氷華祭(後編)
「氷華の精霊たちよ、この者、名をルーナミアと言う」
司祭がルーナミアをさらに高く掲げた。
「精霊の名において、ルーナミアを慈しみ、この地の民と認めたまえ………っ?!」
司祭が祈りを終えると同時に氷華湖から光が放たれる。さらに放たれた光の中から無数の光がルーナミアに集まっていく。司祭は自分の目の前で起きていることが信じられず、ただ呆然と自分の手の中にいる幼き子どもに起こる奇跡をみているのだった。
ルーナミアに集まった無数の光がルーナミアの体を持ち上げ、空へ浮かせる。自分の手からルーナミアが離れた瞬間、司祭は腰を抜かし尻餅をつき、空に浮かんでいるルーナミアを見上げる。ルーナミアは光に囲まれ、楽しそうに笑っている。
「おぉ、こんなことが・・・。」
周りで見ていた群衆も、何が起きているのか理解ができず、ただただ目の前で起きる奇跡を目の当たりにしていたのだった。しばらくの間、誰一人話すこともなく静寂が続く。
そんな静寂を打ち破るかのように、何かがルーナミアに向かって飛んでいった。
ヒュンッ!!
それがルーナミアのローブをかする。先端が尖った矢だ。自分の横を通りすぎていった矢に驚き、泣き出しそうになるルーナミア。
「えっく、えっく・・・」
ハッと我に返ったリチャードがルーナミアの元へ駆け出そうとする。
「ルーナ!!」
西側の主賓席からは父レイモンドがすでに走り出していた。
「デューク!民を避難させろ!ゲイリーッ!!ここを任せた!ハリソン!付いてこいっ!」
群衆が混乱する中、レイモンドとハリソンと呼ばれた男、それに何人かの騎士がルーナの元へ走り出す。
「えぇいっ!私も行くぞ!離せ!離さぬかっ!!」
複数の護衛に押さえられた腕を、振りほどかんばかりに叫んでいるのは、ルーナミアの祖父だ。
「落ち着いて下さい!あなた様をお守りするのが私たちの役目です!ルーナミア様の元へはレイモンド様が行かれておりますから!」
そう言ってルーナミアの祖父をなだめているのはゲイリーと呼ばれた男だ。真剣な眼差しでルーナミアの祖父の前に立っている。
「ガイル!離せっ!」
「いいえ、離しませんっ!リチャード様より、あなた様を任されましたから!大人しくして下さい!」
東側の待機席、ここにも一人、今すぐルーナミアの元へと駆け出したい者がいた。シュテファンだ。
「くそーっ!リディーッ!!」
最初の矢を合図に、四方から矢が飛んできて、ルーナミアを打ち抜こうとする。リチャードが風の魔法で飛んで来る矢を払い落とす。
「リチャード!東の2人を!!ハリソン!お前は北を頼む!」
「はいっ!」
「ハッ!」
リチャードはレイモンドに言われた方向に向けて、範囲大の風魔法を打つ。
「ウィンドフォンテ!!」
「「うっ!!」」
リチャードの風魔法を受けて、隠蔽魔法で姿を消していた刺客が、不意をつかれ倒れこむ。レイモンドとハリソンもそれぞれに刺客を取り押さえ、敵襲は終息したかのように思われたが、取り押さえた刺客が塵となって消えていく。
「これは!パンタスマ!いや、ゼーレパンタスマかっ!!」
「ハーッハッハッハッ!!今頃気づいてももう遅いわっ!!」
黒いローブを着た男が、鳥のような魔獣に乗って空から見下ろしながら、弓を引く。
「これで終わりだぁっ!!」
黒い気を纏った矢が放たれた。ルーナミアを守ろうと走り出すが、今までの矢とは違い矢の速度が格段に速い。
「「「ルーナーーーーーーッ!!!」」」
ドシュンッ!!!
ルーナミアの胸の辺りに矢が刺さった。
その瞬間、ギラギラとした光がルーナミアを包み込む。ルーナミアを包み込んだ光は回転しだし、少し縮むと一気に弾けとんだ。
「ルーナ…? ルーナーッ!!!」
光の後には誰もいなかった。ただただ暗闇の中、ルーナミアを呼ぶ声だけが響くのであった。