一日目(9)
次と、次の次くらいに見せ場が来ます。誰のかはまだ判らないけど。
宙を飛んでくるハンマーと目が合った。
ドッガンッ!
ぶつかった瞬間に魔方陣が出てたから、魔力付与された特別製とか言う奴なんだろう。威力が凄い。
「添乗員甲月へ業務連絡。全方位接地パラライザーを発射する」
アナウンスの声に乱れは無い。
「甲月、了解――」
バヂバヂッ!
彼女の返答を合図に、バスの足下が光った。
その稲妻が、ドゥォォォゥンという奇妙な効果音を奏でながら、綺麗な円形を保ったまま周囲へ広がっていく。
上半身が真っ黒に焦げているズングリリーダーを、縁取っているレーザー光。それと稲妻の強い光が接触する。
バヂバヂバヂバヂバヂバヂッ――――――ドッッッッシャァァァァァァァァァアアンッ!
地面から上空へ向かって落ちる、約一個大隊分の直雷の群れ。
ソレはほぼ一瞬で、ズングリ達全てを縁取った。
綺麗なレーザー光ではない、ブレて蠢く落書きみたいな光。
状態異常の残時間表示が全個体それぞれに表示されたので、見た目が騒がしくなった。
その残り秒数は、300秒からカウントダウンされている。
えっと、5分はアイツ等、止まっててくれるのか。
「「「「「ふへぇぇぇ~~~~っ」」」」」
安堵する全乗客。
「あ、アイツらって絶対倒さないといけないんですか!?」
安堵してる時間も惜しい、コッチも命が掛かってる。
「……そうですね~、じゃあ、倒さない方向で、この場はしのぎましょうか?」
添乗員兵士甲月は、生えても居ないヒゲを最後にひと撫でしてから、胸ポケットから小さな鍵を取り出した。
――ゴゴゴッゴウン。
下がるときと比べて、かなり速い速度でせり上がってきた、正面モニタが取り付けられてた壁。
昇降式の部屋みたいな構造が天井に連結され、再び運転席側を覆い隠した。
そして、驚くことに、あれだけ盛大にひび割れていた正面モニタが、
「……直ってる」
水面のように真っ平らで、ヒビどころかホコリ一つ付いてない。
その横、右側の細い方の隙間に、体を横にして潜り込んでいく、大人の女性、甲月。
あちこちつっかえてたけど、何とか姿が見えなくなるくらいまで進んだところで、
「車手会田へ業務連絡。ラボ使用申請。発令コード:ヒトヨヒトヨニヒトゴリラ」
「(添乗員甲月へ業務連絡。ラボ使用申請を却下。発令コード:フジサンロクニオームガイ)」
距離が近いからか、会話の内容によるモノか、マイクを使わずに返答する運転手さん。
「(ちょとっ! 乗客の安全より、優先される事って何よっ! ふざけてんの!?)」
声を潜めてるけど、添乗員の素らしい、キレた声が聞こえてくる。
運転手さんからの返答は無い。
「車手会田へ業務連絡! ラボ使用申請却下の事由を述べよ。発令コード:ゴリラララゴラボスゴリラ!」
「添乗員甲月へ業務連絡。資金的見地からの現場判断となります。発令コード:サフランハクマイエビハマグリ」
「え? 初日分の必要経費の入金はあったし、アタシとアンタの研究所員特別会計申請通ったはずよね?」
なんか甲月の声を拾った、座席モニタに
『情報レベル2へのアクセス権所有による内部情報の自動開示をオンにしますか? はい/いいえ』
ケリ乃達と目が合う。その眼は<はい>一択だった。
「受理ちゃん、コレは押しても大丈夫な奴?」
僕はケリ乃の肩と中学生の頭の上辺りに、問いかける。
大人達が何か策を講じてくれているのは確かっぽいし、情報レベル2の内部情報って言うのも気になるくらいの余裕は出来た。
「「はい。全然問題ありませんよぉう? まあ、私どもの懐事情など、皆様にお見せしても楽しいモノではありませんがぁ~❤」」
受理ちゃん肆と伍が同時に答えた。
じゃ、遠慮無く、――ピッ♪
¥
『鶯勘校研究所総務部監査AI発行
金糸雀號RTM金庫:オフライン/〇月×日
入金 45,000/紙式家ツアー初日経費
入金 2,800,000/研究員甲月特別会計
入金 2,800,000/研究員会田特別会計
入金 247.4/利息
出金 48,960/軽油・ガソリン代:SP払
出金 4,850/高速料金:ETC
出金 78,000/車窓修繕費用:即時決算
出金 1,240,000/ヒュペリオン2使用:即時決算
出金 78,000/車窓修繕費用:即時決算
出金 1,240,000/ヒュペリオン2使用:即時決算
出金 1,850,000/全方位パラライザー使用:即時決算
本日 AM10:53現時刻までの収支 +1,107,668』
¥
粗めのフォントで表示された、本日分の収支らしいモノが全ての座席モニタに表示されている。
外を見ると、麻痺状態残り時間を表す数字は、丁度残り200秒を切ったところ。
「こんな場合だけど、チョット興味あるよな? ってか、凄い金額なんだけどっ!? ヒュペリオンって一発ごとに百万以上もかかるのかよ~!?」
「そ、そうね、次葉ちゃんのお家なら、これくらいの金額も普通かも知れないけど……」
「お姉さん、次葉の事は次葉と、お気軽に呼び捨てます……か?」
抱えられている手に自分の小さめの手を乗せる中学生。
「え? 次葉って呼べって事? じゃ、アタシのことも莉乃でいいわよ」
「じゃ、僕も莉乃って呼びたい」「私も莉乃って呼びたい」
「あら? 何か人気? イイわよ~、呼び捨てで」
「じゃ、僕も莉乃って呼ぶかな」
「佳喬ちゃんはダメ! 莉乃ちゃ……莉乃さんにして」
何てやってたら――パアァン!
