0 プロローグ
俺はインビス・アーレント。
伝統ある魔法使いの名家アーレント家に生を受けた俺は、幼い頃から何不自由ない生活を歩んでいた。
従者を10人以上も抱えた豪邸に住み。
庭で躓くだけで大人たちが大騒ぎをして駆けつける。
そんな日常の中で俺は育ったのだ。
アーレント家を継ぐ偉大な魔法使いである父と、国立魔法学校の教授を務める母から、期待を一心に背負った長男の俺は、幼いながらに自分が特別であると気づいていた。
そこで芽生えた尊大な夢。
それは最強の冒険者になることだった。
国王に仕えることを望んでいた両親には告げることはできなかった。
だが、巨大なモンスターを討伐して凱旋する冒険者たちを、俺はいつも豪邸の窓から憧れの眼差しで眺めていた。
いつからか俺は両親の目を盗んでは、剣にみたてた木の棒を振ることが習慣となっていた。
そして、もう一つ習慣となっていたのは、女湯を覗くことだった。
やたらとボディが強調された制服を着た巨乳メイド達と、見えそうで見えない仕切りの低い女湯のせいで俺の性癖は歪んだのだ。
「こんな所で何してるんですか!? 坊っちゃん」
「あれれー。迷っちゃったー」
自分の家で迷うはずもない子供がとぼけて女湯を覗こうとする。
これもまたアーレント家の日常風景だった。
だが、そんな日常はある日、突然終わりを告げる。
それは俺の10歳の誕生日だった。
この世界では10歳になった時に、人生が決まる。
なぜならその日に魔法・スキル適性が決定するからだ。
A〜Fまででランク分けされる適性によって、その者が今後使いこなせる能力が決まる。
もちろん適性がなくとも、努力次第で魔法を使えるようになることもあるが、雀の涙。
その上、あらゆる場面で適性結果の提出が求められ、良くない適性の者が成り上がることはほとんどできない。
良い適性結果はそのままその人間のステータスの代わりとなり、良い教育、良い環境、良い仕事、良いパートナーにも恵まれることになる。
この世界では適性こそが、ひととなりなのだ。
だから俺は素晴らしい適性結果を出し、〈火炎の魔術師〉と呼ばれた父のように偉大な魔法使いになる。
そう息込んだ、10歳の誕生日、代々アーレント家に伝わる伝統のローブを着込み、父母と従者を連れて大聖堂へ向かうのだった。
「インビス。頑張ってね」
「はい、母様」
「肩の力を抜けインビス。堂々としていれば良い」
「はい、父様」
両親が期待の目で俺を見ている。
両親ともに適性に恵まれれば、遺伝的に子供も良い適性が出ることが多い。
名家アーレント家の一人息子は、良い適性結果を出すことを当たり前のように求められるのだ。
途轍もないプレッシャーだ。
10歳にしてもう胃が痛む。
「インビス、こっちこっち」
胃痛を堪える俺が振り返ると、そこには金髪美少女の幼馴染フリージアが立っていた。
フリージアもまた名家の生まれで、俺が遊ぶことを許された数少ない友達だ。
「何だよフリージア。もう行かないと」
年下のフリージアに対して緊張がバレないように、冷静を装った。
「はい、これ、おまじない」
フリージアは無邪気に言うと、俺に小さなクリスタルの首飾りを渡す。
つなぎ目が甘く、手作り感が満載の小さな首飾りは、どこか俺を安心させた。
「ん、ありがと」
俺はそっけなく言った。
本当は声を大にして言いたかったが、思春期に入りたての俺は興味なさげに首飾りをかけた。
「さぁ、こちらへ」
神父に連れられて大聖堂の祭壇にまで上がる。
名家アーレント家の適性式ともなれば、両親だけでなく多くの見守り人がいる。
将来の家主に期待してか、傍系の王族すら見物にきている。
「こちらです」
俺が緊張した面持ちで舞台に上がると、神父は教壇の上に置かれた羊皮紙を指した。
縁を金に装飾した仰々しい羊皮紙こそ、適性表、運命の紙である。
クリスタルの首飾りを強く握りしめ、一息を整えてから、俺はゆっくりと羊皮紙に右手を預けた。
大丈夫。
俺はエリートの血筋を引くインビス・アーレントだ。
少なくとも何らかの魔法ではB適性以上は出せるはず。
もしかするとA適性にも恵まれるかもしれない。
「力をお込め下さい」
神父の声に頷き、右手に全身の力をこめた。
すると、インクの染みから徐々に羊皮紙に文字が浮かび上がる。
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《インビス・アーレント》
〈魔法〉
火魔法:F
水魔法:F
土魔法:F
風魔法:F
雷魔法:F
〈スキル〉
透過:A
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嘘だ。こんなはずはない。
全魔法F適性だなんて、ありえない。
あるのは聞いたこともない外れスキル【透過】のみ。
俺が絶望の表情で顔を上げると、そこには同じく絶望の表情を浮かべる神父の姿があった。
神父は一度だけ俺を哀れみの目で見ると、適性表を掲げ、大きな声で読み上げ始めた。
「インビス・アーレント。火魔法:F、水魔法:F、土魔……」
やめてくれ。皆の前で俺の無様な適性表を読まないでくれ。
俺の心臓は唸るほど早く鼓動し、呼吸も荒くなっていく。
適性F、が読みあげられる毎に、徐々にざわめき立つ観客。
眉間に皺を寄せ、怒りに満ちた顔になっていく父。
俯いて涙をこぼさんばかりの母。
心配そうに俺のことを見つめる幼馴染のフリージア。
冷酷に、そして刻々と読み上げられていく適性結果。
もう、やめてくれ。
これ以上俺を見ないでくれ。
「……〈スキル〉透過:A。以上です」
神父が適性結果を読み上げると、静寂が教会を包んだ。
視界がどんどんボヤけ、立っていることもやっとな状態で、救いを求めるかのように父の方をみる。
父の口の動きだけがはっきりと、まるでスローモーションのように動く。
「お 前 は こ の 家 の 面 汚 し だ 。 金 だ け や る か ら 出 て 行 け」
父の声が何度もエコーし、目の前から光が消えた。
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