Spoil
席に着くなり、こっちをその魔女はじぃっと見た。トランプに愛撫するように触れる。背中に恐怖が走った。怖気づいた表情を見ただろう魔女は、口角を上げた。
「へぇ、今は何をしているの」
初めて占いの店に入った。ずっと信じていなかった。それでも、赤の他人の意見をその話を聞かないといけないくらいにおかしくなっていた。
将来が不安になった。誰を愛して何をして、どう志して目指して、何に縋って正解なのかわからなくなった。教科書を開けばすべてがわかる歳ではなかった。大学を卒業してから、何も道を示してくれなくなった。承認欲求は爆発しそうなくらい大きくなって自分の中にあって、ずっとずっと私の足を引っ張っている。
認めてもらえるなら何でもいいわけではないはずなのに。
「事務です、マーケティングの会社の」
「その会社が今どんなことをしているのか具体的に知らないで、そこに所属して簡単な事務作業をするから」
「へ?」
変な声が、漏れた。
「だからそんなに迷子みたいな顔をしてる」
魔女は白い手で私の顔に触れた。ファンデーションの下、そこの荒れた肌を触られているように感じてしまう。
「私は、どうすればいいですか」
正解が欲しかった。誰よりも優れた人で居たかった。いや、自分よりも劣った人間が目に見えて近くにいればそれで自分を保って居られる。それだけでいい。
「醜いところ、変わらないね」
魔女が吐いたその呪文に、耳が思い出したように反応した。
「あなたが中学の頃、いじめていた同じクラスの女の子」
いっそ突っ伏してしまいたくなった。
「覚えて、ない?」
魔女がじぃっとこっちを見る。
「可哀そう、もういじめられる子もいないから自分を保てない」
見抜かれて、登っていく。
「可哀そう、変わってない。中身が一切、成長してない。あなたは」
溺れるように高みへ。
「あなたは人がいないとあなたを認識できないまま、見えないまま。だから示されたい、それがないと歩けない」
自分が見えていないのだから当たり前ね、と小さく魔女は言った。有頂天の溺落の後のような、覚束ない感情と浮ついて着地点を失った脳みそを持て余す。
理解者が目の前にいた。
「そんな気持ちの悪い目で私を見ないで、汚らしい」
どきどきと、する。
「堕落、ね。本当に落ちたものね。学年1位の成績も何にもならなかったのね。個性の無さ、自分を見つけられないことは致命的な欠点ね」
私は、私にすら理解されていない。私は、大好きだった彼にも愛を誓ってくれた彼にも、疲れたときには一緒にお酒を飲める友人にも理解されていない。
「自分を見つけている私が羨ましかったから落としたかったの?下だとして、安心していたかったの?」
魔女がトランプに触れる。そのトランプに代わってしまいたくなった。
必要と、されたい。自分だけ、取って代われない存在になりたい。でもなれない。なれないなら今だけの私でいい、そこのトランプのように代えられるとしても今だけは必要とされたい。その一瞬で救われる、救われるのに。
「醜い心、残念な癖」
バランスは等に取れていなかった。
「可哀そうに、それでも私はあなたを許していないから」
魔女は呪文を、唱える。
「あなたのことは分かっていても、道は示してあげない。謝っても、無駄」
退路も、進路もなくなった。
タイマーの音が鳴る。
「お疲れ様です。ありがとうございました」
返金を求めようとも思わない。魔女の声に、縋りたくなってしまう。
「また来ます」
届いているかわからないのに言うしかなかった。
一瞬、振り返った。目が合う。その目はあの時と変わらず、ずっと私を見下していた。最大の理解者を見つけ、同時に失う。
受付の女性に声をかけられるまで放心していた。
タイトルの単語の意味は、役に立たなくする、台なしにする、腐らせる、そぐ、性格をだめにする、過度に甘やかす、大サービスする、満足できなくする、です。
久しぶりに後味の悪すぎる話を書いた気がします。恋愛ものじゃない短編も久しぶりな気がします。
感想、評価お待ちしてます。
いじめられっ子でしたが、自分は失くさずにいられました。なんとか。
まだ君が僕を呼んでいる、という現代恋愛に少しだけファンタジーを足したようなお話を書いています。もしよければ。
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