36.ナタラ
お婆さんに連れて来られた部屋は8畳ぐらいの広さで、台所と暖炉があり、中央にはテーブルと椅子がある。
「寒かっただろ?今、温かいニュークを入れてやるからね。」
何かされるかと思い、身構えていた私に、お婆さんはニヤリと笑う。
「ほら、外套を脱いで座りな。あぁ、外套はそこにかけといたらいいよ。」
お婆さんが見る方を向くと、壁に釘のようなものが飛びでている。私はお婆さんに言われるままに、外套を脱ぎ、椅子に座る。
「灰色の髪・・・この国じゃ見ない色だね。」
「そうなんですか?」
「あぁ、あんた北のほうの出身だね。」
「北のほう・・・。」
「・・・訳ありかい?」
「・・・・・。」
「答えたくないならいいさ。ところで、あんた、回復魔法が使えるのかい?」
私はコクンと頷く。
「そうかい。私の腰を治してくれたんだね。ありがとう。」
お婆さんは、温めてくれたニュークという飲み物が入ったコップを、私の前に置きながらお礼を言った。
「ほら、温かいうちに飲みな。」
「いただきます。」
木でできたコップを持つと、飲み物の温かさがじわりと手に伝わってくる。フーフーと息を吹きかけ、そっと口に含む。
「おいしい・・・。」
ニュークという飲み物は牛乳を甘くしたような味だった。温かい飲み物が喉を通り、少しだけ緊張がほぐれる。
「あんた、名前は?」
お婆さんは、私の前に座り私に名前を尋ねた。
「リデ・・・リド。」
「リドか。私はナタラっていうんだ。言いたくないことは言わなくていい。言えることだけ聞かせておくれ。何しにこの街へ来たんだい?」
「えっ?あっ・・・。」
お婆さんが名前を言った瞬間から、鑑定の表示が更新された。
表示のマークは少し笑った顔になり、オーラはオレンジ色になった。
【ナタラ:女(72才)】
この街一番の商店の大女将。現在は、息子夫婦に店を任せ、一人気ままに生活している。面倒見のいい性格で、路地裏の一角に部屋を買い、貧しい人や浮浪児たちを支援している。
「わ、僕はノトスという島から来ました。」
「ノトス?!ノトスって、誰も辿り着くことができないあの島かい??」
「誰も辿り着けない?」
「あぁ、あの海域は潮の流れが速くて、いくつもの大渦が不規則に発生するからね。島に近づくことすら出来ないんだよ。例え捕まりたくない犯罪者であっても絶対に近づかない。それなのにあんたはその島から来ただって?」
「は、はい。」
「信じられないよ。一体どうやって来たんだい?いや、そもそもあの島で暮らしていた人間がいたなんて・・・。」
「えっと・・・、僕は小さな頃の記憶が少ししかなくて、物心つく頃(前世の記憶が戻った頃)には祖父(じぃじ:神様)たちと暮らしていたんです。だけど、生活が出来なく(地上に降りなければいけなく)なってしまって、渦があるなんて知らなくて島を出たら、水の中に落ちちゃって(飛び込んで)、気づいたら(泳いでたら)この街へ。」
「そうかい、島で暮らせなくなってみんなで島を出たんだね。悪いことに誰も渦があることを知らなかったのかい。リド以外は渦にのまれてしまったんだね。よく無事でいたもんだよ。怖かっただろう。」
お婆さんは、私の手をそっと握ってくれた。最初は厳しい感じの印象だったけど、本当は優しいお婆さんなのかもしれない。お婆さんの握ってくれた手が温かかった。
「あ、あの、僕の髪の毛の色、北のほうの出身って・・・。」
「あぁ、この国ではそんな髪の色は産まれないからね。灰色は北のほうの出身者に多いよ。」
「白や銀の髪色の人もいますか?」
「そうさね、この国に来た使節団の中にいた気もするが・・・何か知りたいのかい?」
「祖父(じぃじ:神様)たちが本当の家族じゃないことは知っていました。いつも、島(天界)をでたら、本当の家族を探そうと・・・。祖父たちもたくさんの愛情を注いでくれながら、いつか本当の家族に会えるように願ってくれていたんです。だから・・・。」
「本当の家族を探すのかい?」
「はい。」
私は真っ直ぐとお婆さんを見つめる。お婆さんも私の瞳をしばらくじっと見つめ、ハァと息をはく。
「仕方ないね。あんたみたいな世間知らずを放りだす訳にも行かないからね。しばらくここに住みな。」
「えっ?」
「えっ?じゃないよ。お願いします、だろ。」
「お、お願いします!でも、なんで?」
「回復魔法を行きずりのババァにポンッと使っちまうような奴は、危なっかしくて放っとけないんだよ!」
「回復魔法?」
「いいかい!回復魔法の使い手は貴重なんだ!しかも、あんたは精霊を呼び出さずに魔法を使った。つまりは、精霊と契約をしているってことだ。しかも、呪文も詠唱もなしにあっさりと・・・。こんな回復魔法の使い手はどこの国を探しても中々いない。それが、こんな小さな子どもで、護衛もついてないなんて、誘拐してくれと言ってるようなもんじゃないか!」
“えーっ!!じゃあ、何?もしかして私って悪どい人たちにとって鴨葱状態ってこと?!”と、心の中で叫ぶ私。
「いいかい!早く家族を探しに行きたいだろうが、しばらくはここに住むんだ。いいね?」
「は、はい!ありがとうございます!お願いします。」
私はお婆さんに頭を下げる。こうして、ノエリアにしばらく滞在することが決まった。




