37.回復魔法
滞在することが決まった私は、お婆さんに“部屋へ案内する”と言われ、土間の扉の奥へと入って行った。
「あ、あの、お婆さん!」
「私のことはナタラと呼びな!」
「はい!あのナタラさん、住まわせて頂けるのはありがたいんですが、僕、お金を持っていなくて、家賃を払えないんですけど・・・。」
「ハァ。」
ナタラさんは頭に手をやって呆れたようにため息をついた。
「子どもからお金を取ろうなんて思っちゃいないよ。だけどあんた、お金も持っていなくてどうするつもりだったんだい?宿泊費に食費、お金がないとどうにもならないってのに。」
「森に食料はあるだろうし、野宿をするつもりで・・・。」
「ばかだね!森には魔物がいるんだよ!いくら回復魔法が使えるからって、何て無茶な・・・。ここに引き留めてよかったよ、まったく!」
案内された部屋は、3畳ぐらいの広さでベッドが1つと小さなチェストが1つ置いてあるだけだった。
「少しゆっくりしたら、でておいで。ご飯にしよう。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言ってナタラさんは、手に持っていたランプをチェストの上に置き、部屋から出ていった。
「ふぅ。」
私がベッドの上に腰かけると、ダウルが首もとから出てきてベッドに飛び降り、アロも腕輪から蛇の姿に戻った。
「ウィル。」
私が名前を呼ぶと、光の大精霊ウィルドルジュが姿を現した。
「お呼びでしょうか、リディ様。」
「回復魔法って使える人が少ないの?」
「そうですね、光属性を扱える者はわりとおりますが、主に生活魔法や攻撃魔法が多いですね。回復魔法は光属性の中でも扱いづらく、繊細さが必要となりますし、魂の相性がありますから。」
「魂の相性?」
「はい。簡単に言えば精霊との絆ですね。いくら光属性の魔法が使えたとしても、精霊との間に絆が生まれないと回復魔法を使うことはできません。我ら精霊は、魔法を提供しても、そう簡単に心までは提供しません。我らの心を開くことができる者のみ回復魔法を使うことができるのですよ。」
「心を?でも、私はあなたたちの心を開くことをしてないわ。・・・エル様の加護のおかげね。」
「それは違います、リディ様。エルフィート様の加護がなくとも、我々はあなた様に忠誠を誓ったでしょう。それほど、リディ様はすべてが素晴らしいのです。それに、私はリディ様ほど簡単に回復魔法を使えた者を見たことがありません。我らの忠誠を得たとしても回復魔法を使うことは容易ではありません。それに、私を、名前を呼ぶだけで地上に召喚するなんて、通常では考えられません。本来なら正確な詠唱と呪文を必要としますからね。さすがリディ様です。」
「いわゆる、チート能力ってやつね。」
「チート?それは何ですか?」
「ううん。ウィル、ありがとう。」
「とんでもございません。私でよろしければ、いつでもお呼び下さい。」
一礼するとウィルは姿を消した。
「さぁ、ダウル、アロ!ご飯よ!」
「私たちもですか?」
「もちろんよ!しばらくここに住むんだもの。ナタラさんにきちんと紹介するわ。だけど、まだ喋っちゃダメよ。」
私たちは部屋を出て、ナタラさんが待つ台所のある部屋へと移動した。
「おっ、来たかい。早かったね。」
「ナタラさん。」
「なんだい?」
「あの、実は、ここにお世話になるのは、僕一人じゃないんです。」
「?」
「ダウル、アロ。」
私が呼ぶと、ダウルが私の首筋から、アロが私の袖から出てきた。
「トゲトゲした小さいのがダウル、白金の斑模様がアロと言います。僕の友達です。この2人も一緒にお世話になりたいんです。」
ダウルとアロをじっと凝視するナタラさん。
「・・・ダメでしょうか?」
「い、いや構わないよ。しかし、初めてみる動物だね。」
「そうなんですか?」
「あぁ、ここらではまず見たことがないよ。」
ナタラさんは、ダウルの背中のトゲをツンツンしながら、興味深そうに見ている。
「ダウルは狼なんです。」
「へっ?狼だって?!こんなちっこいのが?!」
「はい。」
「こっちの蛇も見事な模様だね。」
「・・・リド。あんたもだけど、この子らも気をつけてやらないと。」
「え?」
「こんなに珍しい動物なんだ。金になる話しはいくらでもあるからね。」
「そんな・・・。」
「いいかい、リド。世の中にはね、こんな小さな動物でさえ金儲けに繋げる輩がいるんだ。信用できる人間はとことん信用していい。だけど、少しでも怪しいと感じたら、疑うことを忘れちゃいけないよ。」
「はい。」
私はダウルとアロを抱き上げ、ギュッと抱き寄せた。何があっても彼らをを守って見せると心に誓いながら───。




