第五話 小指の星が迷わぬよう
一歩踏み込んで、そのまま跳びあがる。心恩を見て笑っている吹喜の視線は彼から逸れず、金色の扇子は当然のように地面にほど近い高さを旋回して彼の元へ戻ってくる。極限まで透明にしてあったはずの糸は容易く切られ、心恩は慌てて身体を捩り、急降下した勢いのまま一撃を狙う。
「駄目だね」
長い足が心恩に向かって振り上げられる。これ幸いと彼の脹脛を足場に使おうとした心恩の考えは容易く読まれ、靴底が触れる瞬間にぐるりと九十度回転する。僅かに調律を崩した心恩の首元に、扇子の切っ先が付きつけられるのはほぼ同時だった。
「甘いよ、坊や」
はあ、とため息をついて試合を一方的に終わらそうとする吹喜の目に険が宿る。左足の先から右手の薬指に繋がった絶命の糸が、吹喜のうなじを狙っていた。試合終了と此方が気を抜くその瞬間を狙うとは、手段を選ばない子どもに育ったものだと思う。だが矢張り甘い。そのまま扇子を後ろへ放りなげ、更に掴みかかってこようとする心恩の首を片手で掴んで地面に叩きつける。薄い身体が飛び起きようとする前に片足で背中を踏む。丁度胸の裏の位置を成人男性に踏みつけられれば、どんなに柔軟な肉体を持つ子どもでも立ち上がるのは不可能だ。
「終わりでいいね」
と確認すると、荒い呼吸を繰り返していた心恩が「はい」と返事をする。吹喜は今度こそ深いため息をついた。
心恩は例え吹喜に負かされても泣き言は口にしないし、涙を流さない。ああして乱暴に押さえつけられたとて、振りほどこうともがいたりしない。吹喜に「終わり」と言われるまで何度も立ち上がり、向かってくる度胸は認める。急所を幾度となく狙う執念深さも、持っている手札で死力を尽くす様も悪くない。むしろ出来すぎなくらいだ。流石天日子の息子に、"多くの命を屠る星になるだろう"と天啓を代弁させただけある。でも心恩には圧倒的に足りないものがあった。
「心恩、君……相打ちになればいいと思っているね」
無表情で水分補給をしている心恩に声をかけると、彼の穏やかな瞳が緩やかに吹喜を映す。なんとも気に喰わない能面のような顔だ。
「はじめから生き残るつもりがない。違う?」
「……そんなつもりは」
「何も分かっていないな」
自分の守りたいものさえ守れれば、それでいいと思っている。目先の問題だけ片付ければお役御免だと思っている。なんとも幼く純粋な想いだろう。だが世の中は心恩が思うより甘くなく、残念ながら綺麗でもない。
「はっきり言っておくけれど、君が死んだところで婚約者は救われない。彼女が殺し屋の婚約者になるのを心配してるのかもしれないけれど、山賊の恨みを買って一生命を狙われるだけだ。婚約者殿は術式の才があるらしいが、それもいまはまだ些細なものだろう? いくら星家の傘下に身を置いている一族と言えど、蘭族に御家ごと彼女を守り続ける力があるとは思えないな。商家という立場上恨みを買うことは少なくないだろうけど……くだんの族は【ちょっと力のある用心棒】程度でどうにかなるような一味じゃないからね」
「……では、どれくらいの力があれば」
「君が倒すことになる下っ端たちは大したことない。でも、問題はその長だね。彼を殺すには――七雲将全員揃って、五分ってところかな」
それまで顔色を変えなかった心恩が目を見開く。紅茶の注がれた茶器から口を離し、思案するように少しだけ俯いた。子どもらしくない落ち着いた所作。癇癪を起こして泣きわめかれても困るが、かといって彼が大人びた態度を取るたび、居心地が悪くなるのもまた事実だった。ほらみたことか、と衢麒の冷ややかな表情が脳裏に浮かび、消える。そんなことを言ったってね。僕にだって僕の事情があるわけなのだよ、と吹喜は言い訳をする。まあこんな言葉を連ねたところで後輩君は納得しないどころか、更に毒を吐いてくるだろうけれど。
「……吹喜先生とその人が戦ったら、どっちが勝ちますか?」
