第三話 靄で編まれた繭の底
璃空は夢を見たい。
小さい頃見聞きした御伽のように麗しく優しい、最後は必ず幸せが待ち受ける夢を見たい。
苦しみながらも辿り着いた喜びを。手にしたひかりを。未来の道筋を、愛おしく想いたい。
夢幻とは、璃空にとっていつだって焦がれる美しき霧だった。
切ないくらいに遠いものであるから、求めてしまう耽美。
現実を覆い隠す、遥かなる退路。
だから、璃空は――夢を見たい。
◇ ◆ ◇ ◆
璃空の人生は夢のようなうつつから始まった。
目を開き、世界を見た。手を伸ばし、ぼやける視界の中、あたたかな何かを得る。自分の周りで行き交うあらゆる言語が、理解できるようになる頃には、物に掴まって立ち上がれるようになった。彼女の世界には大きな大きな人間の姿と、彼らとは全く異なる形を保つ、妖と呼ばれる種族が入り乱れて存在していた。璃空にとってそれらのすべては、区別する必要のない他で、彼女にさまざまなものを教えてくれる未知であった。
璃空は様々なことを覚えた。身体を起こし、両手と膝で這うように進むこと。物に掴まって立ち上がること。おかあさん、おとうさんと呼ばれる存在。梦蝶、という自分の「姉」に当たる人のこと。優しくしてくれる生き物のこと。どれもが初めてで、新鮮で、面白かった。
璃空の知識は広がるばかりだった。家に時折訪れる、姉と同じくらいの背格好の少年が好きだった。姉と彼が交わす、たわいもない会話も好きだった。柔らかい笑顔。胸いっぱいに太陽のかおりが広がるようなひと時。彼らのすぐそばで、自分も話をしてみたい。会話に入って、あらゆる遊びを楽しみたい。もっと、姉や彼を知りたい。母親も父親も――けれども璃空の声帯は、言葉の片鱗にも満たない母音しか生み出さなかった。何を話せばいいのかはっきりとわかるのに、自分には伝わらない声を発するしかないだなんて悲劇だった。
どうして自分はなにもできないのか。姉やあの少年――心恩、というそうだ――心恩さまと一緒に駆けまわれないのか。何故私はこんなにもまだ"小さい"のか、璃空には理解できなかった。
やがて璃空は、自分が"赤ん坊"という存在だと知った。そして梦蝶姉さまと心恩兄さまが、自分より六つ上だというのも、心恩兄さまが誕生日を迎えた時に理解する。
六年という月日は、彼女を絶望させた。
自分がふたりと同じように野を駆けまわり、言葉を交わせるようになるには六年もかかるのか。そんなの、あんまりだと思った。
目を閉じて開くまでの容易い時間で、早く六年がたてばいいと思った。時折泣いてみたりした。何処か痛いの。お腹すいた? そういって抱き上げられるたびに絶望した。自分の涙は、生理的嫌悪の主張にしかならないのだと、悲しくなった。それが当たり前の反応であると理解しても尚、分かり合えない事実は辛かった。どうして自分は喋れないのか。何故私は、六歳じゃないのか。"普通"じゃないのか――。
そのすべてが苦痛で、苦痛で、世界に取り残されていくようだった。
璃空は、世界で一番可愛そうなのは自分だと思っていたし、そう信じていた。
だから、たったひとりの姉の六歳の誕生日を、素直に喜べなかった。
自分と姉がどんどんとかけ離れていくのに耐えられなかった。自分はまだ、梦蝶姉さまの名さえ呼べない。今日の空が美しいこと。蝉の鳴き声がうるさくて、寝づらいこと。昨日食べた擂り潰した粥が美味しかったこと。たわいもない話を山ほどしたいのに――出来ない。暑いね、の一言さえ、共有できる術を持たなかった。たまらなく悲しくて、悲しくて、妖たちを通じて姉さまと話せたらとも思ったけれど、結局それも璃空自身の言葉ではないのだから意味がない。そうやって、諦めてしまった。
そんな日だった。姉の誕生日祝いに北雲地方へ避暑へ向かう道中。璃空は、馬の断末魔と共に、姉と彼の乗る車が大きく横倒しになる音を聞いた。
