五日目(1)
さて始まりました、五日目。6700字と平均字数でお届けします。
「うー、負けたぁ~」「よし、次は僕だ!」
双子の妹の敵を取るべく兄が、アケコンをひったくる。
「……あれから誰とも対戦してないのに、けっこう様になってるな……くそ、対戦してみたい」
「えっと、今日の宿泊先は……大丈夫だ。今日の夜も同じセッティング出来るから、対戦できるよ」
会田さんの言うセッティングというのはネット対戦の為のモノで、対戦相手はもちろんオカルト木製電算機のことだ。
ここは借りた4部屋のウチ、荷物置き場にしたひと部屋で、受理ちゃんに引いて貰った高速回線を僕のゲーム機に繋いである。
そして、甲月の巨大旅行カートから取り出した、パソコンの電源ユニットみたいなゴツイ小箱も繋がれていた。
アレがあるとゲーセンのゲームも出来るのか。僕個人では維持できない代物なんだろうけど、……欲しいな。
「佳喬お兄さん、かわいそう……だね?」
「そうね、かわいそうね~♪」
そう、僕は今ゲーム謹慎中だった。
鶯観光の服務規程に従ういわれはないんだけど、好き勝手なことをして自分やみんな、引いては全人類を危険にさらしたことは事実で。
ソレには態度で示しておかないと、僕はこの先、鶯勘校勢だけじゃなくてケリ乃やみんなとだって、ちゃんと向き合っていけなくなる気がしたのだ。
「佳喬ちゃん。アタシはまだ昨日のことを納得したわけじゃないからね」
「わかった。心配掛けたことは謝る。けど、昨日は本当に助かったよ」
「そうねー。あの子達超活躍したわよねー」
「それもだけど、ちがくて。なんていうか君らが全然、いつもの調子でいてくれたから、勇気が出たというか。あんなピンチなのに物怖じしないって言うか、それがすごく心強かったからそれが本当にありがとう」
「――――んなっ!? そ、そそそそ、そんな恥ずかしいこといきなり予告も無しに言わないでよ! こ、コッチが恥ずかしくなるじゃないの!」
もう、ほんと、おじさんそっくり!
素なの? 佳喬ちゃんはデフォルトがそうなの?
なんか背を向けてブツブツ言いだしたケリ乃は放っておいて、僕はまた食堂に向かう。
実は朝食は食べたんだけど、まだなんか小腹が減ってるのだ。
連日の異世界戦で、カロリー使ってるからかなー。
むしろ、会田さんや他のみんなが、あれっぽっちでよく足りるよなーって思う。
『AM10:22 980gal◕』
ずっと不穏な動きをしていたゲージが、すっかり元に戻っている。
日差しも快晴だし、今日は普通に旅行気分でも満喫したいところだ。
◇
「佳喬様ー、早くしないと唐揚げ全部食べちゃいますよー?」
オマエいま私服じゃんか。『様』は止めろ。
隣で山盛りの唐揚げにかじり付くのは、小柄な銀髪美少女。
後ろ髪が跳ねてて、そう言う種類の小鳥みたいになってる。
まだ少し残っている他の客達が遠巻きに見るのも、ムリはない。
あの面白はどこからどう見ても非の打ち所のない美女にみえるし、スタイルに至ってはグラビアアイドル顔負けのプロポーションを誇っている。
そして、ピンク色の白衣を脱いだ首席研究員はとても、可憐だった。
ウチのケリ乃さんだって街を歩けば衆目を集めるくらいには美しいけど、こう、なんていうかリィーサの周りの空間は、キラキラと光り輝いているのだ。
可愛らしいフリル付きのベストに、同じくフリル付きの長めのスカート。
一体ドコのお嬢様だろう。とても、やり手の武闘派科学者には見えない。
「リィーサさん、そうしてると、なんか輝いて見えますよ」
「うむ。光触媒作用だけでなく、音響防壁による防塵機能も作動させているからな」
は? またなんか言い出したし。
「昨日、莉乃様に選んでもらった〝都市型強化服〟の試着中なんですよ~♪」
クルリと回って見せた、はち切れんばかりのプロポーション。
ニットにタイトスカート。OLさんの外出着と言った装い。
その腰には、無骨なバッテリー装置みたいなのが、しっかりと取り付けられていた。
「あれ? まさか、現実世界との融合に失敗して、まだ強化服を……ひそひそ」
「いや、まだ都市型に〝空間異常検出機構〟は搭載出来とらん。……正真正銘、我々は現実世界に帰還をはたひたぞ……ひそひそ……もぐもぐ」
「ご心配……もぐもぐ……おかけいたしましたぁ~♪」
ひっつくな、食べながらしゃべるな。
ああもう、ケリ乃がこっちに向かって駈け出す様が目に浮かぶから、抱きつくな。
なんでか、リィーサまで背中にひっついてきた。
あ、ちょっと、唐揚げでべたついた手を僕のシャツで拭くのは止めて?
