目指しているの」
「いいでしょうストア嬢」「我々と一位を取りましょう」
「いえ、アナタたちとは無理。私はある男と最強を目指すと決めたの」
意外な答えに野次馬たちがざわめく。
「「その男とは?」」
怒気の漏れる声で兄弟が問う。
「教えない。私の秘密兵器だから」
ハルがそう言うと兄弟は顔をこわばらせながらも「分かりました。ではごきげんよう」と去っていった。
兄弟が去ったことで取り巻きと野次馬も次第に散り散りになり、俺とハルとテルーズだけがそこに残った。
「もしかして秘密兵器って俺?」
俺は何だか気まずくて、冗談まじりに言った。
「そうよ。だから仕方なくFランクから付き合ってあげるわ」
「ハルちゃーん」
俺が抱擁しようと近づくとハルは背負った大剣に手をかけた。
「【溜・撃・・・」
「わ、分かったから、剣をおろせ」