氷雪の神
「数千年前、神々の中でも一番幼く、皆に愛されていた少女がいたんだ。彼女の名はスノーラド。スノーラドは氷雪の神で、幼いながらかなりの力の持ち主だった。彼女は年に一度それぞれの星に降り立ち、氷雪神の役目を果たしていた。」
「氷雪神の役目・・・。」
「うむ。例えば、氷の星だ。氷が溶けてしまうと生物が生きていけぬからな。1年間氷を保つための力を蓄えに降り立つ。お前が住んでいた地球では、冬になると雪が降ったであろう。あれもスノーラドの役目だった。だがな、数千年前、キースという星で、雪山を保つために力を蓄えておった時、1人の人間と出会ってしまったのだよ。本来、神の姿は人間には見えぬものなのだが、キースはスノーラドが神になった時に与えられた星なのでな、他の星よりもスノーラドの存在が強いのだ。しかも、その男、人間の割にはそういった力が強くてな、男はスノーラドの姿が見えてしまった。その瞬間、2人はお互いにお互いを想い合ってしまったのだ。」
アトラス様は悲しそうにうつむいている。
「神と人間が想い合うなど許されるはずもなく、スノーラドは男から引き離され、悲しみのあまり徐々に弱まっていった。だが、その姿を見ていた他の神々が哀れに思い、スノーラドと男が想い合うことを許してしまったのだ。」
「では、スノーラド様は幸せに暮らせたのですね。」
「いや、そうではない。スノーラドはな、人間の欲によって、滅んでしまったのだよ。」
「えっ?」
「人間の男が天界で暮らせるはずもなく、スノーラドが地上で暮らすことになった。しかし、スノーラドが地上で暮らすとなると、氷雪神が担ってきた役割を果たす者がいなくなる。そうなると、天変地異が起き、世界が壊れていってしまう故、スノーラドは自分がその地に降りたたなくとも、自分が生きている限り、定期的に各星へ力が送られるようにしたのだ。」
「どうやって?」
「氷の華を育てたのさ。」
黙って、エル様の話を聞いていたアトラス様が答える。
「氷の華?」
「そう。スノーラドの力を媒体に育つ華。この華が開く時にスノーラドの力が宇宙へ放出されるんだ。だけど…」
「?」
黙ってしまったアトラス様の代わりにエル様が答える。
「愚かな人間が、華が咲く前に華を摘んでいのだよ。華は大地に根を張ったままでないと力を送れないというのに。」
「なぜ、そんなことを…」
「華の実から採れる宝玉…」
「宝玉?」
「スノーラドの力を蓄えておく為の器のことだ。力が放出されたあとは、器だけが残る。これが、愚かな人間どもには、この世の物とは思えないくらいの宝に見えたのだよ。」
「なぜ、華が咲く前に華を摘んでいたのでしょう?」
「宝玉に傷がつくのを恐れたからだよ。愚かな人間の考えそうなことだ。氷の華を育てるために、自分の力をほとんど使っていたスノーラドは、この事に気づくのが遅れた。気づいた時には、すでに1つの星が破滅の道へと進んでいた。これ以上悪い方へ向かわないように、スノーラドは人間たちに華が咲く前に摘むのをやめてくれと頼んだ。だが、愚かな人間がスノーラドの話を聞く訳もなく、寧ろ自分達の利益を邪魔する愚かな娘を牢に閉じ込めた。スノーラドのお腹には小さな命が宿っていたというのに…」
「そんな…」
「このままでは、愛する男のいるこの世界まで滅んでしまう。そう思ったスノーラドは、自分が囚われても、なお、自分を愛してくれる男にすべてを託すことにしたのだよ。自分の命と引き換えに…」
「え?」
「スノーラドが愛した男は人のいい男でね、スノーラドが囚われようとした時も身を呈して彼女を守ろうとしたんだ。だけど、欲に囚われた人間に、あんな人のいい男が敵うはずもなかった。毎日牢に会いに来る傷だらけの男に、スノーラドは次の満月の夜に氷の華の所まで連れて行って欲しいとお願いをしたんだ。男は自分の財産をすべて集め、看守に渡し、なんとか短時間の外出の許しを得た。スノーラドの願いを叶えるために…」
アトラス様が悲しそうに笑う。
「彼はスノーラド様を本当に愛していたんですね。」
「あぁ、できれば幸せに暮らしてもらいたかったよ。」
「満月の夜、体が衰弱していたスノーラドは、男に抱き上げられながら、氷の華が育っていたであろう場所へとやってきた。何もない場所にスノーラドが降り立つと、何もない場所から芽がでて、華が満開に咲いた。そして、華たちから光が溢れ、スノーラドと男を包み込み、華と彼女達を囲むように、底も見えぬような大きな穴が現れた。何人も近づけぬようにな。そしてスノーラドは最後の力を振り絞り、男と氷の華の精たちにお腹の子を託したのだよ。男の目の前には大きな氷の華が現れ、三回目の満月の時に華から赤子が産まれ、また世界が安定すると…男はスノーラドを泣きながら抱きしめたが、スノーラドは力を使い果たし消えてしまった…」
私は手で口元を押さえる。
「スノーラドが残した力で、男と氷の華の精たちは赤子が産まれるのを待った。自分達がいる場所以外のところでは、雪山が解け大洪水が起きたり、季節が変わらず作物が育たなかったりと災害を目の当たりにしながらな…欲に目がくらんだ人間たちはさぞかし悔いたであろうな。自分たちの愚かな行いを。」
「では、赤ちゃんが産まれたら、災害はおさまったんですか?」
「あぁ、おさまった。だが、それも長くは続かない。」
「なぜです?」
「人間には寿命があるからだ。男とスノーラドの子は、半分神の地をひいておったからな。普通の人間よりは長生きしたが、月日が経つうちに、スノーラドの血も薄れていく。」
「では」
「今では、ほとんどスノーラドの力は感じられぬ。」
「そんな!じゃあ、キースという星は…」
「だから、お前の様な存在が必要なのだ。」
「私のような存在ですか?」
「うむ。神々がキースへ転生させる者は、スノーラドの力を受け継いだ者なのだよ。」
「どういうことですか?」
「あの時神々はな、スノーラドがあまりに不憫で、スノーラドの魂を転生させたんだよ。地球に。」
「つまり、私はスノーラド様の生まれ変わりってことですか?」
「そういうことだ。これまでも、何百人とスノーラドの魂を持った者がいた。だが、中でも転生した者は数十人だ。スノーラドの魂を持っておっても、育った環境が違えば、人格も違う。心が闇に染まっている者を転生させる訳には行かぬからな。」
「だけど、キミは…」
アトラス様は私を見ると、表情が優しくなった。
「お前はスノーラドによく似ているのだよ。今までのスノーラドの魂を受け継ぐ誰よりも。目や髪の色は違うがな。」
「そうなんですね。」
私はアトラス様にニコッと微笑む。
「私はキースへ転生して、何をしたらいいんですか?」
「何もしなくていいよ。キミはキミのまま生きてくれればいい。もちろん、転生すると、キミにも新しい家族ができるし、友達だってできる。」
「家族…」
「キミがただ笑って、大切な人と幸せになってくれれば、スノーラドの力は保たれるんだ。」
「そうですか…楽しみです!」
ニコッと微笑む私。
「そうか。ありがとう。」
アトラス様は笑みを返してくれながら、私にお礼を言った。