ココは四日目の宿泊地である北関東の中都市。
繁華街の巨大ショッピングモールの上層階にあるホテル内。
正真正銘、現実世界の食堂である。
◇
昨日、暴走列車撃破後、僕達は北海道の原野に放り出された。
木々が深く茂る、なだらかな傾斜地に停車した状態で現実世界にたどり着けたのは、会田さんの運転技術のおかげだ。
水中に現れた鉄塊や岩盤を華麗にかわす途中で垂直に大ジャンプしたのは、金糸雀號のチート性能だろうけど。
「なんとか、生き延びましたね。……けど、どうするんですか」
そう言った僕の目の前。
正面モニタ隅に表示された地図は、日本最北端の地だった。
まずはズタボロになった金糸雀號の修理、ついでに僕達のメンテと本日の宿泊地への移動が必要だ。
ソレ等すべてを一気に解決する夢のような場所が、僕達には有った。
ただ、ソコへのアクセスには、〝さぴれててそれでいて人通りがあって、敷地の裏に更地があるガソリンスタンド、もしくは充電スタンドに類する建物〟が必須らしかった。
ソレを探すのに金糸雀號は3時間を要した。
あと、金糸雀號には、潜行機能や滞空機能だけでなく、伐採機能や架橋機能が有ることがわかった。
そしておそらく最終日までには……いや、ヘタしたら今ごろ既に、〝透明化機能〟なんてものまで搭載された可能性がある。
◇
『大入』と描かれた鴬色のポチ袋。
お札を折らなくても入れられる大判のヤツ。
中には一律二万円。
現金調達に苦労している鶯観光に有るまじき太っ腹さに、僕たちが唖然としていると、リィーサが真っ黒いカードを見せた。
「この一時金は、諸君の献身的な異世界攻略に対する、私個人からのせめてもの気持ちだ。遠慮無く受け取ってくれたまえ」
名目上は、甲月添乗員の疾病による旅程見直しに対する旅費の一部返金。
一律一人二万円。小さい子達には、ちょっと多いかなと思ったけど、今時のお嬢様のお年玉なんかだと3桁らしい。
ツアー代金出資者であるウチの父にも了承をとったので、関係各位への辻褄も合う。
僕はモール入り口のATMからスマホに全額チャージした。
そして、来月発売予定の『コンボジェットイグジット4』の最上位豪華バージョンを予約した。
会田さんに言ったら、研究所には業務配信用のシステム経由でプレイし放題だと言われた。うらやましい!
さっき見たゴツイ小箱がそのハードウェアなんだろう。
自宅用には自分でもパッケージ版とダウンロード版を両方買うみたいだけど。
しかも、有給とって深夜行列に並ぶんだそうだ。
でもまてよ、おかしい。格ゲーってそんなに流行ってたっけ?