「言うね、愛弟子くん。――多分、僕の方が意地が悪いから勝つだろうけど、本気でやっても無傷とはいかないかな」
「……何日間戦って?」
「――一週間かなあ」
まあ術式を使えばもう少し早まるだろうけれど、魔力が極端に少なく、特別な技は使えない人狼に対して彼らの持ち得ない手札でねじ伏せるというのは、あまり好みではないやり方だ。必要にかられれば厭わないが、積極的に選びたくはない。
「では今の僕だと」
「持って一時間かな。最悪の場合は即死だね。あの獣はせっかちだよ。僕らが思うよりずっと」
「じゃあ勝負を引き延ばせば引き延ばすほど此方に分がある、と」
「だんだん暗殺者向きの思考になってきたね。坊や」
感心しないな、と吹喜が嘯くと困ったような笑顔が返ってくる。本当に感心しないよ。こんな胡散臭い大人に好き放題されるほど頭の悪い子どもじゃないだろうに。張本人が悠々という台詞でもないか、と結論付けて立ち上がる。
「続きを?」
「今日はもう終わり。僕も疲れたし、君、左手を捻ったでしょう。武器が武器なんだから、もう少し大事にしてほしいな」
「すみません」
「まずは目先の敵から倒しなよ。機会は自ずと訪れる」
「また予言ですか」
「いいや、勘だよ」
――君は衢麒の予言通り、歴代最年少の左手に就任し、その後この国の次期王侯補の暗殺を命じられる。
そして屍の先で出会うはずだ。あの金色に。僕の願いはそれだけ。それだけという言い方は失礼かもしれないね。"僕の数々の願いの一番最後"は、それだ。
だから必ず生き残ってくれよ、僕の期待の星。
◇
――日付の感覚がない。
今日で一体何日目なのだろう。そもそもこの空間に流れる時間は、自分の普段過ごしている世界と同じなのだろうか。隠り世に飛ばされるのは、長年暗殺業をしていてもはじめてのことだから、正常な判断が出来ない。好んで来たい場所ではないが、かといって経験がなければ対策を練るのすら不可能だ。最悪出られなくなったとしてもこの男だけは始末しないと――そう思いながら、糸を構え直す。透明を走る赤い液体が自分のものなのか男のものかすら、分からなかった。
「――鬱陶しい」
美しい銀色の獣は、明確な怒りに満ちていた。所々滲んだ朱が油の染みた毛並みから弾かれ、すうっと滴る。残念ながら、此処まで本気で戦っても尚、致命傷には程遠いかすり傷だ。持久戦に持ち込むしか勝利はないと分かってはいるけれど、只人の心恩と人狼族ではそもそもの体力が違う。分かっていたことではあるが、現実ははるかに厳しく心恩の前に立ちふさがっていた。
王が死に、形ばかりの左手となった心恩に枷はなかった。故に捨て身で挑みに来たつもりだった。勝てなくても相打ちでと準備をしてきた――が、それでもまだ甘かったかと浅い呼吸を繰り返す。他のことを考える余裕はないというのに、ただただ彼女のことが気がかりだった。心恩の大切な幼馴染であり、婚約者――否、"元"婚約者である梦蝶は、時折驚くほどの行動力を見せる。それも、心恩は到底望んでいないほうへ。可愛くて美しく、気高いだけではない女の子なのだ。自分の信念を貫くためになら、手段を選ばない勇気と凛々しさを持つ少女。……やっぱり僕にはもったいなかったな、と笑う。
君は僕なんかよりずっと強い。
鈍い色に光る狼の瞳から逃れるように走り出す。すぐに背中を取ろうと銀が跳びあがり、その隙を狙って糸を伸ばす。足首を捕らえ、思い切り引く。僅かに体勢が崩れた狼の喉笛を狙って小刀を投げると、容易く口で押さえられる。……問題ない。それぐらいは予想の範疇だ。
反対側の手の糸を飛ばし、今度は右手を狙う。察知した狼男が鋭い爪を伸ばして左手の拘束を解こうとした時だった。
「――銀爾!」
