38.冒険者ギルド
食後、ナタラさんと私たちは向かい合って座っていた。
「あの、ナタラさん。」
「ん?なんだい?」
「さっき、僕の髪を見て北の方の出身だって・・・。」
「あぁ、あんたノトスの中しか知らないんだったね。ちょっと待ってな。」
コクンと私は頷いた。ナタラさんは、椅子から立ち上がり、奥の部屋へと入っていき、しばらくするとクルクルと巻かれた紙を持って戻って来た。ナタラさんは、持ってきた紙をテーブルに広げると一点を指差す。どうやら地図のようだ。
「今あんたがいるのがここ。シーマーレン王国の一番端っこノエリアだ。そして、あんたのような髪色が多い国がここ。」
ナタラさんはノエリアを指していた指をすーっと、反対側の端っこへと動かした。
「世界の最北端に位置する国、スノーラド王国だよ。」
「?!・・・スノーラド・・・。」
「知ってるのかい?」
「い、いえ。何だか懐かしい響きがして。」
「小さい頃の記憶が少し残ってるんだろ?もしかしたら、あんたはその国の生まれかもしれないね。ただ、この国へ行くには、いくつかの国を経由しなきゃならない。海を越えて、山を越えて、かなり厳しい旅になる。」
「・・・。」
考え込む私を見て、ナタラさんはハァとため息をつく。
「リド、楽しい旅だろうと、厳しい旅だろうと、旅をするなら資金がいるだろ?回復魔法以外の魔法だったら、子どもでもギルドに登録して、少しは稼ぐことができたんだけどねぇ。」
「ギルド?」
「あぁ、依頼を受けて、その依頼を達成することで、お金が稼げる所だよ。」
「回復魔法だと登録できないんですか?」
「さっきも言ったように回復魔法の使い手はとても貴重なんだ。ギルドに登録した時点で、あんたが回復魔法の使い手だと知れ渡ってしまう。そうなると、色々な人間に目をつけられちまうからね。よくて国から、悪くて悪党からのお迎えが来ちまって、家族探しどころじゃなくなってしまうよ。せめて、水魔法だったら、生活面での依頼も多かったんだけどね。」
「それなら大丈夫です。光属性の他の魔法も使えますし、水魔法も使えますよ。」
「?!・・・あんた他にも魔法が使えるのかい?!」
「はい。」
ナタラさんは勢いよく椅子から立ち上がった。
「回復魔法だけでも貴重で、覚えるのに何年もかかるのに、その年で回復魔法以外の光魔法を覚えてるのかい?!し、しかも、2属性も魔法が使えるなんて・・・。」
私は手の平を上に向け、水の玉を作ってみせた。それを見たナタラさんは腰を抜かして、床に座り込んでしまった。
「な、なんてことだい。呪文も詠唱もなしで、簡単に水を出すなんて・・・。こんなに幼い子どもが・・・?あんた、何者だい?」
「さぁ?僕にも分かりません。」
私は頭を指でポリポリかきながら、困ったように笑う。
それからナタラさんと話し合い、水魔法の使い手としてギルドに登録することにした。冒険者ギルドは年齢や性別を問わず、誰でも登録できるが、その分、請け負った依頼の失敗には罰金が課せられたり、不正には厳しい処分が下されるそうだ。それでも、世界中にギルドの支部があり、各国共通なので、旅をしながら資金を稼ぐことができるため、私にとっては都合がいい。
「ナタラさん、どうしてナタラさんは、こんな僕に優しくしてくれるんですか?どこの誰かも分からない僕に・・・。」
「理由かい?そんなもんはないね。私があんたを気に入った、ただそれだけさ。」
「でも、まだ会ったばかりなのに。」
「そんなに理由が大事かい?まぁ、どうしても理由が欲しいってなら、あんたの瞳が綺麗だったからさ。」
「そんな理由で?」
「大事なことさ。70年以上生きてきていろんな奴に出会って来たんだ。やましいことがある奴は、瞳が濁っているし、心根の優しい奴は澄んだ瞳をしている。リド、あんたの瞳はとても澄んでいる。こんな綺麗な瞳をしている奴が悪い奴な訳がない。私は私の70年を信用している。だから、私はあんたを信用した。それじゃ不満かい?」
「い、いえ!ありがとうございます!」
翌日、朝食を終えた後、私たちはナタラさんに連れられて、ギルドへ向かった。着いたのは、煉瓦作りの2階建ての建物で、
“冒険者ギルド ノエリア支部”
そう書かれていた木の板は、風に吹かれてブラブラと揺れていた。ドアを開けてスタスタと先に入って行くナタラさん。
「リド!」
木の板をボーッと眺めていた私は、ナタラさんに呼ばれ、慌ててギルドへと入って行く。
「こっちだよ。」