僕の周りだと、布教の甲斐も有って対戦相手に困るほどではないけどさ。
◇
「さて本日は、旅程の中間地点にさしかかるわけですが、皆様~私共へのご要望や叱咤激励など御座いましたら、何なりと仰ってくださいませ~♪」
いけね、何かまるで素敵なお姉さんに話しかけられてるみたいな幻覚に陥ってしまった。
清楚な都市型強化服の手には小さなツアーフラッグ。
鶯観光のロゴマークは、今日も目つきが悪くてなんか安心する。
ホイッスルと青い手帳を首から下げているから多少、変だけど普段の無骨な鶯観光制服より100倍マシで、繁華街の町並みにも溶け込んでいた。
「甲月さん素敵。リィーサさんも、スッゴいカワイイ!」
「格好良い……ね?」「二人とも、お姫様みたい」
〝都市型強化服〟の乗客女子会からの人気は上々だ。
「じゃあ、リィーサも一緒に行こ?」
「そうだね、昨日も楽しかったし……ね」
ヒラヒラでふわふわな銀髪少女に群がる、お嬢とパワフル双子の妹の方。
「そうは言ってもだな、私には〝異世界転移能力〟は無いし、まだ金糸雀號の定員上限を上げることも難しい」
「そうですねー。今回上手くいったからと言って、次も無事で済むとは限りませんからねー」
上手くいったってのは、異世界変移の枠の外に一時避難した彼女たちが元の世界に上手く上書きできた事だ。
例え金糸雀號や自走式自動装填型工作機械の中に居ても、複製保存されてない人物は、大気に触れた途端に揮発して消失する。
「あっ! すっかり忘れてた! 二太郎じゃなくてゼツヤ先輩は無事なんですか!?」
彼は生身のままで異世界の虚空に消えていったままだった。
「そういえば、忘れてましたね。まあ、あまり無事では無いと思われますが……」
「「「えっ!? ゼツやん、大けがしたのっ!?」」……死んじゃっ……た?」
苦い顔の私服添乗員に、恐れおののく年少組。
添乗員が言っているのは、異世界転移前の彼のことだ。
「いや、ヤツはおそらく、研究所に戻っているだろう……ピッ♪」
あー、私だ。あーうん、子細滞りなく問題ない。
悪いが、装備開発局につないでくれるか? ちょっと野暮用だ。
――――パップルピップルプルルリレリ♪
特徴的な呼び出し音がリィーサの耳もとから聞こえてくる。
◇
――――パップルピップルプルルリレリ♪
特徴的な呼び出し音がさっき僕が入ったATMの隣のブースから聞こえてくる。
怪訝な顔でヘッドセットを外す銀髪。
――――パパッププルピピッププルリュルププルリュルリリレレリリ♪♪
ヘッドセットからの呼び出し音とのズレが、うねりを上げ人目を集めた。
怪訝な顔の素敵添乗員嬢が恐る恐る、中の人物を確認する。
「あれっ!? 人力先輩じゃないですかっ! 何やってんですかこんな所で、なんかボロボロだし……」
「むっ!? オマエどっから現れた、探してたんだぞっ!」
素敵添乗員嬢の背後に張り付き、集まってた人目を避ける入力二太郎。
「なぜ、そんなところに? まあ、無事だったならイイ。お前達もコレで一安心だろう?」
リィーサの声に満面の笑みを返す年少組。
先輩、ほんとうに懐かれたな。また、甲月がヤキモチ焼かなきゃイイけど。
◇
「少年に会いに天文台へ出向いた所で、我々を見失ったと……それで?」
「首席と、あとついでに甲月の社員IDの反応がいくつにも分かれて飛び散ったんで、服務規程に則り、ひとつひとつ確認してたら、いつの間にか朝になってて……」
モールを出て少し移動した日陰になってるあたりで、ゼツヤは正座している。
ここは人工芝が植えられていてフットサルか何かが出来そうな広さがある。
当然、小さい子達がフィールドのサイズを全速力で確認していく。
ツアーフラッグを振り回し、追いかける添乗員。
「それは、――興味深いな。なるほど、複製中の我々の信号は、異世界下では時系列的な分裂をし、遍在するというわけか。フハハ――、そう言う事なら、よし、社員ID修復の糸口が掴めたぞっ!」
ニタリと不敵な銀髪美少女に、ヤケに普通の応対をする入力先輩。
全然斜めって無いし、効果音もない。
「ところで、貴殿。いつもの軽口はドコへ置いてきたのかね?」
「――――お嬢に失礼があってはいけないっスから……」
「ふん、本音を言いたまえ」
「いや、羽根がないと……、こんな姿では人前になんて出られない……」
それで、あんな所に挟まってたのか。
情けないけど、それだけ普段のコスプレに信条があるって事で、その点は評価に値する。
たしかに異世界化に巻き込まれた時の余波か、黒羽根が見るも無惨に抜け落ち折れ曲がっている。
夜通し探し回ってたって言ってたしな。
「脱いだらいいんじゃ?」
つい口を挟む。
「ダメだっ! ナゼか空間圧縮機構が破損してて、脱ぐと3階建ての雑居ビル程度の質量に押しつぶされる!」
空間圧縮?