――自分に、天罰が下ったのだと思った。
姉さまの生まれを祝福しない、罰当たりな妹だったから。兄さまと姉さまと同じ馬車に乗れなくて、拗ねていたから。せっかくのお祝いなのに、不機嫌だったから、こんな事態になったんだ。
璃空は、泣き叫ぶ母の声を聞きながら、ただ同じように泣くことしかできなかった。
いつもそばにいてくれている小さな妖たちは、この旅路を共にするには力が弱く、皆屋敷で璃空の帰りを待っている。このあたりに妖はいない。どうしよう。何も出来ない。どうしようもない。
姉さまを助けて。心恩兄さまを助けて。お願い。私の力を全部あげるから。なんだってするから――。
激しく揺れる馬車の中で、窓から身を投げ出しそうな母を止めながら、璃空を抱きかかえる心恩の母親を見上げた。誰か。誰でもいい。誰だっていいから、助けてほしい。どうにかしてほしい。そんな思いを込めて。心恩の母が何かを出来るとは思っていなかった。思っていなかったけれど、大きな布にくるまれた璃空の自由は、その美しい空色の瞳にしか存在しなかったから。ただ、見上げた。
璃空を抱きしめる女の両腕は震えていた。
零れ落ちる涙が、美しい銀糸交じりの白い羽衣に染み込んでいく。
美しく歪んだ双眸は、恐怖に染まっているはずであった。当然、そうだと璃空は思っていた。けれども彼女の目は――笑っていた。
喜びに満ちた金糸の瞳から流れ落ちる雫は、狂気に染まった透明を描き、鈍色に光って璃空の首元に落ちる。生ぬるさに首元を掻き毟りたくなる衝動をぐっと堪えながら、璃空は、はじめて真に恐怖した。今まで、孤独を嘆いたことはあった。絶望に震え悲しんだ夜もある。けれども、他人に惧れを抱くのは、はじめてだった。
(何故笑えるの。梦蝶姉さまと心恩兄さまは、死んでしまうかもしれないのに。死んでしまったかも、しれないのに)
理解が出来なかった。璃空の震える手足は、馬車の揺れに紛れて誰にも伝わらない。女の手に抱かれているのが恐ろしくてたまらなかった。座り込んで泣いている母の手に戻りたかった。助けて。どうか、お願い。助けて。姉さま。兄さま。母さま――。
泣き続ける璃空を、細く残忍な腕が包み込み、猫なで声であやしつづける。大丈夫。大丈夫よ。大丈夫だから。ぜんぶうまくいくわ、璃空ちゃん。
なにが? なにも、うまくいっていない。うまくいくはずがない。姉さまと兄さまは知らない誰かに襲われているのに。どうして? なんで? 笑えるの。
「大丈夫よ、璃空ちゃん」
女が笑う。すべてを知っているかのような余裕が、彼女の透き通る金糸の瞳に浮かんでいる。
その時、すべてを理解した。
この女が、引き起こしたんだ。すべて此奴が仕組んだことだ!
姉さま、母さま! ――と璃空は叫んだ。この人のせいで姉さまは、兄さまは、こんなことになったのだと言いたかった。伝えたかった。今すぐ突き出して、洗いざらい罪を吐かせたかった。けれども、璃空にそのすべはなかった。州境の役人へ話をしたのち、璃空の母は気絶してしまったし、心恩の母は、璃空を抱えたまま、対応に追われていた。しらじらしい悲しみと心配を吐き出す女は幽霊よりも恐ろしい怪異のように思えた。
璃空にもっと力があれば。
璃空がもし、0歳の何の力もない子どもでなければ。
屋敷に帰っても尚、璃空は自分の無力に泣き続けた。それ以外に、何も出来なかった。慟哭する璃空を心配した、力が弱いせいで小さな生物の形しか取れない、只人の目には映らないほど些細な大きさの低級妖たちが涙を舐めとっても尚、泣き止むことはなかった。
――姫。姫。空の姫。可愛い僕たちの璃空姫。どうして泣いているの?
――姉さまと兄さまが死んじゃうかもしれないの。
――どうして? どうして?
――この女に騙されたの。この女が、おかしくしちゃったの。
――かわいそうに。かわいそうに。
――なんで私は何も出来ないの?