ギルドの中は、冒険者らしい人たちで賑わっていた。背中に大きな剣を抱えている男の人、筋肉ムキムキのおじさん、鎧のような装備のお姉さん。立ち止まって、初めて見るリアルロールプレイングの世界にみいっていると、またナタラさんに呼ばれた。ナタラさんは、受付と書かれているカウンターの前で、手招きしている。
「何をボケッとしてんだい!」
「ごめんなさい!色んな格好の人たちがいてつい・・・。」
「そうだろうね、あんたには珍しいだろうね。これからは嫌ってほど見かけることができるよ。テラ、この子の登録をしたいんだがね。」
「ナタラさん!ギルドにいらっしゃるなんて、珍しいですね。」
ナタラさんに声をかけられて、受付の奥から、眼鏡をかけたオレンジ髪のお姉さんが出てきた。
「この子の登録ですか?」
テラと呼ばれたお姉さんは、カウンターから身を乗りだし、私の方に視線を向ける。フードを被っていた私はフードを脱ぎ、上を見上げて、テラさんに挨拶をする。
「僕、リドっていいます。よろしくお願いします。」
「まぁ、ご丁寧に。男の子・・・よね?女の子見たいな可愛い顔してるのね。」
テラさんはにっこり微笑む。そして、ナタラさんに顔を向け、
「礼儀正しい子ですね。それに珍しい髪色・・・。」
「余計な詮索は無用だよ。」
「し、失礼しました。では、登録の手続きを始めますね。」
後から聞いたんだけど、ギルドでは、相手の素性を詮索しないことがルールらしく、詮索は規則違反にあたるそうだ。
「まずは、この紙に記入してもらって、裏のギルドの規則も読んでもらっていい?・・・読み書きはできる?」
「は、はい。できます・・・(と、思います。)」
紙を受け取って、テーブルに移動していると、テラさんがナタラさんに話しかける声が聞こえた。
「きちんとした教育を受けて───。」
“えっ?読み書きができるのまずかったかな?”
“石になっている間も見聞きしてきましたが、貧しい子は働かなければいけないので、文字を学ぶ時間がありませんからね。ですが、一般的な暮らしができれば多少なりとも教育が受けられますから、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ。”
アロの言葉に心の中で頷き、貰った紙に記入する。名前の欄にペンをはしらせると、見たことのない文字がかけた。書いた文字が脳内で変換され、“リド”と読めるようになった。
“よかった、書けたみたい。ちゃんと読めたし、変換されるって聞いてはいたけど、ドキドキしちゃった。”
“安心ですね、リディ様。”
“ウォン!”
読み書きできることに安心した私は、年齢、性別、得意な武器、魔法の有無/属性などを一気に書き上げ、裏面のギルドの規則にも目を通した。
「終わりました。」
「ありがとう。リドくん、10才、男の子ね。」
「性別まで確認するのかい?」
見たら分かるだろうと言わんばかりに、ナタラさんが睨む。
「だって、顔が可愛すぎて・・・、むしろ綺麗・・・?」
「何を言ってんだい!男が綺麗なんて言われて喜ぶと思うかい?さっさとおしっ!」
「は、はい!すみませんっ!ごめんね、リドくん。えぇっと、じゃあ、この石板にって・・・ちょっと待ってね。」
背が低い私にはカウンターが高いため、テラさんは、石板を持ってカウンターを出てきてくれた。
「リドくん、この石板に手をあてて、私の質問に答えてね。」
私は石板に手をのせて、ゴクンと唾を飲み込む。
“これって何なの?!もしかして嘘発見器見たいなもの?!う~、怖いよぉ!”
“リディ様!大丈夫ですよ。私、コレ知ってます。正直に答えればいいだけです!”
“リディ、ダイジョウブ。アロもいっテル。”
“う、うん。”
緊張している私を見て、テラさんは、クスッと笑った。
「形式的なものだから、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。」
「は、はい!」
「では、1つ目、ギルドの規則を守ると誓えますか?」
「はい。守ります。」
「2つ目、あなたは犯罪者ですか?」
「い、いえ。違います。」
「最後に、あなたはギルドに登録して何をしますか?」
「お金を稼ぎたいです。」
「よしっ、終わり!ありがとう。あとは、ちょっとした腕試しのようなものがあるから、少し待っていてね。」
どうやら、冒険者になるためのテストのようなものがあるらしい。灰色の髪が珍しいのか、子どもが珍しいのか、チラチラと視線を感じながら呼ばれるのを待っていた───。