男の視線が一瞬声の方へ向く。すかさず小刀を投げれば咥え損なった刃が左肩のあたりに突き刺さる。本当は首を捉えたかったが仕方がない。糸を巡らせ下半身に巻き付けると、渾身の力で引き倒す。本気で抵抗される前に四肢をまとめ上げようとしたが――肉が裂けるのも厭わずに透明を抜ける。まさか。そんな無茶をしたら骨まで糸が食い込むはずなのに。痛覚がないのか、とぞっとした心恩が攻撃に備え受け身の姿勢を取るのと、銀色の狼が検討違いな方へ飛ぶのはほぼ同時だった。
「日華――! オマエッ……!」
――日華。
それは先王の幼名。あの玉座でいつも、何にも関心がないように人々を眺める金色の光の呼称。
つい数か月前に帝によって暗殺された男の名。
「……そんなに似てる? おれの顔。――あのクソ親父と」
吐き捨てるように笑った朝暉の身体を引き倒し、今にも食らいつかんとする狼の視界にすでに心恩はいなかった。ただただ四肢で地面に押し付けた"こなた"をぎらぎらとした瞳で見つめ続ける。骨がきしむ音がするのに、日華と呼ばれたこなた――朝暉は少しも怯まず、苦し気な呼吸もせずに笑っていた。
「ついにおれが誰なのか、あいつが生きてるのか死んでるのかすら分かんなくなった?」
「何故だ! 日華、何故オレを選ばなかったッ! 日華ァ!!」
伸びた爪が服を裂き、朝暉の肩を抉る。血が滲み、怒鳴り続ける銀爾の歯の隙間から流れ落ちる唾液が皮膚を焼く。それでもこなたは目を逸らさず、ただ男を眺めていた。とりあえず拘束しなければと心恩が一歩踏み出すが、朝暉が片手で制する。
「……銀爾、お前に隠しの術式が付与された真珠を渡したのは帝か?」
「――帝?」
その瞬間、叫び続けていた狼の動きが止まった。
「帝か、帝……帝ねェ、笑えるぜ、あの女――晦日はそんな玉じゃないのになァ!」
「じゃあ王に相応しいと……」
「逆だ。オマエも分かってんだろ。あの女は結局全部中途半端なんだよ。空水晶から見放されて日華に座を奪われて尚、あの場所にとどまり続ける諦めの悪さだけは褒めてやるがなァ!」
手足を退け、銀爾が朝暉の周りをぐるりと回る。ゆっくりと起き上がり、血の滲む肩に僅かに顔を顰めると、そのまま立つ。此方に背中を向け、朝暉に集中している銀爾は一見隙だらけに見えるが、違った。朝暉が現れたばかりのときは僅かに動揺があった。だが今はどうだ。"朝暉がいることでむしろ入る隙がなくなった"。
銀爾は先王の時代の王戦で、今は亡き雲王――日華と手を組み、戦を起こしては勝ち続け、結局彼が玉座に着くまでただの一度も"負けなかった"戦神だ。
「守る」ものがあったほうが強くなるということか。心恩は心の中で舌打ちをし、糸のねじれを整える。様子を見るしかない。そもそも朝暉が来るのは計算外だったが――この問答が意味のないものだとは思えない。朝暉にも何か考えがあるはずだ。
落ち着け、と心恩は呼吸を繰り返す。これを好機として、体力を回復するんだ。そう思うのに、彼が此処にいるということは、幼馴染もまさかすぐ近くまで来ているのではないかと気が気でなくなってくる。その可能性を考えなかったわけではない。けれど。まさか、あそこまで彼女を貶め、恥をかかせた自分を追ってくるとは思わなかった。いや、まだ心恩に会いに来たと決まったわけではないが――あの、梦蝶と自分が分かたれた日のことを思いだしたのだろうか。うだるような夏日、避暑の道中に遭遇した山賊が、白銀だと突き止めた? 朝暉が伝えたのだろうか。それとも――考えても正答は浮かばず、余計に混乱していくばかりだった。
「銀爾。お前も帝にたぶらかされたのか?」
「――ソレ、本気で言ってんのか? ア?」
銀爾が動きを止める。先ほどよりも大きな狼の姿になり、朝暉を見下ろす銀はむき身の刃のようだった。けれどもこなたは怯まない。ただ真剣に、真正面から向き合うのみ。
「矢張りあの時、オレはオマエを殺すべきだったな」
「おれが王になった時?」
「違う。青星が死んだときだ」
朝暉が僅かに息を呑むのが分かる。