――そんなことないさ。そんなことないよ。
璃空姫しかできないことがあるよ、と妖たちは慰めた。僕らはきみの味方だよ。なんでもしてあげる。なんでもあげる。だからどうか、そんなに悲しまないで。僕たちの姫。
璃空は天に愛された子だった。
彼女の周りには、甘く深い魔力が常に満ち足りていた。優しい青空のようなそれは、妖たちを魅了し、安心させた。低級妖にとって、魔力は命と等しい。璃空の近くにいるだけで、彼らは潤い、いつ消えるか分からない灯をじっと見つめ、震える生活を送らずにすんだ。もしその時が来ても、怖がる必要はなかった。あたたかな、璃空の安らぎのなかで眠るのは死ではなく生にさえ感じられた。彼らにとって璃空は生きるという穏やかさを教えてくれたひかりであり、眠るという安らぎを知らせてくれる春風のような存在だった。彼らは璃空を心から愛していた。彼女が涙すれば、自分が薄れていくよりもずっと悲しみを感じたし、楽しそうに笑えば、雪の下に眠っていた花が芽吹いたときのような――ワッと騒ぎたくなる幸福を得られた。
彼らは、そんな気持ちを与えてくれる璃空に恩返しをしたかった。だから、この小さくて可愛らしい彼らの姫に、問いかけたのだ。
璃空姫。のぞむことをなんでもひとつ、言ってごらん。ぼくたちが必ず叶えるよ。
不自由な璃空に、自由が与えられた瞬間だった。
絶望だらけだった彼女の世界に、救いの手が差し伸べられた一瞬だった。璃空は、迷いなくその手をとって"しまった"。そしてこう、願ったのだ。
――あの女が、私や、梦蝶姉さまや、心恩兄さま。お母様が感じたよりもずっと深い絶望に満たされますように。
それは妖たちにとって命を奪うよりも難しく、けれども姫らしい願いだったという。
彼らは、もっともその祈りに相応しい存在を、璃空に会わせた。彼との面会を果たすまでに、数億もの妖の命が塵と消えたけれど、彼らにとってそれは些末なことだった。元は璃空なければ無き命。生きるも死ぬも感じぬまま泡と消える存在を繋ぎとめてくれた水晶に、彼らはどうしたって応えたいと思っていたし、そう思わせるほどの魅力が、璃空にはあった。
呼ばれた麗しき妖は、思っていたよりもずっと幼い少女を見て、何とも言えない気持ちで揺らいだ。けれども、枯れ切った喉から漏れる唸り声と、流れ続ける涙は何処までも切実で、彼女の内に巣くう抗いがたい衝動が、彼に祈りを届けた。それが新たな悲劇の幕開けに過ぎないなんて、この場にいる誰もが想像できなかった。
蘭 璃空は天才だった。
類まれなる上質な魔力を持ち、その穏やかな和らぎは妖たちを魅了した。彼らは璃空に様々な術式を献上する。そのすべてを、璃空は"たった一度で"すべて理解し、容易く行使してみせた。布を捲る魔術。飲み物をあたたかくする魔術。自分の痛みを和らげる魔法。彼女が扱える術式は百を越えていた。しかしそのどれもが、決定的な救済を作らない些細な"不思議"だった。だから、璃空はそれらを特別なものだとは思っていなかった。当然自分以外の誰もが扱える知恵なのだと、そう思っていた。
知らなかったのだ。誰かの絶望を願う魔術がどれほどのものなのか。麟庸が術をかけた小さな蠅が、グルグルと回り続け、壁に羽を打ち付けて地面に落ち、のたうち回るのを見ても、良く分からなかった。璃空を大きな寝台に寝かしつけ、歪な笑みを浮かべる女が泣き叫んでも、ざまあみろとしか思わなかった。
けれども、彼女が放った一言が、死地からやっとの思いで帰って来た姉と心恩を、どれだけ傷つけたのかだけは、哀しいことに、分かってしまった。
「人殺し」
人殺しに仕向けた人に、人殺しと詰られるだなんて、なんてひどい。
けれども、それくらい心恩の母を壊したのは璃空だった。絶望に染まった女は半狂乱になって、罵詈雑言をまくしたて、姉と兄を疲弊させた。
ふたりの傷ついた瞳を見た時、取り返しのつかない失態をしたのだと理解した。
元に戻さなきゃと思った。でも、治し方は知らない。聞かなかった。あの人の、名前さえも知らない。どうしよう。どうしよう。傍にいた低級の妖たちの多くは寿命で死に、残っていた者たちも、言葉を発せないほどに衰弱していた。