金糸雀號のカーゴルームをネジ留めしてるアレか。
確かに昨日壊れて、中身が全部ぶちまかれてたな。
「ではこうしよう、貴殿、我々をエスコートしろ」
「はぁっ!? 何で俺が!?」
一瞬出る地。
「この至って普通の成人男子向けカジュアルファッション一式と、――交換ではどうかね?」
いつの間にかリィーサが手にしていたのは、モール内のショップの紙袋。
「ぐっ! 了承した。では、脱ぐのを手伝ってくれないか――」
駐車場の一角に積み上げられたゼツヤ一式を、ピンク白衣の内ポケットにスポンと押し込む手腕はイリュージョンとして中々に壮観だった。
◇
「では本日、午後、……そうだな、おやつ時まで皆と行動を共にしよう。ただし、異世界斥候との遭遇次第、我々2名は現場から離脱するということでいかがかな?」
リィーサの鈴のような声。口調は老齢の学者風。
「「「うん、それでもいーよ♪」」……うれしいな?」
二太郎に群がる年少組。
「な、なんだオマエ等は!? 新手の特殊工作員か?」
どうも記憶は、さっぱり抜け落ちているらしい。
彼は異世界の彼方へ消えていった彼と同一人物だけど、厳密には別の存在である。
「……む? この足下にまとわり付かれる感じ? 覚えがあるぞ。なんでかしらんが、庇護欲も刺激される!?」
なんか丸ごと全部忘れてる、というわけではないみたいだ。
「「「セツやーん!」」……やん?」
「俺はゼツやんなどではない! 二太郎と書いてゼツヤだっ! ――――ズバシューンッ♪」
お、ゼツヤ復活。
トイレから戻ってきたゼツやんの胸元には『たい焼き』のイラストになぜか『素うどん』の文字。
なんだあの長袖シャツ。ファッションリーダーケリ乃が選ぶはずがないから、鶯勘校勢の差し金だろうけど。
「「「ズバシューン♪」」……ン?」
「お? なんだチビども……わかってるじゃないか、その角度!」
一度は、ほんの十数分であれだけ仲良くなったのだ。
どうしたって、仲良くなる素質があるのだ。
「よぉし、いいだろう。やるからには全力で引き受けよう! オマエ等はどこに行きたいんだ? ああん?」
彼のヘッドセットゴーグルを滝のように、オススメ店舗情報が流れていく。
「水族館!」「遊園地!」「動物……園?」
無茶振りだ。
「よし、半径一キロメートル圏内に全部有るっ。甲月、ソレ、貸せ!」
……あるのか。侮れないな、巨大ショッピングモール。
「オマエ等、お足元に気を付けて、しっかりと付いてこいよっ! ――――シュヴァッヴァヴァルルルゥゥーーーーッ♪」
「「「――――シュヴァヴァヴァルルーーッ♪」」……ヴァ?」
すたすててうぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。
僕達は、意気揚々と小さな旗を掲げる面白シャツのイケメンについていく。
だあれ、あのイケメン、なんかイケてない?
キャーッ! 後ろの長身もわるくないわねっ。
遠くから黄色い囁き声が聞こえてきた。
当然、僕についての言及はない。
ちなみに僕達の荷物は全て、甲月の巨大旅行カートに収まった。
中の仕切りを開くと、空っぽの空間が無尽蔵にわいてくるのだ。
リィーサやゼツヤの、白衣イリュージョンを見せられた後だから驚きはしなかったけど、便利だった。
なんか、出てきちゃいましたね。ヤツが。ヤツと言えば甲月の代名詞だったのに。まあ、よろしくお願いしまーす♪