青星。心恩は考える。星に纏わる名を心恩の家が賜ったのは、はるか昔のことだ。祀部省が確立する前、今の星見の間で何千年もの先の未来を"視て"いた妖――青星という妖怪の世話役として、一族すべてで彼女の身の回りの世話をし、健康と厄災から守り続けた。故に「星」の苗字を与えられたと、父から聞いた。書庫の文献の中で、幾度となく見かけた太古の妖。
――その姿、まさに大星の如く。
美しき青き髪は、空を溶かしても尚浅い、海と称するには鮮やかすぎる青、青、青。
我が四雲の"雲"を思わせる白磁の瞳は、常に未来のそのまた先を見通す千里の眼。
彼女の姿はどの書籍にも天女のように描かれ、四雲を作りし神々の使徒として記される。
妖と言えど命は無限ではない。彼女ほどの才覚を持つ妖だとしても、万物に等しく訪れる"死"は訪れた。心恩が生まれる数百年ほど前に、その力を失い、亡くなったはずだ。
健在であった頃の青星は前王・日華や銀爾らと共に、先々代王と争った。温厚な青星が当時「人間」と「妖」で対立していたなかで「人間側」に加担したのは大きな衝撃を与えたと書いてあったが――と考えを巡らせていたところで、朝暉の緊張した面持ちが目に入る。張り詰めた空気を纏った彼は、どこか驚いているようにも見えた。
どうして驚くのだろう、と心恩は疑問に思ったが、そんな彼の思考を、銀爾の独白が遮った。
「――違うな。あの女が死んだ時じゃない。オマエがアイツと出会う前に殺せば良かったか、そもそも初めて出会った時に……意味がないな、こんなことを考えたとして、すべて今更だ」
「何故、……」
「オマエがオレのものにならないからだよ日華」
低いうめき声は、威嚇というよりもただただ哀しみの叫びに聞こえた。堪えきれないと言うように叫び、頭を振りながら、朝暉ににじり寄る。殺気と、悲しみと、憎悪と、様々な感情が交ざり合い、渦を巻くようにして男の身体を包み込んでいた。落ちくぼんだ瞳が爛々と光り、鉤爪がかりそめの大地を抉る。恐ろしい姿だ。畏怖してしかるべき禍々しさがそこにあるのにも関わらず、心恩は、どうしてか胸が痛んだ。怒り、憎しみ、悲しみながら、殺意に燃えるその男が、この隠り世よりも深く暗い絶望の淵に長年立たされてきたのだと、理解してしまったからかもしれない。ただただ――哀しい、とそう思ってしまった。
「オレがいなかったら王になれなかっただろう――ッ! オレが居たから王になれた。オレがずっと支えて来ただろうがァ! オレが、オレが全部してやったんだ、オレがオマエを愛してやった、すべて与えた! すべて注いだ! 何故だ、どうして、なんであの女なんだ、オレは晦日のようには想えない、一番でないのなら――"すべて"になれないなら、オレは――」
「……銀爾」
「どうしてオレじゃない! どうしてオレをそばに置かなかった。オレは、」
錯乱した狼が腕を振り下ろすと、朝暉の身体はあっけなく横倒しになる。「朝暉!」慌てて駆け寄ろうとするが、右脚だけで男が瞬時に間合いを詰めてくる。受け身を取り損ない、脇にこん棒よりも固い左脚がめり込んで、呼吸が出来なくなる。そのまますさまじい力で吹き飛ばされ、地に伏した。――しまった。骨がやられた、と心恩は舌打ちをしたい気持ちになる。骨が内臓に刺さっているのが分かる。なんとか立ち上がろうとするが、目が霞む。
「オマエが――、オマエがァ……!」
白銀が、広がり、収束していく。刃のような髪。日に良く焼けた肌。恐ろしく屈強な男が、ぼやける視界の中で朝暉へ近づいていく。躊躇いなく首を掴み締め上げると、苦し気な吐息が心恩の鼓膜を震わせた。
「やめろ、銀爾――」
「もっとはやくこうすれば良かったなァ」
「……ぎん、ッ……」
「――もういい、もううんざりだ。一族も四雲もどうだっていい。晦日の手を借りるのは癪だったが、此処で夢を見ながら死ねればそれでェいい……」
「……くねぇよ」
「ア?」