璃空は知らなかったけれども、元々彼らの声はあまりに小さいのだ。璃空やあの力の強い妖くらいの者にしか届かない。彼女の姉・梦蝶さえ、彼らの気持ちは分かっても、言語を理解することはできない。気持ちを理解できるのも、そうとうな"才"なのだが――持たざる者のことを、璃空は知らなかった。だって璃空にとっては"分かって当然"だったのだから。
大切な友人たちを犠牲にしてまで、叶えたかった願いの結果がこれならば、なんて救いようがないんだろう。
璃空は泣けなかった。情けなくて、悲しくて、むなしくて、泣けなかった。もう、自分を憐れむ涙を流せるほど、愚かで無知であることに甘んじた振る舞いはできなかった。
悪い夢だったらいい。
すべて、悪い夢で、姉さまや兄さまが殺されそうだなんて夢。兄さまのお母さまが仕組んだなんて嘘。全部嘘。妖に手伝ってもらって、復讐しただなんて幻。
狂わせたのはわたし。違う。そうじゃない。狂わせたのは……。
言い訳をし続けた。最初は、仕方がないと思えた。だって、悪いのは心恩のお母さん。姉さまと兄さまを殺そうとしたから、璃空が手を下しただけ。それだけ。だから悪くない。仕方ない。
でもだんだんと、理解する。私はあの時、梦蝶姉さまと心恩兄さまを"助けて"と、どうして願わなかったの。助けたいわけでも、失いたくないわけでもなくてなにより、ただ、自分が辛くて悲しくて仕方がないから、もっと大きな絶望で、怒りと共に"裁きたかった"だけではないの?
悪くない、と思うたびに、自分のせいだ、と思う。梦蝶姉さまの辛そうな瞳が。心恩兄さまの諦めたような笑顔が見える。悪くない。私のせいじゃない。だって、心恩兄さまのお母さんが。だって。だって。だって。赤ん坊だから、ぼろをだしてもいいと思われたのがむかついたからじゃないの? ちがう。ただ何も出来ない鬱憤を、はらしただけでしょう? 違う。違う、ちがう、ちがう。私は。
自分よりも絶望しているひとが、ほしかった?
――そうじゃない、と璃空は言い切れなかった。
流れる涙を、美しき虹色の羽が弾く。
底の見えない瞳で此方をのぞきこむ"天の祝詞"が、感情のないやさしさで微笑んだ。
『璃空。良いのですか?』
穏やかな声。妖でも人でもない"その声"に、璃空は頷く。
手離せば、私の中にある悍ましい力を手放せると信じていた。だから璃空は望んだ。欲しかったわけじゃない青空を、天へお返しすると。
『仰せのままに』
ボクの誉れは天空へ。導きの刃、激情の返歌、最果ての道連れ、青銅の焔。
瑠璃の晶、久遠の別れ、愛しの繭――未来への段梯子。
(ごめんね、天言)
『いいえ。……璃空の願いが、神の望み』
そんなわけないわ、と悲観する眠り姫をおいて、天の御使いは言葉を落とす。
音のない言霊の接吻が彼女の瞳を覆い、日に焼かれる前の青に触れて、暮れなずむ秋へ変貌させた。
雲の上に立ち足る器であった幼子はその日、南雲の海――夏の瑠璃を手放し、代わりに彼女の姉によく似た秋の茶を得る。籾を思わせる乾燥した色彩は、彼女に似合いの暖色だった。
けれども奪われたのは彩りの時間だけで、内側に眠る強大な力は依然として、少女の身体に潜む魅惑。
天が奪うは王の資格。ひとつの選択肢。
璃空の強大な"器"を――瑠璃の晶を壊す暴力ではなかった。
落胆した幼子は少女になる。生れ落ちたその時から持ち続けていた自我を膨らまし続け、すべての修復を願い、その類まれなる才が自分の愛する彼らに役立つよう、学び続けた。あれほど話したい、伝えたいと言葉を求め続けていたのに、いざ姉兄と話せるようになったら、明かすべきすべての罪が鎖のようにまとわりついて、上手く話せない。姉はそんな彼女を大人しく引っ込み思案な可愛い子どもとして愛し、兄代わりの少年は優しく見守り続けてくれる。そんな資格、璃空には存在しないというのに。彼らが璃空によくしてくれるほどに、璃空は追い詰められ続けていた。どうすれば。どうしたら。すべてをやり直すには。許してもらうには、どうすればいい?
