天国
あ~、なんだかふわふわする。
「ん…」
私はゆっくりと、何度かまばたきしながら目をあける。
「ここは…」
「やぁ、やぁ、目が覚めたかい?」
突然声をかけられ驚く。
「きゃっ!!」
びっくりして急に起き上がる。声の主を探そうとキョロキョロと周りを見るが誰もいない。そして気づいた。ここが私の知っている場所ではないことを。
「え?ここどこ?私、体育倉庫にいたはずよね?」
体育倉庫にいたはずの私がいたのは、石造りのすごく大きな部屋のベッドの上だ。窓も大きく、白に統一されたカーテンが、窓から入る光に照らされて、キラキラ輝いて見える。
「すごく綺麗…」
「そうかい?」
「誰っ?!」
私は声のする方へと、慌てて顔を向ける。
「やぁ、ご機嫌はいかがかな?」
声の主は、えらく顔の整った金髪の若い男だった。
「あなたは…?あの!ここはどこですか?私、体育倉庫にいたはずなんです…。あっ!千紗は?!私と同じくらいの女の子を知りませんか?!」
「千紗?あぁ、キミの友達の女の子?」
「そうです!あの子、きっと今頃泣いてるわ」
「…キミを騙した友達を心配するの?」
「確かに騙したかもしれないけど、何か理由があったんだと思います。絶対にあの子の本心じゃないもの」
私は、目の前の金髪男性の目を見ながら、ハッキリと言いきった。
「キミはいい子だね」
極上のスマイルで、私に向ける謎の男性。
「まぁ、知りたいことはたくさんあるだろうから、あっちでお茶でもしながら、ゆっくり話そう」
男は、“おいで”と私の手を握り、私をどこかへと連れていこうとする。
「あの手を離して下さい!」
急に手を握られ、顔が赤くなった私を見て、クスッと笑う男。
だって、仕方ないじゃない。小、中、高と女子高で、男の子に免疫がないし、それにこんなに綺麗な男の人なんて、中々いないもの。
なんてことを思っていると、
「ありがとう」
と、男がニコッと笑って私に言う。
「えっ?」
またまた、呆気にとられる私を見てニコリと微笑む男。
「僕のことを綺麗って言ってくれたから」
赤くなっていた顔が、更に赤くなる私。
「私、口にだして言ってました?」
「いいや、言ってないよ」
「じゃあ、なんで?…まさか、心が読めるとか?…なんてこと、あるわけないですよね!もう、やっぱり口に出してたんですね。口に出しちゃうなんて恥ずかしいです」
自分の言ったことを、自分で否定する私。そんな私を見て、男がまた笑う。
「そのまさかだよ」
「えっ?」
「ほら、ここに座って」
色とりどりの花が咲いた庭に、白いテーブルと椅子が置かれていた。花の周りをキラキラと輝く光が飛んでいる。
「わぁ、綺麗!ホタル?」
どう考えても、こんな明るい場所で光ったホタルが見れる訳がないが、そこは日本人の雪乃のことだ。光って飛ぶ=ホタルなのだ。
「ん?ホタルじゃない?」
よく見ると手や足があり、目も口も鼻もある。
「ふふ、やっぱりキミはキミだね」
目を細めて優しく笑った男が指をそっと前にだすと、光が指に飛んできて、座った。
…座った!?
「人間っ?!」
「クスクスッ。人間じゃないわ。精霊よ」
「精霊っ?!」
「ここの花の蜜は美味しいからね。精霊王様にお届けするために、たまに取りにくるのよ。アトラス様は精霊王様のご友人だしね」
「精霊ってほんとにいるんですね。こんにちは!」
「あら、あなたそんなに驚かないのね。私たちの存在をすんなり受け止めるなんて、珍しい人間だこと。…あら?あなた…。大変!精霊王様に報告しなくちゃ!」
そういうと精霊は、アトラス様の指から飛び立った。
「え?私何か失礼なことしましたか?」
「クスッ。さぁ、座って」
テーブルの上には、いつの間にか用意された紅茶とお菓子が並べられていた。私は言われた通り、椅子に腰かける。
アトラスさんは、紅茶を一口飲んで思い出したように話だした。
「自己紹介がまだだったね。僕は生命を司る神、アトラス。ここは天界の中の“魂”の神殿だ。まぁ、簡単に言うと僕の家かな」
「私は氷川雪乃です。天界で神様…?」
「そっ!神様だよ」
「天界っていうことはここは天国ですか?本当に?それとも、夢?」
「天国と言えば天国かな。キミは夢を見てるんじゃなくて、死んじゃったんだよ」
「死ん…だ?」
「そう。キミは覚えているはずだよ。思い出してごら」
アトラス様は、私の目の前で指をパチンッと鳴らした。すると、私の最後の記憶が頭の中に流れ込んでくる。
「あぁ、そうか…私、バランスを崩したんだ。その時に、頭に強い痛みがして…頭を打って死んだんですね…」
「そう、正確には、頭を打ってから3日後に病院で亡くなったんだけどね」
「病院で?私は体育倉庫にいたはずです。誰かが連れて行ってくれたんですか?」
「知りたいかい?」
アトラス様が手の平を上に向けた。すると、手の平の上にユラユラと水が出てきて、何かが映しだされている。
「これは、キミが望むものを映しだしてくれる。キミには辛い出来事かもしれないが、それでも見るかい?」
アトラス様が私の目をジッと見つめる。私もアトラス様の目を真っ直ぐに見つめ返し、「お願いします!」と、頭を下げる。
アトラス様は、ニコリと微笑み、手の平の上で揺れている水を私の目の前に持ってくる。
「覗いてごらん。そうすればキミの知りたいことが知れるよ。」
私はアトラス様に言われた通りに、目の前の水を覗きこむ。私に起こった出来事を知るために。