壁を叩くみたいな音。出所はもちろん甲月だろう。
「わぁーっかったわよ! では各員に業務連絡。現時刻をもって、本日分の金糸雀號運用に関わる全会計は、この私に回してちょうだいっ!」
「ヒューウ♪ 会田、了解」
なぜか、マイクを通して返事する運転手さん。
「「「「はいはぁ~い❤ 受理されましたぁ~♪ 本日中の会計の全てを、添乗員甲月緋雨氏に請求させて頂きまぁす♪」」」」
『甲月緋雨/金糸雀號専属乗務員兼研究員』
〝受理ちゃん壱〟の言葉に反応した座席のパネル表示が、乗務員正式名称に切り替わる。
甲月の名前はしつこいくらいに出てきてたのに、コレは初めて見た。
「甲月さんって、こんな名前だったんだ」
「僕たちは、「私たちは知ってたよ。バスに乗った最初に出たから」」
「へー、そうだったのか」
「何、ニヤニヤしてるのよ。……気持ち悪いんだけど」
ケリ乃が座席を回転させて横目でこっちを見てる。
中学生は抱えられたまま、遠くの方の木の上辺りを見てる。
$
「車手会田へ業務連絡。ラボ使用申請。発令コード:ヒトヨヒトヨニヒトゴリラ」
「添乗員甲月へ業務連絡。ラボ使用申請を許諾。発令コード:フジサンロクニオームガイ」
「「3・2・1――カチリッ」」
――カヒュゥーーイィ♪
正面モニタが転がるみたいに回転しながら、テーブルみたいに設置される。
モニタ周りにあった各種計器類が、天板と化したモニタ表示面の上部に配置されていく。
壁の奥から、医療機器みたいなのとか、工場にありそうなロボットアームとか、食器洗浄機みたいのとか。
そして天板中央、モニタの表示部分だった平面に大きめな魔方陣が回転。
円錐状の突起みたいなモノが付いた、台座みたいなのが、魔方陣からせり上がってきた。
それは受理ちゃん達みたいに半透明じゃ無くて、平面から生み出されてきた堅い物質のようにしか見えない。
肩くらいまである横髪にしがみついていた〝受理ちゃん壱〟を、髪をすくように、ひっ掴んでアンダースロウ。
くるくるくるくるん。
すたっ!
軍服みたいな制服を着込んだ小さなAIキャラクタが、突起がある台座の天辺に着地。
「はぁい♪ 移動研究所の設置を確認しましたぁ~!」
敬礼する顔は真剣。そのカーキ色の制服が、白くて軽っぽいモノに一瞬で変わる。
敬礼を返す兵士甲月。いや、甲月はカーキ色っぽい軍服みたいな制服を脱ぎ捨てた。
「うえっ!?」
「こらっ! 佳喬ちゃん! あっち向いてなさい! こっち向いちゃ駄目!」
言うとおりにしたけど、別に薄着でも何でも無くて、ジムとかで女の人が来てる感じのノースリーブに普通のタイトスカートだった様な気が。
制帽は壁のフックに引っかかり、ロボットアームが突きだしてきた、白い服に一瞬で袖を通した。
そして彼女は、白衣の胸ポケットから取り出した細リムの丸めがねを掛け、ひっつめてた後ろ髪を後ろに流した。
ロボットアームが、ボクサーみたいな俊敏な動きで、床に落ちる寸前の軍服風制服を掴み上げる。
視界の隅で、着替えが終わったのが見えた。
頭を戻した僕の目に飛び込んできたのは、
兵士でも添乗員でも無くて、
どこから見ても立派な科学者だった。
科学者甲月が広くなった通路の壁から、補助席を取り出して着席。
ジジジッ。何か印字するみたいな音がして、本日分の取引が更新された。
『出金 3,240,000/移動LAB起動:即時決算
本日 AM10:56現時刻までの収支 -2,132,332』
補助席に付けられたモニタにも表示されてるようで、科学者はそれを忌々しげにオフにする。
すると補助席からパーツがせり出して、高級オフィスチェアのようになった。
一通りの出し物(?)が終わったのか、彼女はチェアをこちらに向ける。
ようやく女性科学者が発した言葉は、想像の斜め上を行くモノだった。
「あのモグラみたいなの、欲しい人居ますか~?」
ワルコフで培った設定過多の裁き方が、良くも悪くも結実してきています。作者の頭の中では映像表現的に凄まじいことになっていて、一日目の終わりまでには、コレを読者に少しでもお届けできるように頑張ります。