姉――梦蝶姉さまが、"あの時の妖"・麟庸と契約していると分かった時、悲しみより安堵より先に、恐怖を覚えた。麟庸が、姉さまに"あのこと"を話していたら。震える璃空を、麟庸はあの日と同じ、慈愛に満ちた哀れみの瞳で迎え入れた。それどころか、何も言わないことを約束して、癒しの術式を伝授するため、契約妖になるのを受諾してくれたのだから、彼は何処までも優しい。至らない璃空の何も出来ない掌に、可能性のひかりをくれる人。
けれども。
蘭 璃空は天に愛された子――"だった"。
そして、蘭 璃空は天才だった。
神は類まれなる才をもつ彼女の器を愛した。故に、天に広がる特別な色彩を与えた。器に注がれた甘い蜜は、妖を魅了する夢のようなあわい。
蠱惑は流れるべき筋道を知っている。山の湧水が川へ流れ、川から海へ委ねられるように。
けれども、璃空の持つ流れはあまりに急すぎて、流れる蜜は薬と呼ぶには強すぎた。
癒しの術式は簡単だった。天才である彼女にとって、そこまで複雑ではない代物だった。けれど。
璃空は――癒しの術式を使えなかった。
癒しの術式は通常、相手の魔力と自分の内に流れる気とを溶け合わせ、同じ"式"――管に流し込むことで、治療を行う。梦蝶は癒しの術式が一等上手かった。祀部省から何度も女官として働かないか打診が来るほどに。
けれども、彼女の妹である璃空には――無理だった。
璃空の濃厚すぎる魔力は、術を施行する"相手"のそれとは根本的に質が違いすぎる。少量流し込んだだけでも、身に余る気に翻弄され、からだの組織が破壊されてしまう。麟庸の淡いひかりは、"治す"術式であるはずなのに、璃空が使えば、癒しのひかりは魂をも貫く刃へと変貌を遂げる。
璃空は、彼女の水晶を砕かなかった天とは違い、暴力にあまりにも向いている力を持っていた。
犯した罪は消えない。償うことも許されないのだと――知った。
ならばせめて。いつか本当に、誰かのために力を使える時まで、絶対にこの流れを塞き止めていよう。真に、姉さまと兄さまの力になれる――その日まで。
◇ ◆ ◇ ◆
璃空の人生は夢のようなうつつから始まった。
そして、幻と思いたい後悔に苛まれ、それからずっと、現世を見ている。
璃空は夢を見たい。
小さい頃見聞きした御伽のように麗しく優しい、最後は必ず幸せが待ち受ける夢を見たい。
夢幻とは、璃空にとって手が届かない甘美で、切ないくらいに遠いものであるから。璃空は夢を見ない。璃空の見る世界は何処までも真実だ。それなのにもう、生まれた時からずっと、彼女は大嘘付きの仮面を被っている。
偽るには幼すぎて、取り繕うには純粋すぎる魂は、けれども罪の影でどこまでも臆病になった。虚偽を描くために虚勢を張り、知恵を得るほどにまた柔弱になる。無限の繰り返しは少女を疲弊させ、彼女のせいで始まった姉と兄の運命は、最後まで璃空を必要とせず、結びの言葉を紡ぐ。璃空のすべては、どんな悪夢よりも恐ろしく、行き場のない懺悔になり果てた。
此処にはもう居られない。
だから、璃空は夢を見たい。
けれども、生まれてこの方一度だって、夢を見られたためしがない。
2021/09/06 久しぶりになってしまいました……反省。次回は玖の話になります。
title by alkalism




