虹の丘
虹の丘──。子どもなら一度は思ったことないかな?虹の麓に行ってみたいって。ここ虹の丘は、精霊の国よりも高い場所に位置し、虹を生み出している場所だ。地球では虹の仕組みが科学的に証明されているが、この異世界では、ナイアガラの滝のような大きな滝があり、キラキラ輝く虹色の水が大量に流れ落ちている。そのしぶきが虹となって地上に降りていくらしい。だから、地上では常に虹が見れるとか。
「ダウル!いつものところね!」
ダウルは慣れた様子で、いつもの場所を目指して降りていく。
私とダウルのお気に入りの場所。大きな滝壺の中央になぜか小さな丘があるのだ。この場所は、前を見れば虹色の滝、後ろを向けば金色の草原のような雲の海。精霊の国近辺でしか生息しない生物も見ることができる。初めてここに連れてきてもらった時はとても感動したのを覚えている。今では少しでも時間がある時にこの場所にきているのだ。今しか見られない景色を目に焼きつけて置きたいってこともあるけど、何よりここに来ると落ち着くというのが一番の理由だ。
「うーん!いい気持ち!ねっ!ダウル!」
私は両手を高く挙げて伸びをする。ダウルは私を包むように座り、微笑んでいる。いつものようにダウルに凭れてくつろぐ私。ボーッと滝を眺めているとキラッと光るものが目に映った。
「ダウル!見たっ?」
「ミタ」
「《影結び》」
私とダウルの影が結びつき、さらに、私の影が私の足に絡み付く。
「リディ!」
「大丈夫よ!何かあったら引っ張って!《水風船》」
ダウルの制止を振り切り、自分の体を水風船で包んでから、滝壺の中に飛び込む。
「確かこの辺に落ちていったはず…」
“リディ!ダイジョウブカ?”
“大丈夫よ”
私は水中で目を凝らす。キラキラしたものが落ちた辺りを探すが見あたらない。
「もう流されたのかなぁ。」
“我に与えよ、力を”
「えっ?」
“我に与えよ、名を”
「誰?」
“我に与えよ、心を”
頭の中に響く声。声の主が誰かは分からないけど、不思議と恐怖は感じられなかった。
「力を…?」
私は手のひらを器にし、魔力の玉を作る。すると、目の前に石の蛇の腕輪のようなものが現れ、私が作った魔力の玉が蛇の腕輪に吸い込まれた。
“我に与えよ、名を”
「名前…?う~ん………アロ?」
私が名前を呼ぶと蛇の腕輪が輝きだした。
“我に与えよ、心を”
「…私と一緒においで。」
私は蛇の腕輪を見据え、両手を広げる。なぜそうしたかは分からない。けれど、そうすることが分かっていたかのように、力を与え、名前を呼び、心を与えた。腕輪の輝きが一層増し、光の中から何かが動いた。
シュルシュルシュル──。
「えっ?!」
白金の斑模様をした蛇が私の腕に巻きついた。
「わっ!」
“リディ!”
びっくりして思わず声をあげてしまうと、ダウルが私を引っ張った。勢いよく滝壺の中から飛び出した私をダウルが受け止めてくれる。
「リディ!ダイジョウブカ?」
「平気よ、ダウル。ありがとう。」
「ソイツハ?」
ダウルが私の腕に巻きついた蛇を睨む。
「えぇっと、アロ?」
私は蛇の名前を呼んでみる。アロは私の腕からはずれ、地面に降り立ち、礼をするように頭をさげる。
「はい、主。」
「主?私はリディ。リディって呼んで。」
「お望みであらば。」
「アロはどうして滝壺に?」
「私はアニマレーゼ。その昔、神に創られ地上に送り込まれましたが、私を使うにはかなりの魔力が必要なため、私を使えるものはほとんどいなかったのです。最後に私を使ったものが亡くなってから、どれだけの時が経ったでしょうか…我らアニマレーゼは、使われなければ石化してしまうのです。そして石化した状態で我らに魔力を与えてくれるものを待つ…」
「つまり、あなたも待っていたと?」
「はい。」
「それがなぜここに?」
「それが──。」
アロは滝壺に落ちた経緯を話してくれた。
「要は、運が悪かったのね。」
つまりはこういうことだった。魔物に蹴られ、飛んでいく⇒召喚された精霊が戻る時にたまたま遭遇⇒精霊の国へ来たが、何かにあたって跳ばされ精霊の国の外へ⇒落ちているときにフォーゲリニーの背中へ⇒虹の丘上空で落ちてしまう⇒滝壺へ。
「いいえ!私は幸運です。リディ様にお会いできたのですから。」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。よろしくね、アロ!」
「はいっ!」
アロは嬉しそうに私の腕に巻きついた。そんなアロをダウルは引き離そうとしていた。