「……よくねぇよ、バカ狼が!!」
朝暉の長い足が銀爾の顎を捉え、乱暴に蹴り上げる。怯んだ隙に手に噛みついて拘束を逃れると、地面に背中から落ち、荒い呼吸を繰り返す。
「……ッにすんだァ!」
「なにすんだはこっちの台詞だ、阿呆! 此処で夢を見ながら死ねればそれでいいだと? ふざけたこといってんなよバカ狼!」
「なっ……」
ぜえぜえと顔面蒼白で汗を流しながらも、朝暉の瞳は少しも揺らいでいなかった。口の中の血を雑に吐き出すと、ゆっくりと立ち上がり、自身よりもはるかに背の高い大男を睨みつける。
「帝も相当性根が腐ったクソ女だけど、お前も大概じゃねぇか。そんなに欲しけりゃ地獄の果てまで追い回せばいいだろうが!」
「オ、オマエに何が分かる!」
「分かるわけないだろ! 告白する根性もなく、ぽっと出の女にあの馬鹿が靡いたら拗ねて、一族に流されるままヤケになって番をもうけて、群れの長の自覚もなく洞穴に引きこもり息子は番に任せきり、下っ端が悪事を働くも放置、呆れられ有能な部下に逃げられ、妻にも見捨てられ、更に拗ねて今度は帝の甘言にのって隠居生活かよ! 自分でダッセェと思わないのか? 思わないんだよな! こっちはお前のせいで迷惑してんだよバカが! いい加減にしろ。だいたいおれは日華じゃなくて朝暉だっつーの、好きな男の顔を見間違えるってどういうことなんだよ、だからダメなんじゃねぇの? おれなら絶対間違えねー。後ろ姿でも分かるね」
……朝暉がこんなに怒るなんて珍しい。
どうしてそこまで銀爾を知っているのか――という真っ当な疑問ではなく、場違いにも心恩はそっちに気を取られてしまった。いつものらりくらりとした態度で笑っているこのひとが、ここまで声を荒げて食らいつかんばかりにまくし立てている姿など、ただの一度も見たことがない。痛む脇腹を押さえながらゆっくり立ち上がりながら、つい珍しいものを見るような気持ちで観察してしまう。
銀爾はというと、すさまじい剣幕で睨みつけてくる朝暉にたじろいでいるようだったが、すぐにこなたの胸倉をつかみ、締め上げる。
「攻撃が単調なんだよ」
「ああそうかよ、オマエが、日華の――……」
至近距離で、銀爾が朝暉を見つめる。朝暉は呆れた表情で銀爾を見つめたまま、無抵抗だった。
しばらくこなたを睨んだ後、あっさりと手放す。先ほどの狂ったような恩讐の気配はいつのまにか消えていた。
「銀爾」
「うるせェよ。もう帰れ。放っておいてくれ」
「まだ拗ねてんのか?」
チッ、という低い舌打ちが響く。僅かに透けた袖を軽々と破き、こなたが肩の傷を止血しながら背を向けて座り込む銀爾の傍らに立つ。
「お前にはいろいろ聞きたいことがある」
「オレはないね」
「どうだろうな。日華が死んだことは聞かされたか?」
背を向けていた男が振り返る。首のあたりから銀の毛が生え、大狼の姿へ姿が変わり始める。
「――オマエが殺ったのか?」
「ヤろうと思ったけど、おれじゃない。……帝だ」
「有り得ないな。あの女にそんな根性はない」
「それは同感だよ。だが、お前を此処に閉じ込めて、外界から遮断したのには意味がある。おそらく生きているだろうけど、民には帝も王も殺されたとお達しがあった。祀部省からの通達だ。いくつか"誤解"があったとしても、"嘘"じゃない……四雲は今、次の王決めで大荒れだよ。治安は最悪、災害も多いし、割とヤバいんだよね」
「お前はそれをオレに話して、どうするつもりだァ?」
決まってるだろ、と朝暉が笑う。
「おれを王にしてくれよ。――銀爾」
躊躇いなく男に手を差し伸べて、お前の力が必要なんだ、と笑った少年でも少女でもないその人は。
薄暗い隠り世にひかる太陽の如く、不敵に笑ってみせたのだった。
2021/6/10 執筆
2021/09/24 一部分かりづらい箇所があったため、修正しました。
title by alkalism




