別れの朝
地上に降りる日。いつもより、かなり早く目が覚めた。楽しみな反面、見知らぬ土地へ降りる不安と、何より大好きな人たちとの別れが近づいているからだ。
「リディ様、おはようございます。そして、お誕生日おめでとうございます。」
目が覚めると必ず側にいてくれたエフィ。
「おはよう、エフィ。ありがとう。こうやってエフィが側にいてくれるのも今日が最後なのね。」
「リディ様…」
私はベッドから起き上がり、軽く食事を終え、着替えを済ます。毎日の服装は、私のために、エフィが用意してくれていた刺繍の入った可愛らしいワンピーススタイルだったが、今日は違う。長袖の袖が広がったシャツに、長さのあるベストのようなものを着る。腰にはポーチ付きのベルトを巻き、そして裾絞りのズボン、膝上までくるソックスにロングブーツをはいて、お着替え完了。
「これがキースの衣装なのね!素敵な模様だわ。でも、男の子みたい。」
シャツの袖やズボンに幾何学模様のような刺繍が施されており、また、ズボンと言うこともあって、髪の毛が短ければ男の子に見える。
「いいえ、リディ様。これはキースの衣装というよりも、リディ様の育った場所とされるノトスの衣装ということになります。もう少し華やかな物にしたかったのですが、ダウルとアロがいるとはいえ、女の子の一人旅は狙われやすいですからね。控えめのもの、そして少年のような衣装にいたしました。地上に降りると体の成長がすぐに始まりますから、成長に合わせて伸びるような素材を使用していますので、しばらくは大丈夫かと思います。それから、これを。」
エフィは編み込まれたターバンのようなものを差し出した。
「これは?」
「長い髪のままでは男の子に見えませんからね。」
エフィは私を椅子に座らせ、髪をととのえ始めた。
「このターバンは、ラオたち五人が集めてきた時蜘蛛の糸を私が編み込んだ物です。私たちは、一緒に行くことができませんが、この場所からリディ様の幸せを願っております…
さぁ、リディ様、少年の髪をイメージしてみて下さい。」
「少年の髪…」
私が少年の髪をイメージすると、鏡に写る私の髪も短くなっていった。
「わぁ!」
「あとは、髪色ですね。リディ様の髪はとても美しく綺麗ですから、そのままですととても目立ちます。リディ様、ご自分の髪が暗くなるのをイメージしていただけますか?」
私がイメージすると、白銀色だった私の髪が灰色のような髪色になった。
「時蜘蛛の糸で編み込んだこのターバンは、髪の長さと色を変化させることができます。ただし、ターバンをのけたり、ターバンが切れてしまった場合は効果が失くなってしまいますのでご注意下さいね。」
「すごいわ!どこからどう見ても男の子みたい!」
「えぇ、ですが、どんな衣装になろうともリディ様の可愛さは隠せませんね。それに、リディ様は、成長期ですから、すぐに体つきも、女性らしさがでてきます。髪型ぐらいでは隠し通せなくなりますわ。ですから、私心配です。変な輩に言い寄られないかと。」
「大丈夫だと思うけど。」
「いいえ!リディ様!地上には男女問わず、可愛いもの、綺麗なものにお金を出そうとする輩がおりますからね。」
「エフィ、ダイジョーブ。オレ、リディマモル」
「私がお側におりますから、ご安心を!」
ダウルとアロが胸を張って答えてくれる。
「えぇ、ダウル、アロ、リディ様をお願いしますね。」
エフィはダウルとアロに頭をさげる。
「エフィ、いつも側にいてくれてありがとう。私の事を一番に考えてくれてありがとう。何もできなかった私のために心を尽くしてくれてありがとう。エフィ大好きよ。」
「リディ様…」
私はエフィを抱きしめる。エフィも私を抱きしめ返してくれる。
「エフィはいつもリディ様のことを想っておりますわ。どうか…どうか、お気をつけて。」
アロは腕輪になり私の腕へ、そして、小さくなったダウルを腕に抱き、フード付きの外套を羽織って神殿を出ると、神殿の外にはラオたち五人が待っていた。
「リディ様、行っちゃうの?」
「寂しいです。」
「あ、あ、会えなくなるなんて…」
「いやだ。」
「誕生日、祝えない。」
みんな涙を堪えている。
「みんな、時蜘蛛の糸を集めてくれたんでしょ?私のためにありがとう。それから、私が寂しい想いをしないように、いつも賑やかにしてくれてありがとう。それから、それから、いつも私を気遣ってくれてありがとう。」
彼らはこの3年間、私が寂しい想いをしないように気遣ってくれたり、私が怪我をしないように、神殿の細部まで目を光らせてくれたり、いつも私のことを考えてくれていた。
「みんな、大好きよ!」
「「「「「リディ様!!!」」」」」
みんなと抱きあい、もう一度お礼を言う。
「さぁ、リディ、行こうか。」
「エル様。」
いつの間にかエル様が来ていた。精霊の国へは昨日挨拶に行ったんだけど、大精霊たちは召喚すれば地上でも会えるからなんて笑ってたら、エル様が見送りに行くって言い出しちゃって。私の魔力量があれば、精霊王も召喚できるそうだけど、大精霊たちだけでも十分過ぎるほどの力だからね。精霊王なんてそんなに召喚しないって分かってるから悔しかったみたい。笑っちゃうよね。
「少年姿のリディも可愛いな…俺も地上に行くかな。」
私を抱き上げながら、何を心配したのか、エル様が呟いた。
「エル様は地上に来ちゃダメだよ。」
私はエル様の鼻に指をあて、シッカリと念を押す。
「お前には敵わねぇな。行くか。」
地上へ通じる扉がある天光の間へは、エフィたちは入れないため、ここでお別れとなるのだ。
「リディ様、行ってらっしゃいませ。」
「「「「「リディ様!行ってらっしゃい!」」」」」
エフィとラオたちに見送られ、涙がでそうになる私。そんな私をエル様は、一度しっかりと抱きしめて「笑った顔を見せてやれ。」と囁いた。私は涙を堪えて、笑顔で応えた。
「行ってきます!」




